第9話 遺産の部屋

 掘削二日目。


 コウはグループ責任者ドワーフを驚かせる活躍を見せ、誰もが嫌がる硬い岩盤層を掘り進めていた。


 グループ責任者曰く、


「実はこの鉱山はかなり掘りつくしていて、リーダー・ヨーゼフの提案で採掘量を調整しながら掘っているんだ」


 と内情を口にした。


「調整?」


 コウは全く聞いた事がない話に驚く。


「俺達鉱夫連中の間では公然の秘密なんだが、以前のように鉄鉱石を沢山掘り当てる事があっても給料がほとんど変わらない事はわかっている。だが、採掘量が少ないと給料は減らされるからな。ただでさえ掘り尽くし気味のところで残りを一気に掘り出してその後、採掘量が激減して給料を減らされても俺達ドワーフには損しかないだろう? リーダーのヨーゼフは、俺達に命じて大きく掘り当てないようにして残り採掘量も安定させて小出しにさせているのさ。それに雇い主はあの領主様だからな。採掘量が激減すれば俺達ドワーフを使い捨てにするのは目に見えている」


 かなり詳しくグループ責任者ドワーフはコウに理由を話してくれた。


 どうやら一人前の鉱夫と認めてくれたという事だろう。


 そして続ける。


「俺達ドワーフは人間からすると都合のいい労働力でしかない。ここの領主様なんて一番そう考えている人物だ。ヨーゼフが頑張って知恵を絞ってくれたお陰で今は、この土地で多くの俺達ドワーフが生活できているが、人間の差別が厳しい場所に変わりはない。今回ヨーゼフが新たな土地を見つけて購入手続きしてくれてきたのも、この鉱山の残り寿命を計算しての事だし、ドワーフの環境を改善する為にも何年も前から計画していた事なんだ。お前も新天地でドワーフ全体の力になれると俺は見込んだからこれからも頑張ってくれよ」


 グループ責任者ドワーフはそう言うと肩を叩いてその場を離れる。


「ドワーフの為の新天地探しは知っていたけど……、この鉱山も寿命(資源枯渇)が来ていたのは知らなかった……。──うん? それじゃあ、この岩盤掘りって意味ある?」


 コウは思わず手を止めて、考えるのであったが、それで実力を認められたのなら結果オーライなのかな? と、思って考えを改めるのであった。



 コウは一人前と認められたのが嬉しくて鼻歌混じりに岩盤の縦掘りを続けていた。


 これにはクズ石運びの子供ドワーフ達も呆れていた。


 なにしろ掘っているのは大のドワーフでも嫌がるとてつもなく硬いはずの岩盤である。


 それを中古でブランド製でもない普通のツルハシでサクサク掘っているのだから当然であった。


 だが、それも限界が来た。


 コウがツルハシを振るうと、甲高い音で跳ね返されツルハシの頭が途中から砕けたのだ。


「あー! 僕のツルハシが!!!」


 仲間と認めてくれたドワーフからお見舞いに貰ったツルハシだったから、コウはショックを受ける。


「……手応えからするとかなり硬い層に届いたのかな……?」


 コウは壊れたツルハシを諦め、金槌と杭を取り出し、硬い部分を削ってみた。


 杭は通るが相当硬いのがわかる。


 こんなやり方で掘っていたら時間がかかり過ぎて効率的でないのもわかった。


 コウはその時、ふと妙な感覚に襲われた。


 金槌を振るって杭を打った時、伝播する音が体に響くと同時にその音が岩盤全体にも伝わったように感じたのだ。


「?」


 コウは今度は金槌だけでさらに硬い岩盤を叩いてみる。


 先程と同じように、いや、今度はさらに明確に音が響いて返って来るのがわかった。


 そう、それは、まるで音波のような感覚だ。


 前世では通常、地中を調べる方法としてボーリング調査(地盤に細い孔を深くあけて採取した土や岩盤の試料を直接観察して地質の状況を把握すること)や、表面波探査(地表の表面付近を伝播する「表面波」の波長ごとの伝搬速度を解析し、地盤のS波速度の分布状況を測定する調査方法)などがあるのだが、これは表面波調査の方法にあたるのかもしれない。


