第8話 初掘削

 鉱山の街でのドワーフ族代表であるヨーゼフの帰還により、ドワーフ達は活気づいていた。


 いつものように人間にモグラと陰口を叩かれようが、土臭いと貶されようが、大して気にする者はなくドワーフの特徴である豪快で陽気な雰囲気が発揮されているように思える。


 それに対して人間側は不気味に感じるのであったが、ドワーフに対して興味を持つ者は元々少ないから、その理由を知ろうと思う者はいないのであった。


 そんな中、人間⇒ドワーフ⇒ハーフドワーフという階級の末端としてコウがいるのだがそのコウも根強く残る差別も気にする事なく鉱山や鍛冶屋で仕事に励んでいた。


「おい、『半人前』のコウ。お前、道具があるなら、ちょっと坑道掘ってみるか?」


 ある日、そんなコウを認めてくれたのか、いくつかの坑道のグループ責任者ドワーフが声を掛けて来た。


「い、いいんですか!?」


 コウはずっとクズ石運びという半人前の仕事しかやらされていなかったので、目を輝かせて聞き返す。


「お、おう……。やる気十分そうだな……。なら明日、朝一番に道具一式を持って南坑道最深部百八番広場に集合しろ。魔道具ランタンの燃料であるクズ魔石は自費だから切らさないように気を付けておけよ」


 グループ責任者ドワーフはそう注意すると現場に戻っていく。


「いきなり最深部の百八番坑道に潜っていいんだ! やった!」


 コウはあまりの嬉しさにこの日、一睡もできずに、翌朝を迎える事になるのであった。



 鉱山は丸一日中稼働している。


 昼組と夜組に担当を分けて掘り続けているのだ。


 普通なら三交代制のところドワーフだからという理由だけで、二交代制が平気で行われている。


 それでいて給料は三交代制と変わらないか、それよりも少ないくらいの給料だから、ドワーフの扱いがどんなに悪いかがわかるというものであった。


 コウはそんな事を気にする事無く、それどころか初の掘削作業が出来るという事で、心躍っていた。


 夜に一睡もできなかったから、少しは眠気もあったのだが、コウには『大地の力吸収』という能力がある。


 コウ自身、どういった能力かはよくわかっていなかったが、少なくとも怪我は早く回復するし、体力も以前と比べたら底なしではないかと思える程、疲れ知らずではあった。


 だから、一日や二日程度なら寝なくても働けそうな勢いである。


 そんなコウは魔道具ランタンにクズ魔石を入れて灯りをともすと、地下の坑道に降りる螺旋状の階段を降りていく。


 こういう時は誰かの後ろを付いて行く事で、魔道具ランタンに使用するクズ魔石の消費を抑えたりする事も可能なのだが、コウは一人前になった気分になって、惜しみなく魔道具ランタンを使用する。


 ちなみにこの魔道具ランタン自体は、価格が高いが、油よりはクズ魔石が安く入手できるし、ガスも発生しやすい地下坑道においては油仕様のランタンだと引火の恐れがあるから多少値が張っても魔道具ランタンが鉱夫にとっての必需品であった。


 そんな物をなぜコウが持っているかと言うと、同じ鉱夫のダンカンに前日、古いものを借りたのだ。


 ダンカンは鉱夫初デビューのコウに、その中古の魔道具ランタンをプレゼントしようとしたのだが、さすがにそれはコウが断った。


 ダンカンには色々と恩義がある。


 自分の為にみんなを説得してくれたり、髭を剃って自分の為に体を張ってくれたりもしていたから、これ以上は甘えられない。


 だから、日に小銅貨一枚という賃料で借りる事にしたのである。


 他にも燃料となるクズ魔石も購入しないといけないから、貧乏なコウの手持ちのお金はすぐに底をついたが、一人前の鉱夫として仕事が出来れば、給料もクズ運び仕事よりも十分稼げるから、心配はしていない。


