第17話 三番勝負

 コウと人族の腕比べは、翌日の昼に行われる事となった。


 鉱山責任者の人族は、自慢の部下を連れてくると、


「今なら、土下座すれば契約の採掘量を増やす事だけで許してやるぞ?」


 と自信満々に告げた。


 責任者が連れてきた男は、ドワーフの頭いくつ分あるのかわからない程大きく、その腕周りは確かにドワーフ並みだ。


 それを見てコウもさすがに相手が悪いのではないかと心配になってくる。


 だが、ヨーゼフはコウを背中を軽く叩くと、


「自信を持て、コウ。イワンに腕相撲で勝った時点で、この街でお前に腕力で勝てる奴はいないからな」


 と言って不敵に笑うのであった。


「なんだ、本当に良いのか? ……なら仕方ない。今回の勝負は街長様からも正式に許可を頂いている。勝負方法も、街長様からの提案内容で決着を付ける。その内容は、樽投げ、腕相撲、そして、体術勝負の三つだ。樽投げと腕相撲は一ポイントずつ、体術勝負が二ポイントの合計三ポイント取得者の勝利となる。引き分けの場合は、再度、腕相撲で決定する、いいな?」


 この提案には集会所に集まっていたドワーフ達からざわめきの声が上がった。


 というのも、樽投げ、腕相撲、これは腕力と技術の勝負だからわかるが、体術はそうとばかりはいかない。


 明らかにコウがドワーフとして腕力に優れていた場合、逆転する為の保険に体術を入れたと誰しもが思ったのだ。


 しかし、この勝負を考えたのは街長である。


 いちゃもんを付けるわけにはいかない。


「……体術で負けても、最後が腕相撲勝負なら、大丈夫だろう……。コウ、いけるか?」


 ヨーゼフは余裕の笑みから苦虫を噛み潰したような表情に変わり、コウに確認する。


「……体術経験ないんですが……、わかりました……。やります!」


 コウは急に結果が見えなくなって困惑するのであったが、ドワーフの未来の為にも負けるわけにはいかない。


 気合を入れると、提案に賛同して勝負する事にしたのであった。



 一戦目の樽投げ。


 これは、石の詰まった小さい樽を後ろ向きに投げて飛距離を競うもので、鉱山の街マルタでは祭りなどで行われるものらしい。


 らしい、というのは、その祭りは人族参加の祭りであり、ドワーフの参加は認められていないからだ。


 他にも獣人族なども、参加が認められていないから、異種族は参加した事がないので、経験がないコウは今回初体験である。


「そちらが先攻でいいぞ」


 責任者は円を描いた枠から出ないように投げろとだけコウに注意すると、投げるように促した。


 これは先攻を譲ったのではなく、投げ方を教えたくないだけだろう。


 後ろ向きに投げるという特性上、コツがあるのは当然で、万が一にも負けたくないから先に投げさせてしまう方が断然有利と考えたようだ。


 当然ながら初めてのコウはどういう感じで行うのかも知らないから、早く投げるように言われた事で、勝つ為の嫌がらせなのだとすぐに理解出来た。


「……」


 コウは相手が人間だから文句も言わず、ただ、所定の位置である円の中に、石の入った樽を担いで入る。


 コウは樽を持った瞬間、体に電流が走るような感触を感じていた。


 あれ? なんだか力が入らない気がする……。


 コウは不思議な違和感に困惑しながらも、集中した。


 そして、一発勝負の樽投げを行う。


 コウは、樽を両手で持つと、股の下でぶらぶらと上下に揺らしながら、勢いを付けると、


「おりゃー!」


 と気合の入った声で樽を振り上げて後方に投げた。


 樽は大きな弧を描いて、コウの後方十五メートル以上先に飛んで落下する。


 これには、鉱山責任者、力自慢の部下の二人も、


「そんな馬鹿な!?」


 と思わず声が出た。


 それくらいの飛距離だったという事だろう。


 部下は上司に困惑気味に何か小声で話しているが、内容までは聞こえない。


 だが、ドワーフ・リーダーのヨーゼフが、早く投げるように促すと、部下も気持ちを切り替えて円を描いた中に入ると樽を担ぎ、コウと同じ投げ方で後方に投じた。


 樽はコウの時同様、弧を描いて後方に飛んでいくが、コウの時よりは低い軌道で、落下するのも早かった。


 明らかに勝負はコウの勝利だ。


 責任者は渋い表情を浮かべていたが、


「初戦はうちの負けだ」


 とだけ答えると部下を手招きして次の腕相撲対決に備えて何やらアドバイスを始めるのであった。



「……おかしいなぁ……」


 コウはしっくりきていなかった。


 重さ的にはもっと遠くに投げられると思っていたからだ。


 だが、樽を手にすると謎の痺れと共に力が入らなくなっていた。


「でも、勝ったから良いか……」


 コウはそう自分に言い聞かせると、気持ちを切り替える。


 そして、休憩を挟んで樽が用意され、そこに腕を置いて二回戦である腕相撲対決に入った。


 今度はドワーフ代表として、納得のいく勝ち方をするぞ!


 コウはそう自分に言い聞かせて、相手の手を握る。


 すると、また、さっきのように、体が痺れるのがわかった。


 どうやらさっきのは気のせいではなかったようだ。


 対戦相手の手から何か伝わってくる感触がある。


 だがしかし、それが何なのかまではわからないから、言葉に出来ない。


「どうした、コウ。大丈夫か?」


 審判役のヨーゼフが、何か複雑な表情を浮かべるコウに聞く。


「あ、いえ、大丈夫です……!」


 コウはヨーゼフの声に、集中する事に切り替え、相手を見る。


 すると、対戦相手はコウの様子を見てニヤリと笑み浮かべていた。


 それを見てコウはようやく理解した。


 どうやら、あちらは勝つ為に何か仕込んでいるのだと。


 この体が痺れて力が入らない感覚は気のせいではなかったのだ。


 それに気づいたコウの心に火が付いた。


 まだ、体は痺れて力は入らないが、こんな卑怯者に負けるわけにはいかない。


 コウは、ヨーゼフの「勝負!」という掛け声と共に、目一杯の力を振り絞るのであった。

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