 なぜ、コウがそんな事を知っているのかと言うと、元々、それらの機器類を販売する営業を経験していたからだ。


 それだけに仕組みがわかっていたから、自分がその機械になった気分である。


 もう一度、コウは岩盤を金槌で叩いて振動を地面に送り、返って来る振動を感じた。


 それは近くの地中にある鉄鉱石の塊の存在も何となく感じる。


「……それ以外に、この硬い岩盤の下に四角い空間がある?」


 コウはそれに引っ掛かった。


 自然とできた空間はいくらでもあるのだが、この下に感じる空間は綺麗な四角なのだ。


 それは人工的なものという事である。


「よし、ここで使おう!」


 コウはそう決断すると、布にくるんで持って来ていた例のツルハシを取り出した。


 それは鍛冶屋のイッテツと一緒に作り上げた、とっておきである超魔鉱鉄製の逸品だ。


 コウはその自慢のツルハシを超硬い岩盤に振るう。


 するとどうだろう。


 サクッっとツルハシの先端は岩盤に刺さる。


「これならいける!」


 想像以上の手応えを感じたコウは地下空間を目指して超硬いはずである岩盤を掘り進めていくのであった。



 その空間は長い間、密閉されていたのだろう。


 ツルハシの先が穴を穿って貫通させると、そこから一気に風が吸い込まれて行った。


「……とりあえず、僕が通れるだけの穴でいいかな?」


 コウは一人つぶやくと、その空いた穴を広げていく。


 魔導具ランタンの掴み部分に紐を括りつけ、それをその真っ暗な空間に降ろして中を確認する。


 中央に台座があり、その上に何か置いてあるようだ。


「……これって?」


 コウはドワーフなら誰もが聞き覚えのある光景が、今、視界に広がっていると感じた。


 それは、ドワーフの伝承の一つで、ドワーフの祖である偉大なエルダードワーフが各地の地中に残した遺産の話である。


 どうやって作ったのか、地中に突然人工的な空間を作り、そこに子孫であるドワーフが喜ぶお宝を残したと言われるもので、それはただの悪戯ともされているが、実際にその『遺産の部屋』を見つけたという伝承はいくつもあり、ドワーフなら誰もが知っているお伽噺だ。


「これが『遺産の部屋』?」


 コウは選ばれたドワーフにしか見つけられないという伝説の部屋を見つけて、思わず夢のような光景に嬉しさで笑みがこぼれる。


 その部屋にコウは迷う事なく降り立ち、その台座の前に立った。


 そして、ランタンで台座の上にある遺物を照らす。


「これは、小型の鞄?」


 そこには埃一つ被っていない、しかし、中古に見える小さいポーチが置いてある。


 コウは躊躇する事無くそのポーチに触れた。


 すると、その瞬間、脳内に声が響く。


「──我がドワーフの血族よ。よくぞこの部屋を見つけた。触れたこの瞬間からこの魔法の鞄はお前の物だ。契約が結ばれた以上、お前以外にこれは使用できない。ただし、お前が死ねばこの魔法の鞄は、中身ごと消滅するから気を付けるのだぞ……」


 重々しい声がそう告げると、静かになる。


「……もしもし?」


 コウは突然の声に呼び掛けてみるが返答はない。


「……えっと。そういう事だよね? そういう事でいいんだよね?」


 コウは独り言をつぶやきながら、自分に落ち着いて言い聞かせる。


 そして続ける。


「つまり僕は……、やっぱりドワーフの血がちゃんと流れているんだ!」


 これまで、自分にドワーフの血がしっかり流れているのか自信が持てていなかったコウは、グランドワーフの遺産を入手できた事よりも、偉大な祖にドワーフとして認められた事を喜ぶのであった。


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