第70話 出展の仕事依頼

 コウとイッテツが一緒の仕事の日であるその日に改めて大鼠族のヨースが、訪れていた。


 前回は剣歯虎のベルがその場に居合わせたので、仕事の話どころではなかったからだ。


「……『コウテツ』ブランドに依頼がある」


 ヨースは神妙な顔つきで一言告げると二人の表情を確認する。


「「?」」


 コウとイッテツは、ヨースのその言い方に疑問符を浮かべて視線を交わす。


「実はな、王都でいくつかの武器・防具ブランドが主催で行われる展示会が予定されているんだがな? そこに『コウテツ』ブランドの武器を展示しないかという話が舞い込んでいるんだ」


「「えー!?」」


 コウとイッテツは思わぬ依頼に驚きの声を上げた。


「王都の展示会って、数年に一度行われるアレか……?」


 イッテツが何か知っているのか、慎重に聞く。


「ああ。そのアレだ」


 ヨースも簡潔に応じる。


「アレって何?」


 コウは知らないのか二人に聞き返した。


「軍事選定展覧会の事(さ)(じゃ)!」


「軍事選定展覧会?」


 コウは二人が声を揃えて告げた名称に心当たりがなくて首を傾げる。


「なんじゃ知らんのか? お前は鉱夫ブランドには詳しいのにな。──軍事選定展覧会というのは数年に一度、ブランドを手掛けるいくつかの商会が国の各騎士団や戦士団、私設の傭兵団に、冒険者ギルドなどの関係者を集めて、国内の軍事に関する製品を吟味してもらう展覧会の事だ。まあ、ほとんどの者にとっては関係ない催しだが、ここに出展できるという事は、その筋の一流の品と認められるようなものだ」


 イッテツはコウにわかり易く説明する。


「ここで認められたら、大口の注文を得たり、売り上げが倍増するって話だ。つまり、商機って事さ!」


 ヨースは興奮気味にイッテツに続いてコウに告げた。


「そうなんだ……? でも、そんなところになんで無名のうちが呼ばれるの?」


 コウはまだ、あまり凄さがわかっていない為、興奮気味のヨースに比べたら冷静であったから、普通に疑問を口にした。


「それはな。以前に戦斧をいくつか販売したよな? そのうちの一つが三等級の超魔鉱鉄製だっただろ? それが回りまわって武器防具ブランドのお偉いさんの手に渡ったみたいでさ。その完成度の高さに無名のブランドを集めて展示する場所を用意するから、そこに新作を展示してほしいと俺のところまで依頼が来たんだ。──これってチャンスだと思うんだが、どうする?」


 ヨースはすでにノリノリだが、コウはいたって冷静である。


「でも、それって僕達ドワーフが作ったものだと知らないからだよね? 『コウテツ』ブランドはあくまでも無名で秘密のブランドとして、やっているんだから、そんなところに展示したら、こちらの正体を明かす事にならない?」


「儂もコウに同感じゃ。ヨース、お前が凄い仕事を取ってきた事には感謝するが、今回のは少し軽率じゃないか?」


 イッテツもコウの疑問に同感するとヨースに疑問を呈した。


「ふふふっ。俺が何も策なしにそんな事をすると思っているのか? すでに俺の方で『コウテツ』ブランドなどを扱う為に、『マウス総合商会』を商業ギルドに申請して、先日認められたんだぜ? これで、俺達大鼠族も看板を持てて、さらに動きやすくなる。そして、コウ達の個人情報ももっと守りやすくなるって寸法よ!」


 ヨースは自慢げに胸を張る。


「マウス総合商会? 確かに看板があるとないとでは信用なんかも全然違うだろうけど……。本店はどこなの? まさか、この村? それだとすぐに『コウテツ』の職人の居場所がここだってバレるんじゃない?」


 コウはヨースの言葉にまたも驚く事なく、聞き返す。


「コウの指摘ももっともだ。だが、そこも抜かりはないぜ。本店事務所は王都に家を一軒借りてそこを使用している。まあ、登録に住所が必要だったからなんだが、基本、俺達に本店、支店はない。強いて言うなら俺達大鼠族一人一人が支店みたいなものさ」


 ヨースはとんでもない事を言い出した。


 それはつまり、実店舗がなく、営業マンが直接取引先に向かう形式である。


「一見すると詐欺師が使う手口っぽいなぁ……」


 コウはヨースの発想に思わず呆れる。


「詐欺師? おいおい、うちは信用第一だぜ? 大鼠族の強みは情報網と横の繫がりで協力し合う事だ。その為に『マウス総合商会』の存在は今後、俺達が商売をやるうえで名乗りやすくなる分、都合がいいし、元を辿ろうにも王都の借りた空き家以外本店支店がないから、商品の大元を調べようとする奴がいても、このエルダーロックに辿り着くのはさすがに無理ってものさ」


「しかし、よくそんな事を思いついたな。普通、商売人ってのは、自分の店を持つ事が目標の一つだろう?」


 イッテツがヨースの発想に素直に驚き、疑問も口にする。


「それは俺達が大鼠族だからさ。大鼠族が普通にお店を持って人族に太刀打ちできると思うか? ドワーフ同様、俺達も異種族だから、身軽さと信用を武器にする以外勝負にならないからな。それにその立ち位置で実店舗を持つというのは、経費が掛かるだけってものさ」


 ヨースは髭を指で摘まむと自慢げに語るのであった。


「……なるほど、ね? 僕達の現状を考えると一番最適な商会って事かぁ」


 コウはヨースの考えに感心するしかなかった。


 前世だとインターネットを駆使した感じの実店舗がない経営だろうか? 


 大鼠族の事情を考えると全国に散らばる仲間が商会名を名乗れて、今まで通りの形式で商売ができるのはこれが一番やりやすいのかもしれない。


「わかった。ヨースが取ってきた仕事だし、信じるよ。──イッテツさん、どうかな?」


 コウはここでようやく慎重な姿勢からヨースを信じて軍事選定展覧会に出品する決意をする。


「ああ、しっかり考えているみたいだから、儂も信じよう」


 イッテツも信じてくれたようで、賛成する。


「それで、どんな武器を作ればいいのかな? やっぱり、三等級クラスの戦斧を数本作ればいい?」


 コウはそう言うとイッテツとヨースの三人で打ち合わせをするのであった。

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