第16話 人族とのトラブル

 コウは『太っちょイワン』に腕相撲で勝った強者としてドワーフ達の間でも急速に認知されるようになっていった。


 そのお陰で、落盤事故で見せた火事場の馬鹿力も、まぐれとかでまかせではないようだという事になり、改めてコウは仲間を助けたドワーフの仲間という扱いになりつつある。


 ただし、一人前のドワーフとは見た目違うという一点で、『半人前』のコウという呼び名が定着しつつあった。


 ダンカン達髭無しグループが、その辺りは抗議をしていたが、他のドワーフも以前のような悪意のある言い方ではなくなってきていたので、当の本人であるコウは気にしなくなっていた。


 それに四年もの間、ずっと呼ばれていた名前だから、今更違和感もなかったのである。


 そんな充実した日々が送れるようになってきたコウは、鉱山にある集会所でいつもの通り、仕事終わりにその日の給与を受け取っていた。


 この日は珍しく雇い主である領主の代行を務める人族の責任者が、その場に居合わせ監視している。


「……いつもならこの時間、お酒の匂いさせているのに珍しいな」


 コウの前に並んでいたダンカンが、コウにのみ聞こえるように漏らす。


「もしかしたら、領主に怒られたのかもしれないですね」


 コウは適当な予想の下そう答える。


 ダンカンが名前と今日は何番坑道で作業をしたか伝えると、いつもの係員のドワーフが手元の一覧表を見て確認、日払いの給与を渡す。


 そして、コウの番だ。


「コウ、百八番坑道の縦穴掘削です」


「『半人前』のコウか。ほれ、今日の分」


 係員のドワーフが確認して渡す。


 すると後ろで監視していた責任者が、止めに入った。


「ちょっと待て! そのガキは確かクズ石運び専門の『半人前』だっただろ! そんな奴に一人前の給与を払うのはおかしいんじゃないか!?」


「旦那、こいつは最近一人前としてしっかり仕事をこなしてるので、間違っていませんよ。それにそちらとの契約通り採掘量も規定通りです。一人前には一人前の給与。何もおかしな事はありませんぜ?」


 係員のドワーフはそう言うと、コウに大銅貨数枚を支払う。


「ぐぬぬっ……」


 納得のいかない責任者は、現場にほとんど顔を出さずに飲んでいるから、否定できる根拠も示せず歯ぎしりをするしかない。


 ちなみに領主の鉱山であるこの場所ではドワーフのリーダー・ヨーゼフが交渉を行い、契約した採掘量を掘る事で自分達ドワーフの給与をまとめて貰い、それをドワーフの係員が仕事終わりに一人一人に配っている。


 だから、いくら掘ろうが、給与は変わらないのだが、その代わり、減る事もなく、安定した暮らしができるという利点があった。


 もちろん、採掘作業から、製錬、精錬作業、クズ石運びに至るまで全員が同じ給与とはいかない。


 採掘作業をする者達が一番危険を冒しているので一番貰う事になり、クズ石運びは半人前の仕事として給与は安くなる。


 それでも、お金が稼げるだけマシというもので、以前なら責任者の気分でドワーフ一人頭の給与はいくらでも変わったし、足元を見られて普段よりさらに安くなる事も当然あった。


 だから、ドワーフのリーダー・ヨーゼフがみんなの給与を安定して確保できるように、領主と交渉して契約を結ぶ事で今の形になったのである。


 責任者は現場の監督や不正をしていないかの監視を命じられているのだが、採掘量は毎月安定しているし、自分がいなくても変わらないからと、日がな一日飲み屋でお酒を飲んでいた。


 お陰でドワーフ達はのびのび仕事が出来たし、なにより採掘量を調整して平均的にする事で安定した生活も送れている。


 コウはこの日の給与を受け取って、ホクホク顔で列から離れていく。


 それが気に食わなかったのか、


「やはり、待てそこの『半人前』! どう見てもその華奢な図体で一人前の仕事を出来ているとは到底思えない! こんな奴に給与を払っていると思うと腹が立つ。契約を誤魔化しているのではないか!?」


 と責任者が難癖をつけ始めた。


 お酒の臭いもさせず、久し振りに職場に顔を出したと思ったらこれである。


 他のドワーフ達は顔には出さないが、内心では「やれやれ……」と呆れかえっていた。


「旦那、こいつはみてくれこそ、華奢だが力は俺達より上ですよ?」


 と係員のドワーフが庇う。


「ならば、うちの部下にお前達ドワーフ並みの腕力を持つ奴がいる。そいつと力比べをさせようじゃないか! もし、そっちが負けたら『半人前』は『半人前』らしく安い給与で働け。それと月の契約している採掘量を増やしてもらうぞ。こっちが負けたら──」


「──あなたの責任という形で、一部のドワーフは契約終了を待たず、早々にここを辞めさせてもらいましょうかね?」


 騒ぎを聞きつけたヨーゼフが、集会所に入って来てそう応じた。


「何!? そんな事をしたら、次から契約できなくなって困るのはそっちだぞ!」


 責任者はヨーゼフが血迷った事を言い出したと思って鼻で笑う。


「いえ、本気ですよ。まだ、契約期間があるので、切れるまで待とうと思っていましたが、一部のドワーフ連中は引っ越す予定があるので、契約期間内は我慢しているんです。ですが、今の賭けに釣り合うのはそういう内容でいいかなと思いました」


 ヨーゼフは購入した新天地の鉱山と土地に早く先遣隊を送り込んで、ドワーフ達の為に家などの環境を整える必要があった。


 しかし、契約の関係上、それももうしばらくは我慢しないといけなかったから、悩みどころだったのだ。


 それに、次の契約では先遣隊として送り込むドワーフの分、労働力も減るから領主との交渉も面倒な事になる。


 場合によっては、残ったドワーフ達全員が引っ越すまで失業状態になる可能性もあったから、ヨーゼフはこれはいいタイミングだと考えたのであった。


 そんな中、一人困っていたのはコウである。


 何やらとんでもない賭けの当事者になって大いに戸惑うのであった。

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