第18話 三番勝負の決着

 コウは痺れる体を無視して、腕に目一杯の力を込めた。


 それは全身の力だけでなく、丹田から溢れる魔力の流れも腕に注ぎ込む。


 相手の力自慢の男は、コウの手に力があまり入っていない事を理解して一気に勝負をつけようとその太い腕に全力の力を込める。


 血管は浮き、筋肉も躍動してコウが一方的に負けるしかないと思える対比であったのだが、相手が必死に力を入れてもコウの細腕はピクリとも動かない。


 その次の瞬間である。


 コウが、「こんにゃろー!」と、叫ぶと同時に、対戦相手の利き腕の指に嵌めていた指輪が小さく破裂した。


 そして、間髪を入れずにコウが相手の利き腕を樽に勢いよく叩きつけた。


 対戦相手は、あまりの勢いに体ごと持っていかれると、樽に頭を叩きつける。


「ぐはっ!」


 ただの腕相撲のはずが、あまりの衝撃に対戦相手は、気を失うのであった。



「勝者、コウ!」


 ドワーフのリーダー・ヨーゼフが圧倒的な勝利を見届けてコウの勝利を宣言する。


「そ、そんな馬鹿な……!?」


 鉱山責任者である人族の男は、この人間離れした試合展開に驚き、一瞬声を失う。


 だが、秘密兵器として領主から預かっていた指輪が破裂した事を思い出した責任者は、続けて告げた。


「待て! 今のは無効だ! 指輪が破裂しなければ、勝負はこちらが勝っていたはず……! やり直しを求める!」


「……ほう。指輪に何か仕込んでいた物言いですな。もしかしてそれは、町長様が秘蔵しているというドワーフにとっては天敵とも言える雷属性の指輪、ですか?」


 ヨーゼフがどこから仕入れた情報なのか、そう指摘する。


「な!? どこでそのような情報を!? いや、違う! 決してそのようなものではない! ──おい、いつまで寝ている、起きぬか馬鹿者!」


 責任者は図星を突かれて思わず認めるような反応を示すのであったが、すぐに否定すると、気を失っている部下を蹴って目を覚まさせる。


「勝負は勝負。コウが二ポイント先取は変わりませんよ。三戦目は二ポイントがもらえる『体術』勝負ですが、まだやりますか?」


 ヨーゼフは責任者が街長と企んでこの勝負に勝って採掘量を増やす契約結ばせようとしていた事が理解出来たが、その事は直接指摘せず、進行するか確認した。


「も、もちろんだ! ──おい、やれるな?」


 責任者は目を覚ましたばかりの部下を立たせて、確認する。


 部下は少し朦朧としていたが、上司である責任者の言葉に意識をはっきりとさせると、「だ、大丈夫です!」と応じた。


「よし、体術は打撃無しの力比べ。円の中から相手を外に追い出した者の勝ちだ。つまり、円に最後まで体の一部が少しでも残っていた方が勝者だ。──いいな?」


 責任者は簡単なルールを説明すると、最後は、部下に確認する。


「おう!」


 部下は完全に覚醒したのか力強く頷くと、大きく描かれた円の中央に立つ。


 コウも続いて円の中に向かう。


 これって、相撲みたいなものか。そうなると純粋な力比べというより、技も重要になって来るはず……。これは気を付けないと何が敗因になるかわからないぞ……。


 コウは前世で相撲観戦をした事があるから、多少はその奥深さを知っているつもりだ。


 小さい者が大きい者を技で倒す事もあるし、大きい者が圧倒的な体格差で相手を押し出す事もある。


 そんな力だけでは勝てないのが相撲だから緊張が走った。


「……それでは、三戦目『体術』勝負。──始め!」


 今度は責任者が審判として試合を開始した。


 部下の男はその大きな体格を丸めて腰を落とすと、コウの腰に手を回してタックルしてきた。


 一気に持ち上げて円の外に出すつもりなのだ。


 よし! 腕力では負けていても、この華奢な体なら持ち上げて外に出してしまえばこちらの勝ちだ!


 部下の男はコウの腰に手を回せた段階で勝利を確信した。


「うおりゃぁぁー!」


 部下の男は気合の声と共にコウを持ち上げようとする。


 ……持ち上げ……、う、動かない!?


 部下の男はコウの腰にしがみ付いた時点でびくともしない事に血の気が引いていく。


 まるで、地面に根が生えているように、固定されて動かない感じなのだ。


 コウは相手の先制攻撃とも言えるタックルに、驚いて思わず踏ん張ったのだが、それがどうやら、土耐性持ちであるドワーフにとっては最適解だったのか、どっしり地面と一体になっている感覚があった。


「よし、いける!」


 コウはそう判断すると、一生懸命自分を持ち上げようとして自分の腰に回している男の腕に手を延ばす。


 そして、両手首を掴むと引き剥がした。


 力ずくで引き剥がされた男は、なす術もなくギョッとした状態だ。


 コウはその両手を持ったまま、力任せに自分を中心に振り回す。


 男は遠心力で立っていられなくなり、足が浮いた。


 これには、責任者も「!」と目を剥いて驚いている。


 大の大人が、それも人間の少年としか思えない華奢な体格のハーフドワーフにグルグルと振り回されているのだから当然だ。


 コウは勢いを付けると手を離し、円の外に軽く放り投げてしまうのであった。



「……」


 審判をしていた責任者は何も言えなかった。


 万が一この子供のような姿のドワーフが勝利しても、微妙な判定ならば部下を勝たせるつもりでいたのだ。


 だがそれが、はっきりと格の差を見せつけられる形で部下が負けてしまったから、言いがかりも付けられない。


 それだけに、勝敗を決するのが悔しくて、無言になった。


「審判! 勝負ありですよ?」


 ヨーゼフが責任者に声を掛けて、判定を促す。


「……勝者、半人前……」


 責任者は観念したのか、つぶやくように小さい声で判定を下すと、それまでじっと静かにして見物していたドワーフ達から、「よっしゃー!」という歓声が巻き起こる。


 勝った当人であるコウは、呆気ない勝利に少しポカンとしていたが、ヨーゼフに背中をポンと叩かれて、


「……よくやってくれた!」


 と声をかけて勝利を祝福された事で、ようやくみんなの役に立てた事に安堵するのであった。

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