第11話 秘密の共有
ヨーゼフの家は、街の郊外の一軒家でコウの貧相な家とは比べるまでもないが、ドワーフのリーダーの家にしてはかなり控えめであった。
やはり、同じドワーフ、生活も豊かとはいえないのかもしれない。
コウはドワーフの娘であるカイナの案内でその家に上がり込む事になった。
「ただいま。──お父さん、呼んできたよ」
カイナはそう言うと室内にコウを通す。
室内は広くないが清潔で掃除が行き届いており、ドワーフの母親が丁度料理を作り終えて、テーブルに並べている最中であった。
「お帰りカイナ。──よく来たな、コウ。話の前にまずは食事を済ませようか」
ヨーゼフは快くコウを迎えると、用意した席にコウを座らせ食事を始める。
コウは数年ぶりの、他人との食事だったから、緊張して出されたスープの味も全くわからない状態だ。
ヨーゼフは奥さんや娘のカイナと話しつつ、コウにも話を振るが、コウは、返事をしたり相槌を打つくらいで会話が続かず、すぐに沈黙してしまう。
コウは前世の記憶もあるが、それは十八年間のドワーフ人生の中では遠い昔の出来事であり、今の記憶との折り合いがまだついていないから、この数年の辛い経験がやはり記憶として優っているのか、この状況に慣れずにいた。
「コウ。ダンカン達から聞いたが、私が留守の間に他の仲間達の命を救ってくれたらしいな。本当にありがとう。そして、自力で一人前として認められた事を嬉しく思う。ドワーフの慣習として、自らの力で乗り越えるしかなかったから、私も口を出さずにいた。だが、そのせいでかなり辛い人生を歩ませたとも思う。リーダーとして私の判断は間違っていたかもしれない。すまなかった」
食事を終えて一息つくと、ヨーゼフはコウに謝罪した。
「い、いえ! ヨーゼフさんはドワーフ全体の事を考えて頑張っているのは知っていましたし、僕一人の為に時間を割くわけにもいかないのは、理解出来ます。それに今回の事がきっかけで僕も変われそうなので丁度良かったと思います」
コウは誰にも理解されていないと思っていたから、尊敬していたリーダーのヨーゼフに謝られると恐縮してそう答えた。
コウは実際疎外感に苛まれ、辛い数年を味わっていたが、それはヨーゼフのせいではない。
この世界では差別は当たり前だし、ドワーフ自体も人間から差別を受ける対象であったから、ドワーフなら辛いのは誰も一緒なのだ。
「……そうか。知らないうちに強くなっていたな……。それでこれもダンカン達から聞いたのだが、コウは最近、見違えるように活躍をしているらしいな?」
「え? そんな大した事はやってないですよ」
コウは前世の記憶のせいか謙遜して答える。
「そうなのか? 鍛冶屋のイッテツもコウの事を褒めていたぞ。見違えたとな。それで私はある昔話を思い出した。それはコウのようにある時を境に見違えるような活躍をしだしたドワーフの話なんだが……。──コウ、お前はもしかしてエルダードワーフの『遺産の部屋』を見つけたのではないか?」
コウはその『遺産の部屋』を今日見つけたばかりだったから、ドキッとする。
ただし、コウの能力は『遺産の部屋』とは関係ないところで目覚めたものであったから、どう答えていいのかわからなかった。
「……お前もドワーフならエルダードワーフが残したという『遺産の部屋』については聞いた事があるだろう? 今は、ほとんど御伽噺という事になってはいるが、私はその存在を信じていてな。というより、過去にその『遺産の部屋』を見つけた一人なんだ、私は」
と突然のヨーゼフの言葉にコウは驚いて見返した。
「『遺産の部屋』は、やっぱりあるんですね!」
コウは自分が見つけたあの地下の空間がやはり『遺産の部屋』だったのだと確証を得て声を弾ませた。
「ああ。『遺産の部屋』で得られるものは、それこそ、物から能力まで様々あるらしい事は伝承で知っているな? 私の場合は、能力を得てな。驚いたよ、突然脳内に誰かの声が聞こえて来てな。『この部屋を見つけたドワーフのお前に能力を与える』と、言われたのだが、そのお陰で当たりの鉱山が臭いでわかるんだ」
「当たりの鉱山?」
「ああ、地下に眠るまだ、採掘されていない鉱石が沢山眠る山の臭いが判別できるのだ。それでいろんな場所を巡り、ドワーフに売ってくれる土地を探しつつ、この『鼻』で当たりを探してきたのだ」
ヨーゼフはそう言うと自分の鼻を指差す。
なるほど、ドワーフとして当たりの鉱山がわかるというのはかなりの能力と言える。
そして、その才能を生かしてドワーフの為の新天地を見つけて来てくれたヨーゼフには頭が下がる。
コウは、それを聞いて、自分も話すべきだと考えた。
「ヨーゼフさん、実は僕も『遺産の部屋』を見つけたんです」
「やっぱりか!」
「ただ、それは今日です」
「何?」
「今日、あの鉱山の硬い岩盤の縦掘りをしている最中に、発見しました。ヨーゼフさんの言う通り、脳内に声が聞こえてきました。僕の場合は能力ではなく物でしたけど……」
そう言うとコウは自分の腰に付けている小さい鞄を指差した。
「その小さい鞄が『遺物』なのか……?」
ヨーゼフは興味津々で小さい鞄を見つめる。
「はい。いわゆる魔法収納付き鞄というやつですが、ただしこれは、僕以外には使えず、僕が死ぬと中身と一緒に消滅するらしいので使い勝手はあまりよくないみたいです」
コウはそう言うと、その場で魔法の小さい鞄からツルハシをポンと取り出し、すぐに元に戻す。
そして、魔法の鞄をヨーゼフに渡した。
それを受け取ったヨーゼフは鞄を開けて中を覗き込んだり、全体を見てしっかり確認する。
「普通の小さい鞄にしか見えないが、今のを見ると本当のようだな……。──多分だが……、この鞄はあまり関係ないのかもしれないぞ?」
ヨーゼフはそう言うと鞄をコウに返す。
「関係ない?」
「ああ。あくまでも鞄は能力使用の為のきっかけであって能力自体はコウが身に着けているのではないか? 私の能力は羊皮紙の巻物に封印されていてな。発見して手に取るとドワーフのみがその能力を得られるという仕組みになっていた。これもその手の類ではないだろうか?」
ヨーゼフは自らの経験を分析してそのような結論に至ったのだろう。
とても説得力があった。
「確かに……。この鞄は普通に利用できるんですよね……」
コウの言う通り、鞄の中には魔法収納していない解毒ポーションと黒パンとチーズを入れた包みがある。
コウが意識しない限り、収納は自由なのだ。
「まあ、どちらにせよ、『遺産の部屋』で手に入れた事は誰にも言わない方がいいだろう。人間にでも聞かれたらどうなるかわかったものではないからな」
ヨーゼフも「家族以外に話すのは初めてだから、秘密で頼む」と告げた。
「……それではここだけの話という事で」
コウもそれに同意するとヨーゼフは妻とカイナに視線を送って頷く。
二人もそれに応じて頷き、『遺産の部屋』についてはお互い秘密にするという事で情報を共有するのであった。
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