第32話 瀕死と必死

 ヨーゼフと二十名の部下達はドクの馬車と合わせた二台の馬車に乗って、検問所を通過し、再びマルタ子爵領との領境を越えると、山道に向けて鞭を打った。


 荷台を引く馬には酷だが、ヨーゼフは自分の勘を優先させた形である。


 しばらく進むと、山道に入った。


 その出会いがしらでダンカン達のグループである髭のないドワーフ集団に遭遇した。


「ヨーゼフさん! 領主の野郎、追手を出しているぞ!」


「何!? みんな無事か!?」


「わかんねぇ……。こいつらは元々領地に残る選択をした連中だが、領主に捕らえられ、人質にされたところをコウと俺達で救って逃げてきたんだ。でも、コウとダンカン達五人が殿しんがりとして残っている。何もなければ、あとから追いかけてくるはずだが、追いついてこないんだ」


 髭なしドワーフの一人が、そう告げた。


「……わかった。お前達は早く領境を越えてくれ。俺達をそのコウやダンカン達の無事を確認したら後を追う」


「いや、俺達も同行させてくれ、こいつらを頼む」


 髭無しドワーフの一人はそう言うと助けだしたドワーフ達を、他の者達に任せて引き返すヨーゼフの馬車に乗り込む。


「……わかった。おい、代わりに五名ほどこの馬車で領境まで護衛してくれ」


 ヨーゼフはそう部下に伝えると、髭無しドワーフ五名を乗せた馬車にまた、鞭を打って山道を進むのであった。



 山道を進んでいる途中、荷車を四足歩行でこちらに駆けて来る大鼠族が見えてきた。


「うん? あの赤いスカーフは……、確かヨースとかいう大鼠族か?」


 ヨーゼフがダンカン達に伝達を含めた雑用の為に雇っておいたから覚えていた。


「はぁはぁはぁ……。ドワーフ? あ……、ヨーゼフの旦那か! はぁはぁはぁ……、助けてくれ、みんな瀕死なんだ……!」


 大鼠族のヨースは、自分が引いてきた荷車を指さす。


 そこにはダンカンをはじめ、ワグ、グラ、ラルの三兄弟が大怪我を負った状態で乗せられていた。


「だ、ダンカン!」


「ワグ、グラ、ラルまで!」


「だ、大丈夫か!?」


髭無しドワーフ達は、大事な仲間の瀕死の姿に、馬車から身を乗り出す。


「こいつは酷い! ──ドク、頼む!」


 ヨーゼフは馬車を止めると、後続のドクに大声でお願いする。


「わ、わかった」


 ドクは馬車を止めて慌ててその荷車に駆け寄って一人一人確認する。


「! ダンカンが息をしてねぇ……」


 ドクはそうつぶやくと一瞬呆然としたが、すぐに、


「儂の馬車に全員を移してくれ、早く!」


 と他のドワーフに指示する。


 ヨーゼフ達は急いで医療器具の揃っているドクの馬車にダンカン達四人を移動させた。


 そして、今度は大鼠族のヨースに、


「おい、あんた。儂はダンカン達の治療に専念するから、この馬車の御者をやってくれ!」


 とドクは指示して荷台に乗り込む。


 荷台には医療器具が乗せてあるから、すぐに治療に入った。


「お、おう」


 大鼠族のヨースは、疲労困憊だったが、言われるがまま馬車に乗り込もうとする。


「ヨース! コウはどうした、いないみたいだが?」


「コウは追手が迫って来ていたから、山道の出入り口に一人残って時間稼ぎをしてくれているはずだ。追手が追いついてこないという事はまだ、生きているはず……。お願いだ、コウを助けてくれ!」


 大鼠族のヨースはヨーゼフにそう伝えると、ドクの馬車を発進させるのであった。



 ドクは必死であった。


 ダンカンの心臓を動かす為に、治癒魔法を右手に込め、その手でダンカンの心臓をテンポよく叩き続ける。


「逝くなよ、ダンカン……! あんた、コウの奴にできた最初の友人だろ! 死んじまってどうするよ……!」


 ドクは目に涙を溜めてそうつぶやくと一生懸命心臓マッサージを続ける。


「動け……! 動け……!」


 ドクはそう言いながら、心臓をマッサージを続けた。


「それ治療なのか!? 胸を押しているだけじゃないのか!?」


 大鼠族のヨースは心臓マッサージを知らないのか、馬車内をチラチラと振り返りながら御者を務める。


「あっているはず……、だ。過去にこれで止まった心臓が動き出した例があるからな。それにコウも同じ事を入院中に言ってたから大丈夫のはずだ……」


 ドクは自信なさげに応じると、続けた。


 そして、ダンカンがスッと呼吸をした音が聞こえた。


「う、動いた!」


 ドクは手を止めると治療を始めた。


 揺れる馬車の中、傷口をお酒で洗い的確に針と糸で縫合する。


 本来は治癒魔法を中心に治療するところだろうが、ドクは典型的なドワーフだから、魔力はあまりある方ではない。


 だから、負傷者が四人もいる中では、魔法を使用する怪我も厳正に選ばないといけないのである。


 それにダンカンの心臓マッサージで動かす為に使用したので魔力もあまり残っていないから、最近覚えた治療法を試したのだ。


 これも、コウから入院している間に聞いた技術であった。


 魔法以外での医療行為はあまり進歩しているとは言えないこの世界である。


 コウのTVやネット情報レベルの知識でもドクには驚く事ばかりだった。


 魔法による治療は、血管の接合レベルという少しの使用に抑え、傷口自体は糸で縫って止血すれば、多くの患者がいる時は魔力の消費を抑えながら沢山治療できるという指摘をされた時には目から鱗である。


 ドクはそんな知識を基にダンカン、ワグ、グラ、ラル四人もの治療を、揺れる馬車内で次々に行うのであった。


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