第31話 死闘

「何度も同じ手が通じると思うな! ──今度こそはあのドワーフを討ち取るぞ!」


 追手である領兵隊の新隊長は、コウが四度目の足止めを狙って道を塞いできた事に自信を持ってそう応じた。


 新隊長は、コウが不利になったら、すぐに跳躍して道を塞いだ大木の後方に飛び退り逃げるという戦法を続けていたので、四度目も同じ手口で来ると考えていたのだ。


 だから三度も逃げられれば、新隊長も対抗手段を考えるというものである。


 新隊長はコウが後方に大きく跳躍して逃げる時が一番、隙が生まれると数度の交戦で睨んでいたので、そのタイミングで特別編成の弓隊に射止めるように指示を出していた。


 そんなコウは、もう大木も使い果たし、後がないから必死である。


 これまでの三回戦同様、大木の前で前面に押し出された長槍隊を相手に戦斧を振り回して牽制した。


 長槍隊はコウがまた逃げ出すと思っていたから、これまで通り長槍を上下に振ってその反動でコウを傷つけようとする。


 だが、コウはもう背後を取られようが、気にする事なく踏み込んでいく。


 長槍隊も背後の新隊長達も三度同じ事を繰り返した後だから、コウの動きには対応も早い。


 兵士の一部が踏み込んできたコウの背後に回る動きを取ったのだ。


 全ては三度の交戦の経験で考え抜かれた対応である。


 だから当然、今回もコウは背後を取られまいと慌てて下がるしかないはずだった。


 しかし、そのコウがさらに数歩踏み込んで長槍を戦斧で薙ぎ払い懐に飛び込む。


「「「な!?」」」


 長槍隊は不用意なほどに初めて深く踏み込んで斬り付けてくるコウに驚く。


 コウはもう、背後を気にする事なく踏み込み続けると、本来の力を発揮してその剛力で戦斧を振るい、前面の長槍隊の兵士達の胴体を真っ二つに斬り飛ばした。


「は、背後に回ってドワーフを囲んでしまえ!」


 密かに狙っていた作戦とは違うが、当初の前に引きずり出して囲んでしまう作戦に新隊長も慌てて切り替える。


「お、おう!」


 兵士達も動揺しながらも一部の兵士がコウの背後に回って逃走路を封じた。


「どうやら、万策尽きたと見た! あとは討ち取るだけだぞ!」


 新隊長も気を取り直して兵士達に発破をかける。


 だが、コウは乱戦に持ち込んだ事で逆に有利になった事もあった。


 というのも、背後を取られる事になったが、その代わり敵は弓矢と槍が使用できなくなったのだ。


 弓矢は乱戦の状態で使用すれば味方に当たる可能性が飛躍的に上がる。


 さらに長槍も乱戦では距離が近すぎて使用できない。


 決死の覚悟での突入が、死中に活を求める事になったのだが、その反面、当然だが、四方に敵を抱える事になる。


 だがコウは、その事に怯える事無く、勇ましく戦斧を頭上で振り回しながら、敵に突撃を敢行する事で、背後に迫る敵兵よりも前に進み続け、どうにかそれを克服していたのであった。


 そして、このコウの無謀とも思える突撃は、追手の領兵隊を震撼させていた。


 コウが戦斧を振り回し続ける事で、毎回数名の兵士がその驚異的な速度の鉄塊に巻き込まれ撥ね飛ぶからだ。


 元々ドワーフで小さいコウが振り回す戦斧は丁度人間の胴から首の辺りに当たる。


 それを防ごうと盾を構える者もいれば、剣で止めようとする者もいたが、コウの怪力が込められた超魔鉱鉄製の戦斧を防げる者はなく、切り裂かれていく。


 領兵達はこのコウの勇猛果敢な戦いぶりに徐々に腰が引け、逃げ惑う者も現れ始めるのであった。


 ただし、このやり方は当然ながら後先考えない体力を激しく消耗するやり方であるのも確かだった。


 それに逃げる者もいれば、対応してくる者もいる。


 コウの側面や背後に回って一度は乱戦で間合いを失い使えなくなった槍で背中を狙う者も現れたのだ。


 その為コウは前面の敵を討ち取りながらも、背後からの攻撃で背中を負傷して傷だらけになっていく。


 いくら『大地の力吸収』の能力を持っていても、すぐに怪我が治るわけでない。


 傷の直りが誰よりも早いが即効性はないのだ。


 コウは痛みに顔を歪めながらも歯を食いしばり、戦斧を振るい続けるのであった。



 ドワーフ達のリーダーヨーゼフは、女子供の多い最終組の集団と無事領境を越える事に成功していた。


 だが、コウやダンカン達がまだ、追いついてこない。


 予定では、マルタ子爵の様子を窺った後は、速やかに撤退するという指示を出していたのだが……。


 何かあったのかもしれない。


 領兵隊を準備していたのは知っている。


 だからこそ前日の夜に引っ越しを早めたのだ。


 しかし、契約はすでに終了し、手続き上は何の問題もないはず。


 引っ越しの為に土地契約なども解除して綺麗さっぱり整理しているから、どこまで本気で領兵隊を動かすのかわからないところではあった。


 だが、コウやダンカン達が追いついてこないという事は、やはり、最悪の状況になったという事だろうか?


 ヨーゼフはそう考えると、


「護衛の中から、私は二十名ほどを率いて山道辺りまで様子を見に引き返す。あとは任せた」


 と告げた。


「ヨーゼフの旦那自らですか!? マルタ子爵領に戻るのはあまりよくないと思いますよ? それなら俺が確認してきますよ」


 ドワーフの一人が、挙手して代わりを進み出た。


「いや、少し嫌な気がするんだ。私が自ら行く。──医者のドクはいるか!?」


 ヨーゼフは胸騒ぎがし始めたのか、ドワーフ医者のドクまで連れていくつもりになっていた。


「なんだ、ヨーゼフ? 医者の俺がついて行っても足手まといだぞ?」


 ドクは自分の馬車を持っていてそれを自らが御者となって進ませていたが、それを停車すると答えた。


「馬車もあるからこそ、頼む。──患者は他の馬車に移動してくれ」


 ヨーゼフはそう言うと、ドクを連れていく選択をした。


 ドクもリーダーとして信頼するヨーゼフが引き返すというので素直に応じると、患者を下ろし、馬車を操ってもと来た方向に引き返す。


 もう一台の馬車もそれに続いて引き返す。


 合計二台の馬車でヨーゼフはマルタ子爵領に引き返すのであった。

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