第85話 二日目の終わり

 陽が西の地平線にかかっている。


 それを眺めながら、コウ達一行は、二日目も無事、何事もなく終えたことに安堵していた。


「今日は、初日よりも疲れたね」


 コウが、剣歯虎のベルを撫でながら、一日の感想を漏らす。


「ふぅー、本当だぜ。お偉いさん達の相手は疲れた……」


 ヨースがコウに賛同するように、深く息を吐くとそう漏らした。


「ふふふっ。私は今日も見物客が刀を絶賛してくれる光景がいっぱい見れて満足かな」


 ダークエルフのララノアは、満足そうにしている。


「売ってくれなんていう、展覧会中はご法度のはずの交渉をしてくる貴族には驚いたけど、それ以外は楽しかったわ」


 村長の娘カイナが魔法使いの三角帽子の目元を少し上げて、今日の出来事の一つを話した。


「あれには確かに驚いたね。でもまあ、傍に事務局の職員がいたから、注意してくれて助かったけど」


 コウも貴族からの交渉にはどう対応していいのかわからず、困惑したことを思い出した。


「事務局職員からあの後聞いたが、たまにああいうお貴族様や金持ちはいるらしいぜ。まあ、俺が大鼠族だから足元を見られたというのもあるとは思うけどな。あれはあれで良い経験になったよ。それに本番は展覧会後みたいだぜ?」


 ヨースが二日目を終了して、明日最終日のはずだが、意味ありげにそう答えた。


「「「展覧会後が本番?(ニャウ?)」」」


 コウとララノア、カイナ、そしてベルの三人と一頭はヨースの言葉が理解できず首を傾げる。


「展覧会期間中は交渉不可だが、三日目を終えたら、目ぼしいブランド商会には団体から個人に至るまで展示作品やそれをもとにした製作依頼などが押し寄せるのさ。うちは王都にマウス総合商会設立登録用の空店舗があるから、その住所に交渉人が押し寄せることになる思うんだが、どうする? 対応する為に大鼠族の同僚を配置しておくことにしてもいいが?」


 ヨースは胸をはってこの後の展開を簡単に説明した。


「ヨースはどうするつもりでいたの?」


 コウはこと商売において、ヨースに敵うわけがないと思っているから、今後の展開については任せるつもりでいたので、考えを聞く。


「俺は無視がいいかなと思っている」


「「「無視!?(ニャウ?)」」」


 ヨースの意外な言葉に全員が聞き返す。


「ああ。『コウテツ』ブランドはそもそも、鉱夫ブランドが中心だろ? それに職人もイッテツの旦那とコウの二人だけ。だから武器防具ブランドもやるとその需要からすぐに忙しくなり過ぎて大変な状態になると思うんだよ。今回は名前を売るだけにしておいて、あとはこちらが優位な状況で交渉し、特別な相手だけから受注する形にしたいと思うんだ」


 ヨースは完全オーダーメイドを目指しているようだ。


「……なるほど、それなら、展覧会後に殺到するかもしれない注文に苦慮することなく、僕達も製作に追われる事にもならなくて済むのか」


 コウは少し考えてヨースの考えに納得する。


「将来的にはもちろん、拡大したいとは思うが人手不足だからな。質を落とさない為にも今はこれが最良だと思う。──この話を終わりにして、最終日に備えてこの後は外で食おうぜ!」


 ヨースは口元に笑みを浮かべると、王都の夜の街に繰り出す提案をするのであった。



「やっぱり王都とのお店ともなると、結構美味しいね」


 コウはヨース達と入ったちょっと高そうなお店の料理に感心した。


「王都のような大きなところは飲食も競争が激しいからな。不味いとすぐに客はいなくなって潰れるのがオチだ。──くぅー、お酒もうめぇー!」


 ヨースはジョッキを片手に、そう答えると中身を飲み干して唸る。


「私はコウが作る珍しい料理の方が美味しいと思うのだけど?」


 ララノアは時折コウが作る前世飯(もちろん、そんなことは知らないが)の方を評価した。


「そうね。確かにコウの料理は、この王都でもメニューで見かけないものばかりで美味しいと思う」


 村長の娘カイナは三角帽子を被ったまま食事をしていたが、ララノアの意見に賛同する。


「そうなのか? 俺はコウの料理なんて食った事ないぞ?」


 ヨースは一人仲間外れにあった気分で酔いも回っているから、不満そうに言う。


「ヨースは村にいないことが多いから、すれ違ってたのかぁ。それに、僕もあんまり作らないからね。そもそも材料がなかなか揃わないし」


 コウはヨースに振舞ったことが無いことに初めて気づいた。


「どんな料理なんだ!?」


 ヨースはララノアとカイナが美味しいというコウの料理に興味を惹かれる。


「いくつかあるけど……、一つは『とんかつ』、あとは『から揚げ』とか『天ぷら』などほとんど揚げ物だね」


「トンカツにカラアゲ、テンプラ? なんだそれ? 全国を回っている俺でも聞いたことがない料理名だぞ?」


 ヨースは初めて聞く料理名に首を傾げた。


「オーク肉と卵、塩、胡椒にパン粉、薄力粉あとは調理用油があると『とんかつ』は作れるよ」


「こ、胡椒!? そんな贅沢品どこで入手したんだよ!」


 ヨースは商売人として胡椒が高級品であることはよく知っている。


 貴族が重宝する香辛料であり、とても高価な代物だ。


「あ、僕が使用しているものはそれに似た植物の実だよ。ベルが森で見つけて教えてくれたんだけど、胡椒に似ていたから、それを使用して調理したんだ」


 コウもあまり重要に思っていなかったので、ヨースの反応に少し驚きながら答えた。


「……村に戻ったらそのことは詳しく聞こう。商売の匂いがするからな。よし、飲むぞ、前祝いだ!」


 ヨースは酔いながらも商人としての嗅覚は鋭いからそう答えると、何の前祝か乾杯を始める。


「……(ヨース、僕達は護衛役のうえに見た目のことがあって飲めないんだから、少しは気を遣って……!)」


 コウは一人出来上がっているヨースの耳元でひそひそ注意するのであった。

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