第86話 三日目最終日
『軍事選定展覧会』三日目。
この日は、朝から展覧会事務局の職員に、
「お忍びで特別なお客様が来るようなので失礼がないようにお願いします」
という注意から始まった。
「特別なお客様?」
コウ達にしたら昨日も貴族から騎士団等の地位ある見物客は多かったので今さらな気もする。
「私達も詳しくは聞かされておりませんが、政府官吏からの通達なので、もしかすると上級貴族、それも大臣レベルの人物かもしれないと噂しております」
「だ、だ、だ、大臣レベル……!?」
大鼠族のヨースは前日お酒を飲み過ぎた為、少し二日酔い状態で心ここにあらず状態であったが、事務局職員の言葉に大いに動揺した。
だがそれはコウ達も一緒である。
この数日、大事にはなっていないが、コウとカイナが差別対象になりやすいドワーフであり、それは大鼠族のヨースも一緒だ。
ダークエルフのララノアも人族に近い存在とはいえ差別対象であることに変わりはない。
上級貴族、それも大臣レベルクラスの人物に対面して素性を聞かれたら断りようもなく、差別対象であることが知られたら、その後の時間は針の筵になりかねない。
そんなことを考えていると、そこに政府の官吏である制服を着た人物が、数人の事務局職員と共に、室内に入ってきた。
どうやら、下見をしているらしい。
事務局職員が政府の官吏に何やら説明すると、コウ達のいる方を指差すのがわかった。
政府の官吏はジッとコウ達のいる展示品を見つめ、次にヨースやコウの
時折、
「大鼠族が責任者なのはまずい」
とか、
「代わりは?」
とか、
聞こえてきたから、自分達のことについて否定的な話をしているのがなんとなくわかった。
しばらくすると、政府の官吏はその場をあとにする。
そして、対応していた事務局の職員の一人が、こちらに走ってきた。
「今日、こちらの展示品についてさるお偉い方が見物に来るのですが、『コウテツ』ブランドのこの作品もその対象になりました。……ただ、ヨース殿。あなたが応対するのは断られまして……。できれば、他の人物にお願いできますか? 例えばそうですね……、そこの少年とか……」
つまり、作品説明を差別対象の種族である大鼠族のヨースにさせるのは、問題があると判断されたようである。
そして、コウが人の子供だと思ったのか指名した。
カイナが選ばれなかったのは三角帽子を目深に被った魔法使い姿だったので、うさん臭く思われたのだろう。
ララノアはダークエルフとすぐわかることから、却下されたと思われる。
「……別にそれは良いですが、どこの誰が来るんです? うちのコウも高貴な方を相手するとなると緊張するでしょうから、心の準備が必要ですよ」
ヨースはこういった差別には慣れている様子で、事務局職員に情報を促した。
「……私も詳しく聞いていないのですが……。どうやら、王族関係者らしいです……。こちらの作品はこの『軍事選定展覧会』唯一の二等級ですから、視察対象としては避けることができないので頼めますか?」
「……お、王族……!? ──コウ……。対応頼めるか……?」
ヨースがコウに振り返ると、確認する。
「(ごくりっ!)……わ、わかったよ。作品の説明をするだけなら、大丈夫だと思う」
コウは緊張した面持ちながら、冷静に返事をした。
「私共もフォローしますのでご安心ください。それではよろしくお願いします」
事務局職員はそう言うと、政府官吏と事務局職員の集団を追いかけて走り去っていくのであった。
そして、三日目の展覧会が始まり、一時間も経たない頃、見物客が増えてきた時間である。
不意に無名ブランド商会会場の出入り口付近で事務局職員の動きが慌ただしくなってきた。
そこに警備兵に囲まれた集団が入ってくる。
コウはそれを見て前世の海外アーティストの渋谷見物がTVで流れていたのを思い出した。
お忍びとは言っても混乱を招かない為、警備はどうしても厳重になってしまうから、結局目立つのだ。
先頭を歩いているのは、騎士姿の護衛であり、そのあとには金髪に青い瞳のすらっとした男性が入ってくる。
年齢は十八歳くらいだろうか?
