第33話 決着
コウは焦燥していた。
それは体力的にも限界が近づいていたからだ。
コウの小さい体には矢が三本、途中で折れた小剣の剣先が一本、柄が折れた槍が一本刺さっており、生きているのが不思議な状態であった。
それ以外にも体中には無数の傷跡があり、出血は止まっているが、追手である領兵達の方が痛々しい気持ちになるほどである。
「なんでまだ、生きていられるんだ……」
「それよりも、こっちの被害の方が問題だぞ……」
「こちらの半数近くが戦線離脱している……。もう、撤退して治療しないと出血で死人が増えるぞ……」
兵士達は新隊長が消耗戦でコウをどうにかして討ち取る事に固執している事にようやく疑問を持ち始めている。
新隊長はドワーフ達を捕らえて強制労働につかせる事が当初の狙いだった事をすでに忘れているのではないかと思い始めたのだ。
被害はすでに戦なら大敗を意味する三割以上の被害が出ている。
兵士達はこの目の前の少年のようなドワーフを殺すよりも、新隊長を説得した方が早いのではないかと考えた。
「た、隊長! すでに被害は半数近くに及んでいます。これはもう、負けです。撤退しましょう。負傷者の治療を優先しないと被害がさらに大きくなります!」
「馬鹿者! もう少しで討ち取れるのだぞ! ここまで来て、手土産一つなしで領主様に顔向けできるか! ──長槍隊を組み直せ! 最後の勝負に打って出るぞ!」
新隊長は無能ではない。
それどころかコウのような化け物相手に戦術を練ってここまで追い詰めたのは、有能と言っていいのかもしれない。
そのくらいコウの活躍は化け物じみていたからだ。
しかし、追手の領兵隊は被害を出しながらも、確実にその化け物を追い詰めていたのである。
「……はぁはぁはぁ。……目がかすんできた……」
コウは血まみれの状態で荒い息を吐き、今にも倒れそうであった。
だが、その右腕にはしっかり戦斧が握られており、戦う意思を示している。
しかし、いくら『大地の力吸収』というチートな能力をもってしても、体力の限界は近く、これ以上は戦うどころか逃げ切る事も不可能そうであった。
そんな状態のところに新隊長が兵士達に何度目かの号令をかけている。
とどめを刺すぞ! と叫んでいる。
相手は勝負所と判断したのだ。
確かに僕も限界だ……。これが最後の踏ん張りどころだ……。これで時間を稼げば……、あとは……。……あれ? 僕は何でこんなに命を削ってみんなを守ろうとしているんだっけ……?
コウは疲労困憊で頭も回らなくなってきていた。
だから、そんな疑問が頭を過ぎる。
しかし、次の瞬間、そこにダンカンやワグ、グラ、ラル達負傷した仲間の顔が脳裏に浮かんだ。
「そうだった……。僕の少ない大切な仲間を守るためだった……!」
コウは踏ん張りの利かない足に再度力を込めて立つと、体に刺さっている矢や小剣、槍の先を抜く。
そこから出血するがもう気にかけていられない。
最後の勝負だ。
コウは敵が隊を編成し直して自分を囲み直すのを、仁王立ちで待つのであった。
新隊長はコウがすでに限界を超えているのは見て確信していた。
だから、とどめを刺せるとも。
新隊長は編成し直した隊に突撃命令を出す。
「仕留めよ! 突撃!」
だが、兵士達はなかなかコウに長槍で突いてかからない。
「何をしている! 最後の決戦だぞ!」
兵士達を叱咤する。
しかし、動かない。
新隊長は焦って自分を守る隊の兵士の囲みをどけて、前に出た。
そして、もう一度、兵士達を叱咤する。
「敵はたかがドワーフだぞ!」
その時であった。
風を引き裂く音がうなりをあげて何かが新隊長に近づいていた。
それへコウの戦斧が回転して飛んでくる音であった。
そう、コウは新隊長が隊の兵を壁に奥から命令していたので、仕留められずにいたのだ。
前に出れば相手は下がるし、新隊長はとにかく慎重にコウの視界に入らないように心がけていた。
それはコウが鉱山責任者のダンをスコップを投げて仕留めたのを見ていたからで、飛び道具を警戒していたのだ。
だが、最終局面とみて、新隊長が前に出てきた。
新隊長が前に出て兵士を叱咤したのは、一瞬であり、すぐに引っ込もうしていたが、コウはその一瞬を見逃さず手にしていた戦斧を正確に投擲していた。
これ以上ないというタイミングで。
コウ自慢の戦斧が新隊長の頭部に吸い込まれていく。
どすっ!
金属を切り裂き、刺さる音と共に新隊長の兜を被った頭部は真っ二つになっていた。
「た、隊長!」
守っていた兵士達が慌てて駆け寄るがもう後の祭りである。
それを見届けると、
「……これが限界……か……な?」
とコウはつぶやくと、その場に前のめりに倒れるのであった。
「そのドワーフを捕らえよ! いや、その場で切り殺せ!」
新隊長の傍にいた新副隊長が、倒れているコウを指さして周囲に命令を発した。
兵士達はこの一部始終を見て呆然としていたが、その言葉にはっとする。
コウは倒れてピクリともしない。
兵士達は槍を構えて慎重に近づく。
その時であった。
「コウを守れ!」
山道を塞ぐ大木の方から大きな声が上がった。
それは駆けつけたドワーフのリーダー・ヨーゼフの声である。
後ろには髭無しドワーフ五名と武器を手にした元気なドワーフ十五名だ。
「「「おお!」」」
ドワーフ達はそう応じると、大木の上から飛び降り、疲れ切った兵士達に襲い掛かる。
ヨーゼフ率いるドワーフ達はとてつもない強さであった。
特に髭無しドワーフ五名はコウが倒れて動かないから、助けようと必死で、追手の領兵達を戦斧で枝を刈るようにあっという間に両断していくのだ。
「ぎゃー!」
「ひぃ!」
「つ、強いぞ!」
コウとの戦闘で疲れ切り戦意も消失している兵士達は新たなドワーフの集団に抵抗する術はなく、ヨーゼフ達に追い立てられていく。
「に、逃げるな!」
新副隊長はそう言いながら、後ずさりする。
それを見た周囲の兵士達は、これは駄目だと悟って、一人、二人と逃げていく。
そんな兵士達を無視して髭無しドワーフ達とヨーゼフは脇目もふらず、コウの傍に駆け寄った。
「大丈夫か、死ぬなよ、コウ! うちの娘が悲しむ!」
ヨーゼフはそう言うと、コウを自ら背負って撤退するのであった。
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