第110話 雪山越え
コウは両国の緩衝地帯となっているアイダーノ山脈を越えて隣国ヘレネス連邦王国側の動向を調べる為、数日、自宅の工房スペースに籠って、山越えの準備の為の道具を用意することにした。
雪山登山と言えば、ピッケルやアイゼン、耳まで覆る保湿性の高い帽子や服なども必要だからコウは自分で作れる道具一式の製作を行う。
帽子や服はご近所であるエルフのアルミナス、キナコカップルに生地となる毛皮などの材料を渡して製作をお願いした。
アイダーノ山脈は険峻で高い山々が連なっている。
そうなると当然、一年中雪が溶けることはなく、そんな山越えは何が起きるかわからないからそれなりの準備を行うのであった。
その間に、隣国ヘレネス連邦王国の使者がバルバロス王国王都訪問からの帰り道、わざわざ遠回りになるエルダーロックの村に立ち寄っていた。
当然ながら他国の村のことなので、むやみに騒ぎ立てることはなかったが、想像以上に村が発展していることにかなり不満そうであった。
きっと、いつ無くなってもおかしくないみすぼらしい村を想像していたのだろう。
宿屋で働いているララノアは、その使者が食堂で他の従者に愚痴を漏らしているのを聞いていた。
なんでも、
「これは、いつもの楽観的な問題ではないぞ。こんなに村を発展させているということは、バルバロス王国は我が国への国境侵犯も本気なのかもしれない」
と漏らし、さらに続けて、
「バルバロス王国側には外交上、控えめな表現で非難はしたが、こちらも例の対応策にもっと力を入れて対抗した方が良さそうだ」
と気になることを話していたのだという。
ララノアはそれをコウとカイナに報告してそれは村長の耳にも入った。
翌日には使者も急いで帰国するのであったが、コウ達も例の対応策というのがあちらの緩衝地帯での不穏な動きに関わる事だろうということに考えが至り、急いで山越えでの偵察に向かうことにするのであった。
そして、準備の数日を終え、コウとララノア、村長の娘カイナ、そして
「ワグさん達、よく雪山登山の仕事を引き受けましたね」
コウは剣歯虎のベルの先導で山を登りながら、あとに続く友人達に聞いた。
「コウが行くと聞けば、それは行くだろう」
「「うん」」
長男のワグがそう答えると、次男グラと三男ラルも同意とばかりに頷く。
「ダンカンおじさんも行きたがっていたけど、あっちは鉱山が忙しいからな」
ワグがそう言うと三人は一緒に笑う。
ワグ、グラ、ラルの三人はコウの一番の友人であるダンカンに歳の近い甥である。
過去には以前住んでいた土地からの逃避行でみんなを逃がす為に命をかけて戦ったことが記憶に新しい。
そんな三人も普段は鉱山で働く鉱夫なのだが、友人のコウが隣国に偵察をしに山越えをすると聞いて、いてもたってもいられなかった様子であった。
「同行してくれてありがとうございます。今回は慣れない雪山登山が中心なので、気を付けてくださいね」
コウはそう言うと、雪山を見上げる。
遠くにアイダーノ山脈の先端が見えるが、そこは深い雪に覆われているがわかる。
「寒そうだけど……、まあ、エルフのアルが服を用意してくれているし、大丈夫か」
長男のワグはそう楽観的に答えるのであった。
ベルの先導で半日以上山を登っていると雪のある道に代わっていく。
ここでようやくコウの魔法収納付き鞄から、この日の為に用意した雪山登山用の道具一式を出してみんなに装備してもらう。
使い方も説明して全員が理解すると、改めて雪道を登っていくのであった。
ベルの道案内はとても安全であった。
その代わり多少、遠回りをしているようではあったが、魔物にも遭遇することもなかったし、滑落するような険しい場所もない。
「日も落ちてきましたし、この辺りでテントを張って夜に備えましょうか」
コウが、そう一同に声をかけた時であった。
先頭を進んでいたベルがピタリと止まって唸り始める。
どうやら、魔物か何かに遭遇したようだ。
コウは目を細めて雪上を見渡す。
すると雪の一部がいくつか盛り上がった。
どうやら、雪上に一体化するように隠れていたようだ。
その謎の相手は自分の上に乗っている雪を振り払うと、茶色い毛並みが見えた。
コウがその毛並みをさらによく見ると茶色に黒色の虎柄模様である。
「あ! あれってもしかして剣歯虎じゃない?」
コウがそう指摘すると、雪に隠れていた剣歯虎三頭は同じ剣歯虎のベルに威嚇されて少し気が立っているのがわかった。
どうやら自分達の縄張りによそ者のベルが入ってきていることに怒っているようだ。
ベルは相手が三頭でも怯えることなく、コウ達を守るように相手を威嚇する。
「フゥー!」
まさに猫のような威嚇である。
だが相手は、
「ガオー!」
と吠えるから凄味が違う。
しかし、ベルはそれでも恐れる様子も見せず、その三頭に向かっていく。
最初、そのまま、ベルと三頭の殺し合いになると思われたが、ベルが自慢の刃物のような立派な牙を剥いて果敢に飛び掛かると三頭は急に及び腰になる。
尻尾を内側に丸めて耳を伏せ気味にしたのだ。
どうやら、ベルの威嚇は三頭に優ったようである。
三頭は雪の上でベルに対してお腹を見せてその場に寝転ぶ。
見る限り服従姿勢を取っているようだ。
「牙の大きさで勝敗が決したのかもしれないね」
コウはベルの牙の大きさが他の三頭の牙よりも大きいことに着目した。
「本当だわ。ベルの牙の方が人一倍大きいわね。さすがベル!」
ララノアがベルを褒めると、ベルはそれに答えるように、
「ニャウ!」
と鳴いて応じるのであった。
こうして『山の殺し屋』の異名を持つ剣歯虎三頭相手にもベルのお陰で大きな問題になることもなく、その場にテントを張ることにしたのだが、コウはその間にベルに餌をやった後、服従姿勢を見せる三頭の剣歯虎にも餌を与えたのだが、三頭の剣歯虎はよほどお腹が減っていたのか勢いよく食べ、落ち着くと今度はコウ達の傍を離れなくなった。
雪山でテントを張って一夜を過ごす一行であったが、外にその三頭を放り出すのも気が引けたのでワグ、グラ、ラルの大きなテントに二頭、ララノア、カイナのテントに一頭、コウのテントにベルが入る形にした。
「剣歯虎のモフモフの毛並みは温かいな」
ワグ、グラ、ラルは雪山の寒さに少しうんざりしていたので、剣歯虎の温かさにほっこりしていた。
ララノアとカイナも真ん中に剣歯虎を置いて一緒に寝る。
コウはベルと一緒に寝るのだが、言う通り、雪山での剣歯虎の体温はとても助かるものであった。
そして、朝。
剣歯虎達は引き続きコウ一行についてくる様子を見せた。
どうやら完全にベルをボスとみなし、そのボスを従わせているコウとその一行には絶対服従という姿勢のようだ。
「なんだか心強い味方が増えたね」
コウはベルを撫でながら、みんなにそう言うと雪山越えを再開するのであった。
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