コウが現実味の無い光景をTVでも鑑賞するように見ていると、こちらにその集団がやってきて止まった。
「これかい? 今回の目玉作品って?」
若い王族は隣で案内役を務めていた事務局職員の女性に確認する。
「はい、王子殿下。こちらが、今回唯一、二等級の評価を受けた作品になります。──マウス総合商会の方、ご説明をお願いします……!」
女性職員はそう告げると、引き継いでコウに説明をお願いする。
コウはそこでやっと現実に引き戻されると、説明を始めるのであった。
「──以上が『コウテツ』ブランドの作品三点となります!」
コウが、王子殿下と呼ばれていた若い男性に説明をし終えると、
「これを製作した職人はどこで修業をした人物だい? これだけ想像豊かな素晴らしい作品を作った人物だ。きっと高名な職人の下で修業していたのであろう?」
とコウに対して質問する。
「……えっと……。──職人の情報はこちらにとって最大の重要機密ですので、ここでお話しするわけにはいきません……」
コウはもっともらしいことを述べた。
実際はイッテツはドワーフ仲間同士で技術を磨いただけで、高名な職人となると同じドワーフということになる。
それに、コウもイッテツから習ってはいるが、それを話せば、製作者がドワーフだと気づかれるから話せるわけがないのだ。
「……ふむ。確信が持てずにいたが……」
王子はコウに聞こえる程度の小声で言うと近づく。
そして、コウの耳元で、
「お主、雑種だな?」
と囁くのであった。
「……どういう意味でしょうか?」
コウはその言葉に自分がドワーフと人の混血であることを指す意味だと即座に理解すると、内心で冷や汗をかきながらも王子にしか聞こえない音量で聞き返した。
「図星か? だろうな。──まあ、いい。おい、コウとやら、その剣歯虎はお前の従魔か?」
王子は、コウから少し離れると、今度は展示している作品の傍に大人しく座っているベルを見て確認する。
「はい、僕がテイムした魔獣です……」
「うちの部下にも魔物使いが何人かいるが、こんな立派で珍しい魔獣は見たことがない。──どうだ、この魔獣をうちの部下に譲る気はないか?」
「お戯れを……。このベルは僕の家族です。家族を譲ることはできません……」
コウは内心びっしょりと汗をかいていた。
ドワーフであることも薄々感づかれ、そのうえでベルを求めてきたのだから、半ば脅しのように聞こえたのだ。
それも相手はこの国の頂点に近い身分の王子である。
もちろん、コウは相手が誰であろうが家族を譲る気は全くないが、この状況はヨース達も巻き込みかねない。
「ほう……。家族なのか? ──金は言い値で払うぞ?」
王子がコウを試すようにさらに交渉してくる。
「小僧、オーウェン王子殿下の申し出だ、お受けしろ」
そこに護衛の騎士がコウに圧力をかけてきた。
「……家族を売る愚か者にはなりたくありません」
コウは強い意志を持ってオーウェン王子の目を真っ直ぐと見つめ返すとそう断言した。
「貴様!」
護衛の騎士がコウを取り抑えようと前に出るが、それをオーウェン王子が手で制した。
そして、
「やめておけ。──うちの騎士が失礼したな。ならば、この作品を売ってくれないか?」
とオーウェン王子は交渉を続ける。
「『紫電』と『小紫電』は、僕の家族の所有するものなので売れません」
コウはそういうと、またも真っ向からはっきりと断った。
「それも駄目か。お主、私がこの国の第三王子とわかっていないのか?」
オーウェン王子はコウをさらに揺さぶるように問う。
「今、知りました。ですが、答えは変わりません」
コウは真面目な顔でそう応じる。
「はははっ! 骨がある奴に久し振りに出会ったぞ。お主、名は?」
オーウェン王子はここまでの話は冗談だったのか、一笑すると名前を聞いてきた。
「……コウです」
「コウか、気に入った。今度、じっくり話がしたい。明日予定を空けておけ。これはさすがに断るなよ?」
オーウェン王子はそう告げると、コウが頷くのを確認すると、その場から離れるのであった。
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