第34話 その後の話

 コウはドワーフのリーダー・ヨーゼフ達に救出され、その後、無事領境を越える事が出来た。


 追手もなかったし、あの時点で完全に断念したと言っていいだろう。


 そういう意味でコウは、最後まで踏ん張ってくれたのだ。


 それにヨーゼフと同行したドワーフ達は、その現場を目撃している。


 領兵達は多くの者が疲弊し、負傷し、死に絶え、動けなくなっていた。


 それくらいコウが仲間のドワーフに追手が追いつかないように奮戦し続けていたという事である。


 幸い同じく奮戦して生死の境をさ迷ったダンカンとその三人の甥っ子達も一命を取り留め、馬車の中で眠っていた。


 コウも、同様であったが、違いがあるとすれば、ダンカン達は意識を取り戻したが、コウはまだ、意識が戻らないという事だろう。


 領境を越えてすでに三日が経っていたがコウは、昏睡状態のままであった。


 治療に当たった医者ドワーフのドクもどうなるかわからないと首を振る。


「……どこか途中の村か街でコウは治療に専念した方がいいかもしれないが……、判断に困るところだ」


 ドクは医者としてコウの状態をドワーフのリーダーであるヨーゼフにそう説明した。


 とはいえ、相手はコウである。


 ドクが最初にコウを診た時は、生きているのが不思議なくらいの重傷患者で助かっても全治一年はかかると考えていた。


 それも、普通の生活にはもう戻れないかもしれないという絶望的な診断をしてである。


 しかし、実際は一か月ちょっとで退院してしまったから、コウの化物じみた回復能力についてはドクも判断がつかないのだ。


 一般的な診断なら、死んでもおかしくない状態である。


 それは間違いない。


 これだけの怪我をしたとなると出血も多かったはず。


 それだけでふつうは死ぬ。


 全身大きな傷だらけなのだから、当然の判断だ。


 しかし、コウは内臓や太い血管の損傷もあるのに致命傷になっていない。


 医者として馬鹿馬鹿しく聞こえるが、それでも生きているのがコウなのだ。


「……ドク。コウは以前もこれ以上の怪我から復活したのだろう?」


 ヨーゼフはそう期待を持って聞く。


「ああ……。それは間違いない。医者の儂から見てもあれは奇跡だった。だが、今回も奇跡が起こるかわからないからなぁ……」


 ドクもどう答えていいかわからない。


 それにヨーゼフは娘のカイナがコウの看病の為に、ずっと付きっきりになっているのでどこかの街に置いていく判断ができないのだろう。


 そうなれば、カイナは「自分が残る!」と言いかねない。


 ヨーゼフはコウも心配だが娘のカイナも心配なのだ。


「はぁ……。仕方ない。馬車でゆっくり新天地に向かう事にしよう。儂もコウにはしっかり付いて容体を確認しておくよ」


 ドクの患者は他にもいるから、大変なのだが、コウ以上の患者もいないので、ヨーゼフを安心させる為に、時間外労働をOKする。


 こうして、十日の距離を馬車に揺られながらコウは、新天地に向かうのであった。



 その間、事の発端である鉱山の街を治めるマルタ子爵はというと……。


 領地内外で今回の一連の非道な行いが噂となってあっという間に広まっていた。


 それはまるで誰かが意図をもって広めたかのように迅速で、マルタ子爵が否定する間もない程であった。


 それに異種族差別が普通にある時代とは言え、今回の行為はやり過ぎだという批判が起きていた。


 これには理由がある。


 まず、噂を広めたのは大鼠族であった事。


 大鼠族も人族至上主義の中にあっては、ドワーフ同様その姿形から二足歩行する種族として獣扱いで差別対象であったが、便利遣いができる種族でもあったので、ドワーフより扱いは上で、全国に広く浅く情報網を持っているのだ。


 今回の件はその大鼠族達全国の行商や情報屋、雑用で活躍する者達が、ドワーフの行動を意気に感じて、近隣に広めたというのが内幕である。


 これはコウに一時同行した大鼠族の若者、ヨースが動いたからでもあった。


 ヨースはコウにお金の臭いを感じると共に、何か熱いものも感じていたようで、打算以外で心を動かされたのだ。


 それに、新天地にも付いて行って、ドワーフとの間に大きな取引をしたいとも思っている。


 全国にドワーフはいくつもグループがあるが、このコウを率いるヨーゼフのグループには元々注目していたこともあり、ヨースはそれを守る為に仲間に助けを求めたのであった。


 そして、その動いた大鼠族が狙ったのが周辺貴族の中でもマルタ子爵と不仲な貴族や対立派閥の貴族領で噂を広めたのがとてもよかった。


 マルタ子爵の上げ足を取りたい貴族にとって絶好のネタであったから、爆発的に批判的な噂を広めてくれた。


 もちろん、他の貴族達も違いはあれど、人間至上主義な者がほとんどで、ドワーフに好き好んで味方をしているわけでない。


 しかし、今回は味方する事でマルタ子爵を叩けるのだから喜んで協力的であった。


 これらの事から、マルタ子爵は他の貴族から叩かれまくり、領民達からも白い目で見られ、挙句の果てには王家からも遺憾の意を示され、派閥の長にも庇うよりもトカゲの尻尾切りをされる判断をされる事になる。


 マルタ子爵側の方が被害が大きかったのだが、すべて自業自得、自分勝手な暴挙の結果であるから、ドワーフ達に今回は罪を問わないのが妥当という流れができたのであった。


 マルタ子爵はこの後、鉱山を閉じざるを得なくなる。


 穴掘りをする人間はいなかったし、扱いが酷いところに集まるドワーフもいなかったからであった。


 こうして、マルタ子爵は落ちぶれ、ヨーゼフ達は罪を問われる事なく、無事、新天地へと向かうのであった。

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