第15話 長所と短所

 二日酔いのコウは、この時、二度とお酒は飲まないと誓うのであったが、そこはドワーフ。


 仲間として迎えてくれたダンカン達、髭無しドワーフグループに誘われると仕事終わりに飲みに行ってしまう。


 そして、一杯口にすると、次々に杯を重ねてしまい、気づくとみんなで泥酔していた。


 そして、毎度の二日酔いである。


「……これは駄目だ。……ドワーフにとって、お酒は猫にマタタビみたいなものだ……。それを身をもって経験したよ……」


 コウは二日連続の二日酔いになり、その日稼いだお金も無くなる。それに具合も悪いから自覚せざるを得ない。


 ドワーフの弱点を。


 そして、コウはふと思った。


「自分の長所と短所をしっかり把握しておいた方が良いよな……」と。


 この日、鉱山と鍛冶屋の仕事が丁度休みだった為、コウは一人街郊外の森を散歩しつつ、適当な岩を見つけて腰を下ろし、考えを整理する事にした。


 ドワーフの長所。

 ・怪力。

 ・お酒に強い。

 ・秀でた掘削能力。

 ・土魔法耐性。

 ・鍛冶屋など職人気質で意外に器用。

 ・体力があり丈夫。


 コウは昔、両親が生きている時に、聞いた覚えがあるドワーフの長所を思い出していた。


 コウの場合、この長所の頭に「超」が付き、さらには『大地の力吸収』というチート的な回復能力を持つのだが、お酒の場合は、そうでもないらしい。


 これとは逆に、短所も当然ながらある。


 これはドワーフにとって気を付けておかねば、下手をしたら死に至る事もある事であり、親から子へと言い聞かされてきた内容だ。


 ドワーフの短所。

 ・基本、カナヅチなので泳げないドワーフが圧倒的に多い。

 ・コウが示す通り、お酒が好きすぎて違う意味で弱い。

 ・職人気質な為か交渉事が苦手、口下手が多い。

 ・鈍足、足が遅い。

 ・魔力に適性がない者が多い。

 ・水魔法、雷魔法に対して耐性が低い者が多い。

 ・状態異常系に弱い。(毒、睡眠、麻痺など)


 こう見ると、肉弾戦は得意だがそれ以外が苦手という感じのドワーフだが、全員がそうかというとまた違う。


 特にコウの場合、ドワーフ体形ではない華奢な肉体のせいか実は昔から泳ぎは得意ではないが特に苦手でもなかった。


 それに、前世の記憶を思い出したせいか、交渉事が苦手という意識もない。


 なにしろ前世の地球時代は営業職も経験していたから、話すのは嫌いではないのだ。


 そして、鈍足についてだが……。


 これも実のところ、コウは昔から駆けっこが得意だった。


 逃げ足で鍛えられていたからである。


 特にこの四年は両親を失って『半人前』としていじめられる事も多かったから、その場から逃げる事に必死だった。


 ドワーフ体形でない事も幸いしたのか、鈍足ではない。


 そして、魔力適性があるので、魔力はある。


 いや、怪我をしてリミッターとやらが外れたお陰で、以前よりも魔力が増しているのは確かだったから、ドワーフの弱点の一つが長所に変わっていた。


 もしかしたら、自分は人間である母から長所としてドワーフの弱点も結構克服できる肉体をもらっていたのかもしれない。


 前世の記憶を取り戻す以前は、ドワーフの特徴ではない体質に恨めしい気持ちでいっぱいだったし、他のドワーフ他達からも悪い血が出た結果の姿と陰口を叩かれていたが、今は、この体に産んでくれた事を感謝したいくらいだ。