 こうして鼻歌混じりにコウはあっという間に鉱山の最深部南坑道、百八番広場まで到着するのであった。


「軽く打ち合わせするぞ。今日は『半人前』のコウが、新たに鉱夫として加わる事になった。心配もあるからまずは、新米のお約束である一番左奥の広い場所の真下掘りをやらせようと思う。他のメンバーはいつも通り鉱石採掘に従事してくれ、以上だ」


 グループ責任者ドワーフはそう言うと、他のドワーフ達は慣れた様子で、各坑道に散っていく。


「この最深部で真下掘りって……」


 コウはクズ石を運び専門だったから、あまり詳しくはないが、それでも理解出来た。


 この鉱山最深部での真下掘り作業とは、どこよりも硬い岩盤がある層を掘るという事であり、それは一人前のドワーフでもやりたがらない作業である。


 なぜなら、自分のツルハシなどの道具がその硬い岩盤で壊れてしまう事が多々あるからだ。


 それにこの最下層の岩盤はあまりに硬く厚みがあるらしく、長い間、これより下に掘り進める事が無くなっていたから、コウにそれをやらせるという事は、暗に音を上げたら元のクズ石運びに戻らせるという事を意味した。


 つまり、コウに鉱夫仕事をするか聞いたのは冗談半分、嫌がらせ半分だったのかもしれない。


 コウはそれがわかってその場に立ち尽くしたのだが、それも一瞬の事であった。


「今の僕ならやれる! ……気がする」


 最後はちょっと気持ちが折れそうになったが、背負っている中古の道具一式がコウに力を与えた。


「……やるぞ!」


 コウは気合を入れ直すと左奥に向かうのであった。



 コウは左奥の坑道の奥に到着すると、ランタンを壁の出っ張った釘に引っ掛け、背負ってきた大荷物もその下に置いてから、ツルハシをまずは手にする。


 そこは少し広い空間になっていたが、周囲も硬い岩盤の一部なのか削った後はあるがそれ以上は諦めた後のようであった。


 コウはそれに構わず、真下掘りをする為に地面にツルハシを一振りした。


 ガキン!


 という音共にツルハシが軽く跳ね返される。


「……硬い。……けど、イケない事も無いかな?」


 コウは少し手応えを感じてもう一度、ツルハシを振るう。


 今度はガキンと音を立てながらもツルハシは深く地面に突き刺さる。


「……今、何かコツを掴んだ気がするけど……。もう一度──」


 コウは立て続けにツルハシを地面の岩盤に振るい続けた。


 黙々とコウは地面を掘り続ける。


 そして、何時間たっただろうか?


 気づくとコウは直径三メートル深さ五メートルの穴を掘っていた。


 掘った石はその穴の上の周囲に積み上げられ、さすがに外に運び出さないとこれ以上は掘れない。


 コウはクズ石運びの子供ドワーフにお願いしようと百八番広場に向かう。


 そこには、グループ責任者ドワーフが丁度いて、やってきたコウに気づいて口を開いた。


「何だ、もう諦めたのか? やる気を見せていたから数日は粘ると思ったんだがな」


 どうやら、コウが掘るのを諦めて引き返してきたと思ったようだ。


「いえ、掘り過ぎてクズ石が邪魔なので、担当に運んでもらおうかと思いました」


「何!?」


 現場責任者ドワーフは驚くとコウを押しのけて左奥の坑道奥に駆けていく。


「そんな馬鹿な……。この岩盤をこの数時間でここまで掘り抜く奴は見た事がないぞ……?」


「それじゃあ、僕は続けるのでクズ石の件よろしくお願いします」


 コウは何食わぬ顔でそう答えると穴に戻り、掘り進め始めるのであった。


「こいつはたまげた……。──おい、クズ石担当! 左奥の坑道のを優先して運べ!」


 グループ責任者ドワーフはコウを認めたのか大声でそう叫ぶと、坑道内は慌ただしくなるのであった。

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