第10話 思い出に触れて

 コウが見つけた『遺産の部屋』は、コウがそこから一旦引き上げると瞬く間に風化するように崩れて行き、立派な台座もただの土くれになってしまった。


「……何がどうなっているのだろう……」


 コウはその光景を見て呆気にとられるのであったが、この状態では報告しても意味がないだろうと気づいた。


 それに手に入れた魔法の鞄は契約者(最初に触れたコウ)にしか使用できず、他者にはただの小さい鞄にしか見えないらしい。


 そうなるといかに『遺産の部屋』を見つけて入手したアイテムだと主張しても証明できない事が容易に想像できた。


「……黙っておいた方が良さそう」


 コウはそこでようやく、自分が凄いものを入手した事に現実味が湧いてきた。


 そして、それは厄介事でもあるのだと。


 仲間であるドワーフ同士になら知られても平気かもしれないが、これが人間相手だとコウを魔法の鞄として利用しようとする者は必ず表れるはずだからだ。


 それが想像できたコウは、黙ってこの日は、穴を掘り続けるのであった。



 この日の鉱山仕事を終えたコウは、いつも通り、家に帰宅する途中で人間が経営する食堂で黒パンとチーズを購入するとそそくさと帰路に就く。


 一見するとコウは人族の少年の姿だから、人族のお店で買い物をする方があまり差別されずに済むのだが、さすがに何年も同じところで買っていると成長しないので不気味に思われはじめ、最終的にドワーフである事がバレるのが常であった。


 だから、今ではあまり話しかけられないようにいろんなお店に満遍なく通い、たまに来るお客くらいの扱いをされるように気を遣っていた。


 だが、最近は『半人前』から『半人前』のコウという扱いがドワーフ内でも少しずつ浸透し始めていたから、これからはドワーフのお店で購入した方がいいかもしれないと思うコウであった。


 そんなコウが自宅のみすぼらしい小屋に到着すると、家の前に橙色の髪色と目をした一人の少女が立っている。


 見た目は人族としか思えない少女だが、実は、カイナというドワーフの女性で確か年齢は十六歳のはずだ。


 全く知らない女性ではないが、コウにとって、同年代にはいじめられ差別された記憶しかない。


 このカイナはコウ同様、人族に近い見た目で、顔が小さく、体形も横幅に太くない事から差別されそうなものだが、男のドワーフとは違い、女性ドワーフは人族に近い方がモテるのだ。


 カイナはそのモテるドワーフの女性だから、自分の家の前で待っている事に内心かなり驚いていた。


 カイナには特別いじめられたり差別された記憶はないが、同時に話した事もないはずだ。


「……えっと、うちに用?」


 コウは驚きを隠しつつ、この一見すると美少女にしか見えない今年成人のドワーフ女性に初めて話しかけた。


 カイナは、緊張した面持ちで立っていたが、コウに話しかけられて少しビクッと反応する。


 そして、


「……お父さんにあなたを呼んで来いと言われたの」


 とぼそっと答える。


「え? お父さんって確か……、ヨーゼフさんだよね?」


 そうカイナの父親はこの鉱山の街にいるドワーフ全体のリーダーヨーゼフなのだ。


 コウはドワーフでも底辺だったから、トップであるヨーゼフに呼ばれる事がまず驚きであった。


 まあ、コウのようなドワーフは珍し過ぎるから知らない者は、余所者だと言い切れるほどなのだが、コウにとってはほとんどのドワーフに最近まで相手にされていなかったからこれは驚くのも仕方がないところだ。


「うん……」


 カイナは用件を言うとあとは何を話して良いのか困ったのか戸惑っている。


 それを見てコウは、


 僕みたいな最近まで『半人前』としか呼ばれていなかったハーフドワーフ相手に話すネタなくて困るよな……。


 と考えると自分から話しかける事にした。


「それじゃあ、ヨーゼフさんの家に行けばいいのかな?」


「うん……」


 カイナはまたそう答えると、歩き始める。


 ついてこいという事だろうか?


 確かヨーゼフの家は自分の家から意外に近かったはずだ。


 コウはそう考えると暗くなり始めた空を見て、慌てて魔道具ランタンに灯りをともす。


 そして、カイナの傍まで近づくと足元を照らす。


「ありがとう……」


 カイナの表情は見えなかったが、ドワーフ女性に感謝されるのは久し振りかもしれない。


 小さい子供の頃は、ドワーフの父と人族の母に言われて積極的に親切にしてお礼を言われた事があった記憶がある。


 だが、両親が亡くなり、成長期を迎えると一気にドワーフからも差別されるようになり、それからは親切にしても相手にされていなかった。


 それからというもの、例の件で命を救う活躍をしてようやく数年ぶりに感謝されたのが久し振りだったから、カイナに感謝されただけでコウは嬉しさのあまり照れ笑いが漏れる。


 そして、すぐに僕、気持ち悪いかもしれないとその笑みを必死に抑えた。


 幾ばくかの沈黙の後、カイナが急にコウの方へ振り返ると頭を下げてきた。


「こ、コウ君……。これまでごめんなさい……!」


「……え?」


 コウはいきなりカイナに謝罪されたのでびっくりした。


 何の事だろう? カイナとは全くと言っていい程、接点がないはずだ。


「私の事なんか覚えてないよね? ……私、子供の頃、一角兎に襲われたところをあなたに助けてもらった事があるの。なのに、あなたが辛い時、何もできなかった……。本当にごめんなさい……」


 カイナはそう言うと目に涙を浮かべている。


 その姿を見てコウは脳裏にその時の光景が思い出された。


 その時もカイナは一角兎を前にして恐怖で目に涙を浮かべ、動けなくなっていた記憶を。


 コウはその時、勇気を出してカイナの盾になり、一角兎の角で左腕を怪我したのだ。


 ああ、確かにあの時誰かを救った記憶はあったけど、あれ、カイナだったのか……。


 コウは遠い昔の数少ない他人との良い思い出を思い出せた。


「ああ。あの時の! でも、ほら、あの時は状況的に誰かがいかないと危険だったからさ。へへへ……」


 コウは戸惑いつつも、大袈裟に驚き、過去の小さい栄光を笑って言葉を濁した。


「私、あなたに恩があるのに、これまで避けてきたの。お父さんには同じドワーフだから差別は良くないと言われていたのに……。あなたが、一人前になってからようやく声をかけられたの……。最低でしょ、私……」


 カイナは反省しているのかその表情はかなり暗かった。


「……いや、僕は人族の血が半分流れているし、見た目も他のドワーフとは違う半人前だったから、避けるのは仕方がないよ。僕は気にしてないよ。それよりも、声を掛けてくれてありがとう。お陰で勇気を出した昔の輝いていた時を思い出せたよ」


 コウはその時、その事を両親に話して褒められた温かい思い出に触れる事が出来たので、カイナに心から感謝するのであった。

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