第12話 力自慢

 マルタの鉱山街のドワーフのリーダーであるヨーゼフと信頼関係を結んだコウは、それからは数か月後の引っ越しに備えて、コウ自身も色々と準備を始めた。


 自分が選ばれるかはわからないが、一週間後には第一陣が新天地へ出発するらしく、荷馬車の確保や生活用品、食料なども大量に用意する為に多くのドワーフが動き始めていた。


 第一陣は住む場所の整地や家の建設などから始めないといけないから、材木の仕入れなども途中で行って現地に赴くらしく、かなり大変である事は話を聞いていてわかった。


 ちなみにコウはつい最近まで『半人前』だったので戦力としては考えられていないから、第一陣に選ばれる事はないだろう。


 そうなるとコウは今できる事をやるしかない。


 それは、鉱山での穴掘り、そして、バイト先である鍛冶屋でドワーフ達の為の道具一式を作る事だ。


 鍛冶屋のドワーフであるイッテツ曰く、


「悔しいがお前が打った道具は明らかにブランド品と遜色がないものに仕上がっている。だから、新天地に向かう仲間達の為にも質の良い道具を打つ事で仲間に貢献しないとな」


 という最高の褒め言葉をもらっていた。


 実際、ツルハシやスコップ、金槌に杭など鉱山ドワーフにとって、大事な道具の注文は急増していたから、最近では鉱山仕事よりも鍛冶屋仕事に入る日を増やしているくらいだ。


 そして、なにより、特に増えている注文があった。


 それは武器や防具の新調と、修繕である。


 新天地は当然ながらゼロからのスタートであり、このマルタの街のように城壁に守られていないから、身を守るのは自分達しかいない。


 だからこそ、ドワーフ達は鍛冶屋に殺到しているのであった。


「最近は道具作りもかなりうまくなったし、コウ、お前、武器も叩いてみるか?」


 イッテツは仲間のドワーフが持ち込んだ戦斧の修繕を行いながら、コウに新たな仕事を促した。


「いいんですか!?」


 コウは信頼されている証だから思わず聞き返すが、やる気十分だ。


「ああ、やってみろ」


 イッテツはそう言うと、今や一番弟子として信頼するコウに注文の入っていた戦斧作りを任せるのであった。



 コウは前世の知識を利用して、これまでにない戦斧を作る事にした。


 通常この異世界では、溶かした鉄を型に流し込み、それを叩いて成形する。


 そして、研いで仕上げるというのが、簡単ではあるが一般的であった。


 だがコウは刀作りと同じように戦斧を三重構造で違う硬さの金属を組み合わせ魔力を込めて鍛錬するというのを以前から準備していてそのやり方に挑戦したのだ。


 コウは叩いて鍛錬してあった超魔鉱鉄を中に入れる事で外から見ても普通の鉄にしか見えないというものを作り出そうとしていた。


 イッテツはコウの狙いがわかったのか、驚いた様子でチラチラと様子を窺っていたが、自分の仕事がおろそかになるのでそれもすぐになくなった。


 しばらくコウは集中して自前の金槌で戦斧の原型を叩いて鍛えていたが、一仕事終えて、ふとイッテツがその様子を見て慌てて止めに入った。


「おい、待て待て待て! それ以上魔力を込めてお前の馬鹿力で叩くと超一級品のものが仕上がっちまうだろう!」


 イッテツが止めた時にはすでに遅かった。


 コウは焼刃土を塗る「土置き」作業をしてから乾燥させ、もう一度全体を焼いて焼き入れをして、仕上げまでしていたから、イッテツはそれを確認するとそこには立派な超魔鉱鉄製の戦斧が出来上がっていたのである。


「……遅かったか。まあいい。それもお前用にしろ。あとはこっちで仕上げるから、今度は控えめに叩いて魔鉱鉄製のものを作るんだ」


 イッテツはコウが叩いて鍛えた戦斧に少しうっとり気味に感心しながら受け取る。


「すみません、親方」


 つい頑張り過ぎたコウは申し訳なさそうに謝ると今度は魔力控えめ、力も抑えて魔鉱鉄製の戦斧を鍛錬するのであった。


 コウが数本の戦斧を叩き終わる頃、イッテツが預かって仕上げていたコウ専用戦斧が出来上がった。


「……ふー。こんな出来の戦斧、初めてだぞ……。刃の部分がいい具合に反って切れ味も凄そうだ。コウ、お前、こんな作り方、どこで学んだんだ?」


 イッテツは磨き上げた戦斧の頭に店の奥にしまっていた戦斧用の柄部分を付けてコウに渡す。


「誰からか聞いた事を覚えていたので試してみたんです」


 コウは前世の知識とは言えないので、うろ覚えとばかりに応じる。


「それにしては準備よく焼き入れ用の土まで用意しやがって、準備がよすぎるだろう。あんなものどこから見つけてきやがったんだ。──まあ、いい。俺も職人としてこんないい作品に携わる事が出来たのは自慢になる。──だが、お前、それ、振り回せるのか? 元はドワーフの中でも力自慢で有名な『太っちょイワン』用の大きさだから、大分重いだろ?」


 イッテツはコウに渡した戦斧がコウの大きさに見合っていないから心配した。


「そうですね……」


 コウはそう言うと、右手一本でその戦斧を握って軽く「ブン!」と振ってみた。


 すると熱気溢れる鍛冶屋内に風が起きてイッテツの髭が勢いよく靡く。


「……問題なさそうだな。お前も一人前のドワーフだからこれを振り回せば、舐められる事もないだろうさ。わははっ!」


 イッテツはコウの馬鹿力具合に呆れると、笑うのであった。


 そんなやり取りをしているところに、ドワーフにしては頭一つ分は大きなドワーフらしき男が入ってきた。


「イッテツさん、俺の頼んだもの、そろそろできたかい?」


 その大きなドワーフは大きなお腹が特徴的で、髪色と目は茶色で髭は当然立派に生えている。


「おお、イワン。丁度来たな。こっちがお前の注文の品だ。仕上げがまだだから、明日また来てくれ」


 イッテツはそう言うと、コウが力を控えめに叩いて作った戦斧を指差して答えた。


 イワンと呼ばれた太っちょドワーフは、コウの手に握られている見事な戦斧を見て、


「あれは駄目なのか?」


 と、指差して聞く。


「あれはコウが作ったコウの物だからな。駄目だな」


 イッテツはコウに戦斧を持って裏に回るように手で合図しながら答えた。


「『半人前』のコウが、そんな立派なもの持っていても使い道がないんじゃないか?金なら追加で払うぞ?」


 イワンはコウの物が余程良いものだと気づいたのか、引く様子がない。


「待ってくれ、イワン。こいつはもう、一人前のドワーフだ。見た目に反してとても力が強いし、いい仕事をする。最近では鉱山でもとんでもなく硬い岩盤を掘って、現場を驚かせているらしいしな。だから、『半人前』で呼ぶのは止めてやってくれ」


 イッテツは認めた弟子が『半人前』と呼ばれるのを嫌って訂正を求めた。


「……そんなに力が強いのなら、俺が試してみよう。ドワーフならわかるよな?」


 太っちょイワンはそう言うと、傍にあった鉱石の入った樽を片手で軽々と持ち上げひっくり返すとコウとの間に置いてみせた。


「?」


 コウはイッテツとイワンの間で視線を往復させてその目を泳がせると困惑する。


「腕相撲だ。『半人前』のコウ。俺とその戦斧をかけて勝負だ」


 イワンはそう言うと樽の腕にその太い腕をドンと置くのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る