第37話 水問題
新天地で再スタートを切ったコウとドワーフ達は、いきなりの難問にぶち当たる事になった。
鉱山はもとより、エルダーロックの村のドワーフにとって、水問題は生死を左右するものであるからだ。
急遽の対応として、遠くの川まで水を汲みに行く事になった。
ここはバルバロス王国の南西に位置する辺境で、領主はダーマス伯爵の領地である。
一帯は山脈地帯で、エルダーロックの村はその一部にあたる。
そして、唯一都合がいい点として、この山脈地帯は、険峻な地形から国境線がはっきりしていない。
そこで、リーダーであるヨーゼフは、この国境線があやふやな山岳地帯に分け入り、水のある場所を仲間みんなでいくつか発見し、そこに汲みに行く事で解決する事にした。
しかし、この水汲みは片道一時間の悪路の為、大変な事に変わりはない。
今は、みんなで協力して、多少水は我慢しているが、井戸の汚染を解決しない事には、いつか不満が溜まって爆発する事は容易に想像できる。
そこで、コウは前世の知識を試す事にした。
それは、水のろ過である。
これは前世の知識があれば簡単な事だ。
コウは早速、その為に、砂や小石、不要な布、炭などを集める。
コウはそれを小さな樽に順番に詰めて、ろ過装置を作った。
「なんだそれは?」
医者ドワーフのドクが退院間近のコウが診療所の庭で始めた工作に興味を持つ。
そこにはお見舞いに来ていた髭なしドワーフグループの仲間もいた。
コウは、大きな樽の上にそのろ過装置の小さい樽を固定して、髭なしのドワーフメンバーに井戸の土色の水を汲んで来てもらっていたので、それを上から注ぐ。
コウは、緊張しながら、小さい樽の栓を抜いて水を出した。
すると、ろ過装置の小さい樽から、大きな樽に少しずつだが、綺麗な水が注がれ始めた。
「「「おお!?」」」
髭なしドワーフグループのメンバーはこの魔法のような結果に、驚いて声を上げる。
「これは、どうなっているんだ!? 水が透明になっているぞ?」
「本当だ! こいつはすげぇ!」
「コウ、これ、飲めるのか!?」
とみんな興奮気味だ。
「安全の為、煮沸してから飲んでみましょう」
コウは、そう言うと、診療所の台所に行って綺麗になった水をやかんに入れて沸かす。
しばらくして沸騰したものを冷まし、みんなの木のコップに順番に注いでいく。
「おいしくない可能性もあります。あと、毒が残っている可能性もあるので、危険だと思ったらドクに申告してください」
コウはそう言うと、代表して最初にその水を口にした。
「……飲めない事はない……、のかな?」
コウは下を一度湿らせるくらいに口に一度含み、そう判断するとグイっとさらに飲んでみた。
「……うん。もう少しろ過装置を工夫すればもっといいかもしれない……」
コウはこの結果を自分に言い聞かせるようにつぶやく。
「じゃあ、俺も」
仲間達もコウが飲んだので、恐る恐るながら、ろ過された水を口にした。
「……これがあの井戸の水? 全然飲めるじゃないか!」
「本当だ! 俺、あの臭くて土の味がする水を一度飲んだが、あの不味さに比べたら全然美味しいぞ!」
「これなら、全然飲めるな! 凄いぞ、コウ!」
ドワーフ達はコウの作ったろ過装置で綺麗になったコップ一杯の水を大切そうにちびちび飲みながらコウを称賛した。
「でも、これは一時的なものだと思ってください。根本的な解決にはなりません」
コウはそう言うと次の方法を試す事にした。
それはこのろ過装置の大量生産&貯水池の確保である。
コウはヨーゼフにろ過装置を説明して、仲間同様に水を飲んでもらい理解を得ると、山の高いところの一部を削って貯水池を作る人を動員してもらった。
山の天気は何とやらと言うように、雨はすぐに降るし湿度も高い。
ならば、地中から井戸に沁み出す前の水、つまり雨水を貯水池に溜めればいいのだ。
そして、その貯水池から麓のエルダーロックの村まで水路を引き、村人はそれを汲み上げる形である。
そして、各家庭にろ過装置を置いて使用すれば、これでかなり綺麗な水が得られるはずだ。
さすがにこれは大掛かりな作業であったが、そこは掘るのが大得意なドワーフ達である。
コウの提案を聞いてヨーゼフが説得する事もなく全員が了承し、作業に移るのであった。
こうして、わずか半月程の作業でかなり大掛かりな貯水池を数か所とそれを繋ぐ岩から削り出した資材で作った水路が完成。
まだ、完成して数日しか経っていないから、貯水池には十分な水が溜まっていないが、変わりやすい山の天気である。
放っておけば自然と水は溜まり、水路を通って水がエルダーロックの村まで流れて来てくれるだろう。
実際、ひと月もせず、貯水池で水が確保出来て、村の貯水池まで水路を通って水が流れ込んできた。
ドワーフ達はコウのアドバイス通りにする事で上手く事が進んだので、ただでさえ村の英雄になっているコウを一層、尊敬するようになった。
それにコウはすでにあの重傷状態からすでに松葉杖もなくなり、日常の生活に戻っている。
そのコウが今回の貯水池工事では一番、活躍していた事もあり、最早誰もコウを悪く言うドワーフは誰一人いない。
ただし、コウはその見た目が華奢で髭無しの成人であったから、これまでと変わる事なく、だが、親しみを込めて『半人前』のコウと呼ばれ続けるのであった。
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