第36話 騙されたドワーフ達

 診療所の前、というより、その前の広場ではドワーフ達が深刻な顔を突き合わせている。


 続々と人が広場に集まりつつあったので、騒ぎは大きくなる一方だ。


 松葉杖姿のコウが表に出てくると、医者ドワーフのドクが続いて診療所から出てきた。


「何の騒ぎだこれは?」


 ドクがコウに声をかける。


「さあ? 僕も今、来たところなので。でも、なんか騙されたとか誰か言ってましたよ?」


「騙された?」


 二人とも具体的な内容がわからないので、静かに他のドワーフ達の会話に耳を傾ける事にした。


 するとすぐに、色々な声が聞こえてくる。


「ヨーゼフさん、どう責任を取るつもりだろう?」


「いやいや、責任問題で済む話じゃないだろう」


「落ち着け! 山は目の前にあるんだ。何かの間違いだろう」


 コウとドクはまだ、話の要領を得られず、首を傾げた。


 そこへ、ヨーゼフの娘カイナがいつもの通り、コウのお見舞いの為に診療所へやってきた。


「……コウ、もう、話は聞いた?」


 カイナが暗い表情で探るように聞く。


「? みんなが話している事かな? 話をまとめるとヨーゼフさんが何か騙されたみたいだけど……、どういう事?」


 コウはドクと共に目を見合わせて、この騒ぎが何なのかカイナに聞いた。


「それがね? ……お父さんが買ったこの山々が実は、すでに掘りつくされた廃坑だったみたいなの」


「「えー!?」」


 コウとドクは思わず一緒に声を上げる。


 それはそうだろう。


 この『エルダーロック』の村も、鉱山を当てにして作られているのだから、死活問題である。


「え、でも、ヨーゼフさんはこの山々のニオイを嗅ぎ分け、『当たり』だと判断したから購入したんだよね?」


 コウはヨーゼフの嗅覚が本物である事を知っている。


 なにしろその能力は、エルダードワーフの『遺産の部屋』を見つけて得たものだからだ。


 そのヨーゼフの嗅覚がこの山に未採掘のお宝鉱石が眠っているというのなら、それが事実のはず。


「それが……ね? 一昨日、山に立ち入ってお父さん達が採掘の為の坑道を掘ったのだけど、そうしたら奥に空洞を見つけたの。それで、みんな不審に思って、そこを掘ったら──」


 ヨーゼフの娘カイナが最後まで説明する前に、ドクが代わりに話す。


「──すでに昔の坑道があったって事か?」


「……うん。それも魔法で丁寧に埋め直していたみたいで、表面を見ただけでは未採掘にしか思えないようになっていたって……」


 カイナはそこまで話すと泣きそうであった。


 父ヨーゼフの名誉にも関わる事だから、娘として悔しいのだろう。


「……これはこの土地の元の持ち主である領主ダーマス伯爵に一杯食わされたって事だな……」


 ドクが苦虫を嚙み潰したような表情で言う。


「でも、ヨーゼフさんの嗅覚は本物ですよ? きっと何かの間違いですよ」


 コウはヨーゼフを庇う。


「いや、コウ。鉱山だけでなく、このエルダーロックの村も騙されていたみたいだぞ?」


 背後から声がした。


 そこには、先に退院したダンカンの甥っ子三兄弟の長男ワグが立っていた。


 そしてその後ろにはグラ、ラルもいる。


「どういう事?」


 コウは髭のないドワーフの友人達に聞き返した。


「ここは元々廃村だっただろう? その割に井戸の水が綺麗だったんだが、ヨーゼフさんはそれも理由にしてここを購入したんだ。でも、最近、その井戸水が急激に汚れてきていてさ。どうやら、魔法で一時的に浄化されていたんじゃないか? とこの数日、話題になっていたんだ」


 今度はグラが答える。


「……魔法?」


「ああ、まともな水が飲めない地域では、高いお金を払って特殊魔法で一時的に井戸の水を浄化してもらい、それを利用するんだ。その効果が数か月から長くて半年くらい。だが、それも金額が馬鹿高いから、そういう地域は特殊魔法代を支払うだけで生活が困窮するのが普通らしい。その魔法をヨーゼフさんを騙す為に、使用していたんじゃないかって話さ」


 今度はラルが説明する。


「それじゃあ、最初から……!?」


 コウもその話に驚いて言葉が詰まる。


「今、ヨーゼフさんが、ダーマス伯爵の下に話に行っているから、帰ってくるのを待とう」


 ワグはそう言うと、松葉杖のコウと崩れ落ちそうなクイナを診療所に案内するのであった。



 その日のうちにヨーゼフがダーマス領都から帰ってきて、苦悶の姿のまま広場にやってきた。


 その様子からダーマス伯爵との会話の内容がわかりそうなものである。


「──みんな、聞いてくれ。昨日、ダーマス伯爵と話した。……まず最初に村の井戸の件だが、専属の魔法使いによって、有料で浄化してもいいとの事だ。だが、その価格が驚くほど高いうえに、三か月毎の契約という事だ。……そして、鉱山の件だが、伯爵曰く『誰も未採掘とは言っていない。聞かないお前たちが悪い』との事だ……。──みんなから預かった大金を、こんな形で無駄にしてしまって本当にすまない……」


 ヨーゼフは沈痛な面持ちで、広場に集まった仲間を前に深々と頭を下げて謝罪した。


 コウは松葉杖のままそのヨーゼフの前に歩み寄る。


「頭を上げてください、ヨーゼフさん! 僕はあなたに感謝こそすれ、非難する事はありません。お陰で僕達は差別扱いを受けていたマルタの街から脱する事が出来ました。それに、ヨーゼフさんが長い事、みんなの自由の為に全国を巡ってこの場所を見つけてきてくれた事もみんな知っています。確かに、結果的には騙されたのかもしれない。でも、以前よりも僕達は自由です。それに、廃坑跡であってもまだ、掘り尽くされていないからこそ、ヨーゼフさんの鼻が反応したはずです。僕はあなたの嗅覚を信じています! 力を合わせてこの困難から脱しましょう!」


 コウは多くのドワーフが聞いている事を忘れて、ヨーゼフを励ました。


 すると、広場に集まっていたドワーフ達は、少しの沈黙から間をおいて、


「『半人前』のコウの言う通りだ!」


「そうだぜ、リーダー! いや、エルダーロック村の初代村長!」


「みんなで力を合わせてまた、頑張ろう!」


 と声が上がった。


「……みんな……。そして、コウ、ありがとう……。少し弱気になっていたみたいだ。確かに、私の嗅覚はあの山から大きな可能性のニオイを感じた。それを信じてみようと思う! みんな力を貸してくれるか!?」


 ヨーゼフは広場にいるみんなにそう問うた。


「「「うぉぉぉ! 当たり前だ!」」」


 コウをはじめ、広場のドワーフ達は声を上げると一致団結するのであった。

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