第30話 決死の時間稼ぎ

 コウは追手の領兵隊百人相手に獅子奮迅の戦いを見せていた。


 追手の領兵隊はコウが暴風雨のように振り回す大きな戦斧に胴体を真っ二つにされ、次々に屍の山を気づいていく。


 だが、兵達も馬鹿ではない。


 盾と武器でその重い一振りを防ごうと構え前進してくる。


 だが、みんなを逃がそうと必死のコウは、そんな鉄壁の防御も力任せの戦斧で打ち砕いていく。


「なんて馬鹿力だ!」


「う、腕が!」


「ひ、退け! あっちはあそこから動けないみたいだから、一旦距離を取ろう!」


 領兵隊はコウの暴れっぷりにたじろぎ、負傷者連れて少し後退した。


 よし、これで時間稼ぎができる!


 コウは相手が一旦退いてくれたので内心喜びながら、その場で戦斧を手に仁王立ちの姿勢を取った。


 自分の見た目でどのくらいの効果があるかわからないが、少しは威嚇の効果があるだろうと思ったのだ。


 そこに、領兵隊の後方で何やら騒ぎ始めた。


 援軍?


 コウの立っているところからはそれがわかった。


 新たに五十人程の兵士がやってきたみたいだ。


 しばらくすると追手は前面に長槍を構え、前に出てきた。


 戦法を変えてきた!? これはやりづらいかも……。


 コウは敵が急に戦法を変化したので、戦斧を構え直して内心嫌な顔をする。


 そこに、


「放て!」


 という声が後方から聞こえた。


 すると長槍隊の背後から、何本もの矢が弧を描いてコウの頭上に降り注ぐ。


 コウは、まさかの飛び道具に慌てて戦斧を頭上に構える。


 矢は大きな戦斧に防がれて弾かれるものもあれば、コウの足元に突き刺さるものもある。


 しかし、盾にした戦斧の間をすり抜けた矢が、コウの太ももや、左腕に突き刺さった。


「くっ!」


 コウは痛みに顔をゆがめる。


 そこに、ここぞとばかりに長槍を構えた兵士達がコウに突いてかかった。


 コウは戦斧で薙ぎ払うが、払い損ねた数本の槍がコウの体を掠める。


 だがコウはその槍も戦斧を振り回して払うと、一歩前に出て距離を詰めた。


 長槍の距離では兵士まで戦斧が届かないのだ。


 すると長槍兵はすぐに後ろに下がって距離を取る。


 それを追うようにコウがまた一歩前に出た。


 背後の大木との距離が開くと、他の兵士が左右からコウの背後に回ろうと動く。


 そうなるとコウは下がるしかない。


 そこに今度は、長槍隊がしゃがんだと思ったら、背後から弓矢隊が現れ、コウ目がけて矢が放たれる。


 コウはすぐに戦斧で顔と上半身を防ぎ、矢は甲高い金属音を立てて跳ね返るが、またも、数本が太ももや脇腹に突き刺さった。


 このままではじり貧だ……。


 コウはそう考えると、戦術を変更する事にした。


 それは、一旦その場から退却して、大木を相手が撤去している間にまた、少し後退し、魔法鞄にまだ入っている大木でまた道を塞ぐというものだ。


 これなら、時間稼ぎも出来るし、刺さった矢を抜いて能力の『大地の力吸収』で治療も可能なはずである。


 幸い魔法鞄に入っている大木はまだ沢山ある。


 コウは山道入り口で死守する事を諦め、後方に跳躍すると大木を飛び越え退却するのであった。



「ドワーフの奴逃げたぞ!」


「塞いでいる大木を撤去して追撃するんだ!」


「「「おー!」」」


 追手の領兵隊は馬鹿力のドワーフの対策が上手くいった事で勢いに乗り始めた。


 新隊長も自分の策が上手くいった事で、自信を持ち、兵士達を指揮する。


 兵士達も自信を持ち大木を早速移動し始めるのであった。


 大木の移動には少し時間がかかったが、今からなら鈍足のドワーフ相手である。


 十分追いつけるだろう。


 新隊長はそう打算すると、新たに編成した騎馬隊三十騎に追撃を命じる。


 歩兵もそれを追う形だ。


「ドワーフなど、恐れるに足らず! ──皆の者進め!」


 新隊長が号令すると、兵士達は勢いに乗り、


「「「おう!」」」


 と叫んで逃げるコウを追いかけるのであった。



 コウは山道をしばらく進む。


 その間に体中に刺さった矢を抜いていく。


「うっ!」


 抜く度に負傷部に激痛が走って顔をゆがめる。


 矢を抜いた傷口から出血もあるが、あまり時間をおかずに、それも止まった。


 どうやら、能力『大地の力吸収』が力を発揮して出血を止めてくれたようだ。


 それでも、体中負傷だらけであったから、出血量は馬鹿にならない。


 コウは歯を食いしばって痛みを我慢すると、山道をしばらく進む。


 そしてまた、魔法鞄から大木を出して道を塞いだ。


「ここでまた、しばらくの間抵抗して時間を稼ごう」


 コウはそう考えると追手が来るのを待つのであった。



 コウはこの戦法を三度繰り返し、多少の時間を稼ぐ事が出来た。


 しかし、魔法鞄に収納していた大木もさすがに残り数本となっていたから、次で打ち止めである。


「みんな今どの辺りなんだろうか……。次で最後、もう、腹を括って突っ込むしかないかもしれない……」


 コウは悲壮感を漂わせて一人つぶやく。


 すでにコウは満身創痍なのだ。


 いくら『大地の力吸収』というチートな能力を持っているとはいえ、治癒には時間がかかるし、出血はする。


 それを三度も繰り返せば、もう充分、体力的に厳しいものがあった。


 このまま、最後の大木で道を塞ぎ、撤去される間に自分は逃げればいいかもしれない。


 だがもし、仲間のドワーフが領内からまだ脱出できていなければ、全ては水泡と化してしまう。


 それにダンカン達の怪我はかなりのものだったから、その運搬を任せた大鼠族のヨースも無理できずに休み休み進んでいるかもしれないのだ。


 やはり、ここは、自分が最後まで踏ん張るしかない。


 コウは悲痛な決意を胸に四度目の防戦を行う為に、一時の休息を行うのであった。

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