第35話 新天地に到着

 コウが目を覚ましたのは、新天地に向かう途中の医者ドワーフであるドクの馬車の中であった。


 そこにはダンカンも横になっていた。


 その甥っ子三兄弟のワグ・グラ・ラルは狭い馬車なので別の馬車で横になっている。


「……うん? ……コウ、目が覚めたか?」


 ボーっとする意識の中、コウは自分の横からダンカンの声を聞いて、まずは安堵した。


 何しろ最後に見送った時は重傷で意識がなく、大鼠族のヨークに託したが、助かるのかわからない状況だったのだ。


「……みんなは無事ですか……?」


 コウはダンカンの声が弱弱しいので、他の三人も無事なのかそれがまずは気になった。


「……ああ。あいつらも無事だ。他の馬車で移動しているはずさ……。俺とお前はより重体だからドクの馬車に乗っているがな……」


 ダンカンは怪我が相当痛むのか、苦しそうだ。


「大丈夫ですか……? ──ドクさん、ダンカンさんが苦しそうです……」


 コウは意識がぼやける中、自分より、ダンカンの心配をする。


「……おいおい。……俺よりもお前の方が重体なんだぞ……?人の心配より、自分の心配をしろ……」


 ダンカンは体が痛む中、コウの人の好さに呆れるのであった。


「二人ともそれだけ喋られれば、大丈夫だな。ダンカンは痛み止めを飲んでおけ」


 御者台に座っていたドクが、二人の会話に気づき、中を覗き見て言葉をかけた。


 ドクとしてはコウがまた、意識を取り戻した事自体、驚きの事例であったが、何せ二度目である。


 冷静そのものであった。


「……あれからどのくらい経っていますか……?」


 コウはぼんやりする意識の中、ドクになのか、ダンカンになのかわからない質問をする。


「あれから五日経っている。またお前は昏睡状態が続いてたが前回と比べると、まだ大丈夫だと思ったら、案の定だったな。わははっ! それに今回はお前よりダンカンの方が危なかった。まぁ、二人とも意識が戻って安心したよ」


 ドクは助かってくれたからこそ、笑ってそう教えてくれた。


 何しろ今回はマルタ子爵との全面戦争だったのだ。


 それでドワーフの中から誰一人として死者を出さずに済んだのは奇跡であった。


 そして、この奇跡の中心にもコウがいる。


 ドクはこの『半人前』のコウのしぶとさになんだか笑いたくなるのであった。


「……僕、ちょっと寝ますね……」


 コウはそう言うと、すぐに眠りに落ちる。


「……おう。よく寝な……。お前はそれだけの活躍をまたやってくれたからな……」


 みんなも活躍したと言ってもいいのだが、コウにまたも命を助けられた形であったから、ダンカンも労う。


 そしてダンカンも痛み止めが効いてきたのか眠りに落ちるのであった。


「やれやれ……。これでようやく俺の仕事も少しは楽になるかな」


 ドクは二人が寝落ちしたのを確認して、安堵のボヤキを漏らす。


 この五日間は、二人の容態が安定せず(特にダンカン)、あまり寝られていなかったのだ。


 ダンカンが意識を戻したのが、前日で、今日がコウ。


 ようやく今晩はぐっすり寝られそうだ。


 ドクは御者台で安心すると、背中を丸めるのであった。



 それから数日後。


 新天地であるこの国バルバロス王国の辺境地帯に到着した。


 その辺境地帯を治めるのは、ダーマス伯爵。


 つまり、ダーマス伯爵領にヨーゼフ率いるドワーフ集団は土地を買って住む事になったのである。


 すでに数か月前から、先遣隊が購入した廃村跡地を整地し直して家を建て、他のドワーフ達を出迎える準備を行ってくれていた。


 その先遣隊の隊長が、コウに腕相撲で敗れた『太っちょイワン』であり、この数か月間、周辺の木々の伐採、整地作業、出没する魔物の討伐まで仲間を率いて頑張ってくれていた。


 そして、第二陣、第三陣、と続々と仲間が合流して、ようやく最後にリーダーのヨーゼフ率いる第四陣が到着したのである。


 これには、先に移住していたドワーフ達も喜んだ。


 何しろリーダーのヨーゼフ無しでは進まない話もいくつかあったからである。


 特に、鉱山の掘削開始は、ヨーゼフがこの地の領主であるダーマス伯爵との契約で全員の移住を確認してから、両者立会いの下、開始するという奇妙な条項があったのだ。


 まあ、みんな新しい新生活の為だけで必死だったから、鉱山の掘削開始はすぐに始められるものではなかったので、時間的には丁度、良かったのではあるが。


 コウは新たに名付けられた、『エルダーロック』の村に到着するとそのまま診療所に運びこまれる事になった。


 これには事情を聞いた先住ドワーフ達も大いに驚いた事は言うまでもないだろう。


『半人前』のコウと髭なしドワーフグループのダンカン達が自分達を捕らえるべく差し向けられた追手を返り討ちにしたようなものなのだ。


 最後はリーダーのヨーゼフ達が助ける形ではあったが、ほとんどはコウの活躍によるものである。


 第四陣には、先住していた男達の家族が多く含まれていたから、『半人前』のコウへの感謝は大きなものであった。


 コウ以下、ダンカン、ワグ、グラ、ラルの五人は仲間を守った英雄として、入院の間、お見舞いが後を絶たないのであった。



 そんな新天地『エルダーロック』の村に到着して半月が経った。


 その診療所でコウが退院間近で過ごしていた時の事。


 その表で、なにやら騒がしくなっていた。


「俺達は騙されたんだ! くそっー!」


「落ち着け! ヨーゼフさんでも気づかなかったんだ。俺達だったらもっと騙されていたさ」


「でも、これからどうすればいいんだよ! このエルダーロックの村はもう終わりだ!」


 などと聞こえてきた。


 寝台が隣のコウとダンカンはこの不穏な会話に目を見合わせる。


 なにやら、ただならぬ事が起きているようだ。


 コウは心配になって起き上がると、松葉杖をついて表に向かうのであった。

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