第84話 二日目

『軍事選定展覧会』二日目。


 この日は、国の各騎士団や戦士団、私設の傭兵団に冒険者ギルドの関係者などが沢山押し寄せてきていた。


「……確かにこれは芸術品だな」


「『軍事選定展覧会』は、こういう予想外の作品がたまに出てくるから楽しいのだよ」


「実用性は別にしても、この全ての会場で一番の作品であることは確かだな」


「『コウテツ』ブランド……? 取り扱いはマウス総合商会……? 本当に無名過ぎて聞いたことがないのだが、一流の職人を抱えているのはわかるな……」


 各団体の関係者達は、『コウテツ』ブランドの三点を眼前にすると、ガラスケース越しに感心して唸るのであった。


 大鼠族のヨースもさすがに余計なことを言わないで静かにしていた。


 相手は国内の偉い人間ばかりだからだ。


 どんな相手か知らないし、前日のように『アーマード』の関係者から嫉妬の目で見られたことからも、何をして怒りを買うかわからないところである。


「おい、そこの君。『コウテツ』ブランドについて説明してくれるかね?」


 貴族の軍人らしい紳士然とした男性が、展示物の傍で静かにしているヨースを関係者と予想して質問してきた。


「は、はい! 『コウテツ』は私共が契約をしている無名ながら一流の職人によるブランドです。普段は鉱夫ブランドとして、ツルハシやスコップなどを製作しております」


 ヨースがコウやイッテツに繋がらない程度に情報を提供する。


「何? ということは、武器は専門ではないということか!? それで、この完成度とは……。素晴らしいな!」


「ほう……。専門外のものを作ってこれか……。見事なものだ」


「鉱夫ブランドというと確かあそこは三大ブランドとして『ホリエデン』『ドシャボリ』『岩星ロックスター』が、有名だったはず。その辺りの一流職人が独立して製作した、といったところか?」


 関係者達がヨースの説明に驚く中、説明を聞いていた人の中には、鉱夫ブランドに詳しい者がいて製作者が誰なのか予想するのだった。


「その辺りは引き抜きが怖いので秘密です。ただし一流なのは確かですよ」


 ヨースも相手が勝手に想像するのは自由なので、それは任せておいてもっともらしい言い訳で応じる。


「……だろうな。それに、推薦者は『五つ星ファイブスター』ブランド商会か。あそこも秘密主義だから、大体予想は付く。──この『刀』は実用性はなさそうだが、美術品としての最高級の価値があるだろうし、この槍も素晴らしい出来だ。騎士団は騎士槍ランスが主流だからあそこから注文は入らないだろうが、有名どころの各戦士団、傭兵団、冒険者ギルドなどからは注文があるかもしれないから頑張りなさい」


 国で地位がありそうな貴族の紳士はそう答えると、剣歯虎サーベルタイガーのベルとその魔物使いテイマーのコウをチラッと見て立ち去る。


 ここは展覧会会場だから、刀が注目を集めているが、剣歯虎ベルも実は十分目立っていた。


 もちろん、魔物使い自体は珍しくもないのだが、珍しい剣歯虎のうえに白い毛並みの亜種とあっては、軍事関係者の目を引くようだ。


「……なんだか凄い評価をしてもらえたみたいだね」


 コウがヨースの横に行くとこっそりと耳打ちした。


「当然さ。この展覧会で一番の二等級作品なわけだからな。ただし、本当に注文があるかはわからないぜ? 責任者の俺が大鼠族ってことであちらも注文をためらう可能性が高いからな。ただし、そこは俺も考えて、この槍を作ってもらったんだがな」


 ヨースは考えがあって騎士槍ではない槍をコウ達に作ってもらったことを匂わせた。


「どういうこと?」


 コウは当然聞き返す。


「もし二等級の騎士槍だったら、騎士団以外からは注文はないだろう? それに、あそこは大鼠族の俺に頭を下げて発注するのではなく、スポンサー契約をしてやるから、定期的に納品しろ。という高圧的な態度で来ると予想できる。それは嫌だからその下の戦士団、傭兵団、冒険者ギルド層の顧客狙いにしたのさ」


「……なるほど。無名ブランドの立場的には、有名騎士なんかのスポンサーになったら宣伝効果があるから、普通は喉から手が出るほどの申し出だものね。あっちはそれを理解しているから、上からの態度で来るとこちらは予想できるわけか」


 コウはヨースの狙いがをその説明ですぐに理解した。


「そういうことさ。そんなところを相手していたら、こっちの立場が弱くなって無茶な注文されるのがオチだろ? だから対等な交渉が出来てこちらの職人が自由に制作できる形が一番だから、普通の槍を作ってもらったわけだ」


 ヨースは、刀が注目を好奇の視線を浴びる用、そして、槍は実用的な判断をしてもらう用という判断をしていた。


 商売人としてヨースは本当に凄い人物、いや、大鼠族なのかもしれない。


 コウはこの頼もしい友人を改めて尊敬するのであった。


 この後も、貴族から軍事関係者に至るまで、コウ達では相手にするのが大変な人物の対応ばかりが続く。


 もちろん、コウとララノア、カイナはあくまでも護衛役であったから、対応するのはヨースだったわけだが、相手も護衛役も値踏みすることで全体的な評価をすることは予想できたから気が抜けない。


 少年姿のコウは特に舐められそうなものだが、剣歯虎ベルのお陰で何とか面目は保てていた。


 ララノアはダークエルフの混血だが、美人だし、スタイルも良く大人の色気を醸し出しているから、それだけで腕が立ちそうに見え、雰囲気もあるから大丈夫そう。


 そうなると小柄な女性魔法使い姿のドワーフであるカイナだが、こちらは魔法使いでは珍しくないタイプだったので、護衛役として見た目は及第点だった。


 衣装も最近親しくなった村の裁縫店を営むエルフのアルミナスと猫人族のキナコの二人が製作したものなので、一見するとかなりの高級品に見えるから、はったりは十分である。


「あと二時間で今日も終わりだから、みんな気を引き締めていこう!」


 コウはララノア、カイナ、ヨースにそう声をかけると、護衛役らしく展示物の脇でビシッと背筋を伸ばし、その場に立って周囲を警戒するのであった。

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