 生きていてくれれば、その感謝も伝えられたのに……。


 とコウはふと感傷的になる。


 あとは水魔法、雷魔法に対する耐性の低さだが、これは確認のしようがない。


 しかし、コウは泳げるように水に対して違和感はないから、もしかしたら母からの遺伝で弱点ではないかもと淡い期待はある。


 雷魔法については、特殊な魔法であり、人間でも使える者はごく限られているから、あまり心配はしていない。


 そうなると最後は、状態異常への耐性の低さである。


 これには少し、根拠のある自信があった。


 それは、長所でもある『大地の力吸収』という能力があるからだ。


 重傷で入院している間、ドワーフ医者のドクが、


「感染症が一番の心配」


 と言っていたのだが、コウはそういった類のものには一切ならず、退院できたのだ。


 これは、『大地の力吸収』による超回復能力によって、状態異常に対する耐性があるのかもしれないと容易に想像がつく。


 こう言っては何だが、この異世界においては衛生面が正直よくない。


 衛生面の良し悪しで流行り病にも影響するのだが、この世界の住人はそういった知識が皆無なのだ。


 それだけに、怪我よりも感染症で死ぬ確率の方が高いくらいである。


 だから、あの大怪我で、あの不衛生な環境下で感染症にならなかったのはそういう事だろうと考えていた。


 コウはここまで考えを整理すると、


「あれ? 僕って意外にチートな存在なのでは?」


 と思うのであった。


 そこへ、ドワーフ女性で二つ下の十六歳のカイナが、森の中で一人岩に腰かけているコウに気づいて声を掛けて来た。


「コウ! 何をしているの?」


「あ、カイナ。──ちょっと考え事を……」


 コウはこの幼馴染ながら、ほとんど話した事がないカイナに内心緊張して答える。


 自分でも驚くくらい本当に緊張していた。


 きっと、今世のコウの意識と前世の野架公平の記憶との融合が出来ていない部分があるのかもしれない。


 それにカイナは他のドワーフ達からとてもモテるくらい美人な存在だ。


 カイナは成人して大人だし、人間的な視線から見ても、小柄でスタイルの良い美人に映る。


 どうやら、僕はこのカイナを昔から意識していたのだと、前世の恋愛経験の記憶と合わせて理解する事が出来た。


「もしかして、また、いじめられてた? お父さんに相談しようか?」


 お父さんとは当然ながらドワーフリーダーのヨーゼフだ。


 コウが一人でいたのは、いじめにまたあって悩んでいるのではないかと、カイナは思ったようだ。


「いや、そういう事じゃないから。──僕ってこの姿じゃない? 典型的なドワーフと違って、長所や短所が他と違うのかなって考えていたところなんだ」


「……やっぱり何かあった?」


 カイナは改めて確認する。


 姿形はドワーフにとって大事な事であったから、コウがその事で悩んでいるのだろうと解釈したのだ。


「本当に何もないよ? ダンカンさん達のお陰で毎日が楽しいし、最近ではイワンさんが、僕が力持ちとして一人前のドワーフだと認めてくれる話をみんなにしてくれるから、変な目で見られる事も無くなってきたしね」


 コウは本当に楽しそうな笑顔で応じた。


「……それなら良かった。イワンさんか。そう言えば、コウが帰った後、イワンさんがうちに来て、お父さんとコウの事を何か話していたわ。そしてその後、コウとの腕相撲騒ぎになったから驚いたんだけど……」


 カイナの言葉でコウは色々な話が一つに結びついた気がした。


 イワンはヨーゼフから自分の話を聞いて、負ける役を買って出てくれたのでないかという事をだ。


「……ありがたい」


 コウはそこまで思うと感謝の言葉が漏れる。


「え?」


 カイナは、思わず聞き返す。


「いや、みんなが優しくてありがたいなって。カイナもありがとう」


「私は何もしていないわ。でも、コウがみんなに認められてよかった……」


 カイナはそう言うと、


「そろそろ帰りましょう。森も暗くなると魔物が徘徊するから危険よ」


 カイナは薬草が入った籠を手にすると、コウに帰宅を促す。


「そうだね。送るよ」


「ありがとう……」


 二人は帰り道も話に花を咲かせながら、楽しそうに帰宅するのであった。

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