第69話 天敵
コウのペットになった
その首輪は『
もちろん、ただの首輪ではなく従属の魔法が掛かっているから、飼い主を襲う心配もなければ、飼い主の許可なく他者を襲う事もない。
だが、コウはベルがとても利口である事をわかっていたし、不用意に誰かを襲う事はないとわかっていたから、自由にできるように全ての判断をベル本人に任せ、放し飼い状態にしていた。
だから、ベルはふらっと森に出かけて数日戻らない事もあるのだが、帰ってくると魔獣を捕らえて来るからお肉の心配をしなくて済み、とてもありがたかった。
「ベルのお陰で、食事に困らないね」
コウは笑ってベルを撫でた。
ベルは嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らしている。
「まさか、助けた魔獣がペットになるなんてね」
自宅を訪れていたカイナが、楽しそうに笑って一緒にベルを撫でた。
ベルは助けられた日の臭いはしっかり覚えているのか、その中にカイナの臭いも含まれており、ちゃんと懐いていた。
「ダンカンさん達の事も受け入れてくれているみたいだから、ベルはかなり利口なのは確かだよね」
コウは村を散歩した際に引き合わせたダンカン達にも黙って撫でられていたので、改めて感心していた。
「ベルはすでにこのエルダーロックの村でも有名になりつつあるし、人懐っこいのは良い事よね。……ふふふっ」
ララノアはそう言いながらも何か含み笑いをする。
「それにしても……、はははっ!」
コウはそのララノアの笑いに何かを察したのか、つられて笑ってしまう。
「どうしたの二人とも?」
カイナは理由がわからなくて、首を傾げて聞いた。
「──実はね?」
コウは前日に起きたベルの話をする事にしたのであった。
その日、コウはララノアと二人、村の中を他の村人への顔見世も兼ねてベルを連れて散歩していた。
そして、鍛冶屋のイッテツのところに顔を出し、コウがベルを紹介していたところに、丁度、大鼠族の友人ヨースが訪ねてきた事で問題は起きた。
「イッテツのおっさん、今日、コウは来ているかい? ──って、ララがいるのか」
ヨースは鍛冶屋の室内に入ってすぐララノアの後姿に気づき、奥にコウもいるようだと予想を付けた。
「ララ、元気か。今日はイッテツとコウに仕事の話が──」
ヨースはララの背中を軽く叩いて挨拶をすると、用事を告げようとし、奥に入っていく。
その先には確かにコウの後姿が見えた。
だが、その横に白いモフモフで大きな物体があったのだ。
「うん?」
ヨースがその白い物体に視線を向ける。
その白い物体、剣歯虎のベルが、もそっと動き、ヨースの方へ頭を動かして視線を向けた。
ヨースと視線が交わる。
「へっ? ──ぎゃー!」
ヨースがとんでもない大きな声を上げ、その場で飛び上がった。
「さ、さ、さ、
ヨースは傍にいたララノアに抱きついて、尋常ではなく怯えている。
その姿にコウは呆然として、どうしたの!? とばかりに疑問符を頭に浮かべた。
「わははっ!」
すると、イッテツがそのヨースの姿に思わず大笑いする。
そして、続ける。
「いや、笑ってすまん……! 大鼠族にとって猫人族や猫系魔獣の類は天敵なのさ」
イッテツは笑いを治めると、コウとララノアに説明する。
ヨースは震えてイッテツの言葉を肯定するように何度も大きく頷く。
「そうだったの!? ──ヨース、この子は安全だから大丈夫だよ! ねっ、ベル?」
コウはとても怯えているヨースにペットであるベルを紹介する。
するとベルは大鼠族のヨースに対して涎を垂らしていた。
「涎を垂らしてるじゃないか!」
ヨースは益々、怯えながらツッコミを入れる。
「ベル! ヨースは僕の友人なんだから! 大鼠族は狩りの対象じゃないからね!?」
コウは思わず、ベルにツッコミを入れる。
そう言えば、村中を散歩していた時、大鼠族の村人達が足早に離れていくのでコウは「?」、とはなっていたのだが、ここでようやくその理由が分かった気がした。
ベルはコウのツッコミのお陰で獲物ではない事を理解したのか、涎を飲み込んで我慢する。
「ヨース、もう大丈夫だから」
抱きつかれたままのララノアがヨースに優しく声を掛ける。
「ほ、本当に大丈夫か……!? 明らかに俺の事、獲物目線で見ていたぞ!?」
ヨースは本能から危険を感じたのか鋭い指摘をした。
「……ベル、大鼠族はこの村の住人だから、襲ってはいけない。……わかるね?」
コウはヨースの為に改めてベルに確認を取る。
「……ニャウ!」
ベルは少し間をおいて応じた。
「今、一瞬考えたぞ、こいつ!」
ヨースはベルの間を見逃さず再度ツッコミを入れる。
「はははっ、気のせいだよ、気のせい! ──ベル、僕の友人をそういう目で見ないの!」
コウも少し面白くなったのか、冗談交じりにベルに注意した。
「やっぱり、お前らもそう感じていたんじゃないか! そもそも、なんでここに剣歯虎がいるんだよ!」
ここでようやくヨースはベルがここにいる理由を聞く。
ララノアがそこで、ヨースを諭すように説明するのであった。
「……本当に利口なんだな?」
ヨースはベルを警戒しながら、何度目かの確認をする。
「大丈夫だって、従属の首輪もしているし、言う事もちゃんと聞いて利口だから」
コウも何度目かの説明をして宥めた。
ベルもさすがに警戒され過ぎて、主人であるコウとヨースの間の雰囲気を察したのかその場にしゃがんで大人しくする。
「ほら、撫でてあげて?」
コウはそう言うとヨースの手を引く。
「……」
ヨースは恐る恐るベルの頭を撫でる。
自分とはまた違うモフモフな毛並みに、「……おっ?」となる。
ベルはそんなヨースに撫でられても黙っており、ゴロゴロと喉を鳴らし始めた。
「ほら、気持ち良さそうにしているから大丈夫。これで、ヨースも僕の友達だと理解してくれたよ」
コウがようやく二人の関係が改善したとばかりに言う。
「……お、おう……。──じゃあ、ベル。これからは俺達大鼠族を変な目で見るなよ?」
ヨースはようやく落ち着いてくると、そう注意する。
「ニャウ!」
ベルが間髪を入れずに元気よく応じると、ヨースもようやく安堵するのであった。
「そんな事があったのね……。ふふふっ!」
カイナはコウとララノアの話を聞いて想像できたのか思わず笑いを漏らす。
「これからは、村内の大鼠族のみんなにも確認を取りながら散歩しないといけないと理解したよ。はははっ!」
コウはそう言うと、かわいそうだがどこか笑えるヨースを思い出して、また、笑ってしまうのであった。
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