第111話 続・雪山越え

 アイダーノ山脈地帯の雪山越えは、新たに従属して加わった剣歯虎サーベルタイガーの三頭のお陰でさらに楽になった。


 その三頭がその先の道案内をしてくれたからだ。


 三頭はベルから道案内を指示されたのか、コウ達一行を先導して歩きやすいところを進んでくれた。


 コウ達は深い雪に沈まないように輪かんじき(雪に接する面積を広げることで重力を分散させ、沈みにくくなるため雪上歩行が可能な履物)を装備していたこともあり、かなり順調に山越えができつつある。


「三頭の道案内のお陰で難所は越えたみたいですね」


 コウは、想定よりも楽に雪山越え出来ていたので、安堵する。


 それに変わりやすい雪山の天候も気にしていたのだが、強い吹雪に会うこともなく済んだので、安心するのであった。


「精霊も落ち着いているみたいだから、天候も、もうしばらくは大丈夫かもね」


 ダークエルフのララノアがコウの安堵に対してそう告げた。


「え? ララって精霊見えるの?」


 コウはララノアが精霊魔法を使えないというのは知っていたから、驚いて聞く。


「”視るだけ”ならね。それもこんな人のいない自然の雪山なら、精霊も自由に飛び回っているわ。──あ、でも、私達が来ても嫌がらないところを見ると、人自体が珍しいのかも」


 ララノアはそう言うと空中を浮遊する精霊に手を振る。


 もちろん、コウ達にはそれが見えないのだが、ララノアにははっきりと見えているようだ。


「へー。それじゃあ、契約とかできないのかな?」


 コウは聞きかじりの知識でそう提案する。


「村からすぐ追い出された身だもの。精霊との契約の仕方とか教えてもらえなかったから、それはさすがに無理よ」


 ララノアは昔の悲しい思い出も今はまったく気にしていないのか笑ってそう否定する。


「ご近所のアルさんが言ってたけど、精霊の方から契約を結びたがることがあるそうだよ。『契約適正』って言ってたかな。それが良いとこっちから手順を踏んだお願いをしなくても、簡単に結べるって言っていたよ。まあ、非常に稀な例ではあるらしいけど……」


 コウがご近所に住んでいるエルフのアルミナスから聞いた話をした。


「そう言えばそんなこと言ってた気がするけど……。エルフと比べたらダークエルフの方は精霊との相性が悪いらしいからさすがにそれは難しいと……、──あら? この子、さっきからやけに私に引っ付いて来るわ……」


 精霊の中の一匹? が、ララノアに好奇心があるのかずっとそばから離れず近づいて来ていた。


 コウ達からは氷の結晶ぐらいにしか見えないからその様子までは確認できないが。


「それってアルさんが言ってた契約適正のある精霊なんじゃないかな? 興味のない相手には全く無視するのが精霊みたいだし」


 コウはアルミナスからの聞きかじり情報をララノアに伝える。


「……よく見ると他の精霊と少し形が違うのね。……あなた、私と契約してくれる?」


 ララノアは自分から離れない精霊にその気があるか聞く。


 すると承諾されたのか、ララノアの目線の先で小さな光がともった。


 これは精霊が見えないコウ達にもそこにいるのがはっきりわかる。


「……本当に? 私はララノアよ。あなたは? え? 名前がないの? 私が? それじゃあ……、フロスってどう? ふふふ、気に入ってくれたのね、じゃあ、よろしくね、フロス」


 ララノアはどうやら無事精霊と契約を結んで名づけまでしたらしく、小さな光に対してそう告げた。


 するとその瞬間、ポンと光が弾け、小さな羽のある人型の可愛い生き物が空中に現れた。


 もちろん、その姿はコウ達にもはっきり見えている。


「「「え!?」」」


 これには、コウ達も驚いた。


「ララ! 契約がしたのって、精霊じゃなくて妖精じゃない!?」


 村長の娘カイナが、目の前に現れたその姿にララノアに思わず聞いた。


「さっきまで、白い光の塊だったのだけど……。フロスは精霊よね?」


 ララノアも少し困惑しながら、契約を結んだばかりの精霊? に聞く。


 フロスは頷いてララノアの頭上を浮遊する。


「ちゃんと精霊みたいよ? 名前をもらったことで具現化できたって言っているわ」


 ララノアはフロスと会話ができているようだ。


 コウ達には聞こえないから念話のようなものなのかもしれない。


「アルさんに聞いた契約と全然違うけど大丈夫なのかな?」


 コウはエルフのアルミナスから聞いた精霊との契約とは全く違う結果だったので首を傾げる。


「フロスが言うには、私との相性がとてもいいうえに、処女契約と、他には相応しい名前をもらえたことで良い変化が起きたのかもしれないって。さすがに、確信はもてないみたいだけど」


 ララノアはフロスからの念話を感じてそのことをコウ達に伝えた。


「へー。さすがに専門家じゃないから説明されてもあんまり理解できないけど、凄そうなことが起きた気はするね」


 コウはララノアの説明を聞いて苦笑するのであったが、ララノアが精霊との契約が出来たことは良いことなのでみんなで喜ぶのであった。



 すでにアイダーノ山脈も隣国ヘレネス連邦王国側の緩衝地帯に入っているから、コウ達も気を付けて歩を進める。


 もしかしたら、領境を見張る兵士がいるかもしれないからだ。


 一行は目立たないように白い布を羽織って雪山に溶け込みながら、進むことにした。


 先導するのは三頭の剣歯虎達であったが、そこにララノアが契約を結んだ精霊フロスも加わる。


 フロスは氷の精霊らしく雪が積もって分かりづらいこの山の本来の地形が見えているようで、三頭の剣歯虎よりも的確にララノアに色々と伝えてくれた。


 そして、今度は下りということで、コウが用意したスキー板を利用して進むことにして、また、時間短縮になる。


 当然、みんな初めてのスキーなので勢いがついてこけたりしそうなものだが、ララノアの精霊フロスが雪を自在に操って速度を加減したり、倒れそうになると壁を作って支えたりして事故を防いでくれた。


「フロスって、ただの氷の精霊じゃないよね!?」


 あまりに優秀な動きをするララノアの契約した精霊に、コウも思わずツッコミを入れるのであった。

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