第50話 ヘルド襲来

 「放てえええ!!」


 ディセント島、海上。


 号令と共に、多くの魔法が一斉に放たれた。

 沿岸に設置された“魔法兵器”からである。

 魔法兵器とは、魔力の込もった巨弾が放たれるという優れ物だ。


「やったか!?」


 魔法が向けられた先は、たった一人の男。

 海上に氷の道を作りながら、島に近づく不審者である。


 しかし、煙の中からニヤリとした顔が再び見えた。


「そんなものか? ディセント学院」

「「「……ッ!?」」」


 男の名は──ヘルド。


 見た目はそれほど派手ではない。

 黒髪に少し髭の生えた、どこにでもいそうな普通の男性だ。

 だが、その姿がより状況の異質さを増長する。


「がっかりだぜ」


 ヘルドは引き続き氷の道を作りながら、一歩ずつ島へ近づいてくる。

 放たれた魔法など、一切意に介することもない。


「これほどか……!」


 号令を行っていた学院の教員は、歯をギリっと食いしばった。

 海上の惨状も含めての表情だろう。


「まさか、衛艦えいかんを全て沈めるとは……!」


 ディセント島は、どの国にも属していない。

 ゆえに世界中からディセント学院へ受験することができ、他にも様々なものを集めている。

 そうともなれば、不審船が近づいて来ることも多々ある。


 そんな脅威から島を守るのが、護衛艦の役目だ。


 だが、四つの護衛艦は全て沈められた。

 この散歩感覚で近づいてくる、ヘルドという男によって。


「本当に、化け物なのだな……!」


 号令を行っていた教員は、焦りの表情を浮かばせる。

 その頭の中には、先ほどのアウラ生徒会長の言葉がよぎっていた。


────


「詳しい説明は後にします。学院に脅威が迫ってます」


 会議室に訪れたアウラは、突然そう口にした。

 ならば当然、教員たちはどうしたと聞き返す。


「アウラさん!?」

「何事!?」

「急にどうしたの!?」


 それでも、アウラはその姿勢を変えない。


「先生方も、島に接近している人物は耳にしているはずです」

「「「……!」」」


 学院は、島の護衛艦と連絡を取り合っている。

 たしかにそこから、謎の男が接近中との連絡が入っていた。

 正体が掴めない人物に対して、教員たちも緊急会議を行っていたところだ。


 アウラのその口ぶりから、教員の一人がたずねる。


「アウラさんは、あの人物に心当たりが?」


 対して、アウラはこくりとうなずいた。


「グラン君のあに弟子でしだと言えば、その強さが分かるでしょうか」

「「「……!!」」」


 その言葉には、教員たちも一斉に目を見開く。


「信じられないかもしれませんが、あの男は英雄並の力を持っています。いえ、それ以上かもしれません」

「そんな人物がなぜ学院に!?」

「まだ確定ではありませんが──」


 アウラの言葉の途中で、会議室に緊急連絡が入る。


「たった今、護衛艦が一つ沈められました!」

「「「……!」」」


 それを聞き、アウラは確信を持った目で続けた。


「やはり悪意を持っていることはたしかです」


 そして、言葉をしめくくる。


「絶対に島に入れさせてはいけません」


────


「ぐっ……!」


 アウラの言葉とはいえ、半信半疑であった。

 だが、実際に目にしてヘルドという男の恐ろしさを実感している。


「第二弾! 放てえええ!!」


 何度放とうが、ヘルドの歩みは止まらない。


「そろそろ上陸だな」

「「「……ッ!!」」」


 ただ散歩するかのように、一歩ずつ島に近づいて来る。

 その様子が不気味でならなかった。


 だが、教員たちにもプライドはある。

 彼らには守るべき生徒たちがいるのだ。


「仕方あるまい」


 ディセント島は世界最高峰の学院。

 となれば、教員たちも選りすぐりである。


 今ここには、世界最高峰の戦力が整っていると言っても良いだろう。


「皆の者──」


 号令を行っていた教員は、すっと手を上げた。

 それと共に、その場にいた者もそれぞれの武器を取り出す。


「多少の建物被害は構わん。全力で迎え撃て……!」


 近づけてしまったということは、同時に教員たちの範囲に入ったとも言える。

 ここからは、彼らが最も得意とする対人戦だ。

 

「【灼熱の柱バーン・アライズ】」

「【絶対零度アブソリュート・ゼロ】」

「【破壊の権化ゴーレム・クリエイト】」

「【全てを散らす暴風ダンス・ストリーム】」

「【原初の光】」

「【原初の闇】」


 各々が持つ最上位の魔法。

 単体の属性魔法においては、どれもこれ以上ない。


 それを全てヘルドにぶつける。


「くらいなさい!」

「ぶっ潰れろ!」

「焼き尽くせ」


 しかし──


「ぜんぶ知ってるって」

「「「……ッ!!」」」


 たった一つの動作、“拍手”によって全てかき消される。

 先生間でも共有される、ある人物のわざだ。


(((あれは、グラン君の……!)))


 これはグランが、エルガとの練習試合で見せた『無の拍手』。

 相反する属性を同じ量だけ込め、その相殺力で魔法を封じる防御の必殺技だ。


 その事実が教員たちを震え上がらせる。


「そんな……!」

「バカな……!」

「冗談だろ……!」


 原理を知るからこそ、教員たちは恐れおののいた。


 この業は性質上、瞬時に魔法を見極める、相手以上の魔力総量、同量の魔力を込める繊細な魔力操作など、あらゆる技能を必要とする。

 単体の魔法に対してですら、グランしかできない業なのだ。


 それをヘルドは、全ての魔法にやってみせた。

 単純計算でも、この場全員以上の魔力を持ち、グランかそれ以上の魔力操作を保持していることになる。


「「「……ッ!!」」」


 これがヘルドの力だ。


「足りねえよ、お前らじゃ」

「「「──!?」」」


 そして、ヘルドはいとも容易く魔法を出してみせた。


「【灼熱の柱バーン・アライズ】 【絶対零度アブソリュート・ゼロ】 【破壊の権化ゴーレム・クリエイト】 【全てを散らす暴風ダンス・ストリーム】 【原初の光】 【原初の闇】」


 そっくりそのまま返したのだ。

 最高峰の戦力とも言える、ディセント学院の教員陣の魔法をたった一人で。


 成す術もなく、教員陣はその場に転がった。


 そして──


「上陸だ」


 ヘルドはついに島へ足を踏み入れる。

 それと同時に、気配を感じて視線を上げた。


 ヘルドの耳に届いたのは、複数の足音。

 その内二名・・が、口を開いた。


「一歩間に合わなかったか!」

「大丈夫、まだ息はあるみたいだ」


 視線の先には──アウラ、シャロン。

 その隣にも、まだ姿が見える。


「教員なりのプライドがあったのね」

「そのようです」


「私たちも──」

「戦えるのに」


 アリア、セリンセ、そして双子のイルミア・イルメアだ。

 団体序列戦に出てきた上級生の『七傑』達である。


 彼らには、ヘルドの方から口を開いた。


「随分とゆっくりじゃねえか」

「一応学院で止められたもの」


 対して、アリアが答える。


 いくら『七傑』とはいえ、生徒には変わりない。

 この緊急事態に、教員たちは彼女らを一度止めたようだ。

 それでも、それを振り切ってここに立っている。

 

 そんな彼女らに、ヘルドはニヤリとした表情を浮かべる。

 話し相手は顔見知りのアリアだ。

 

「んで、見た感じじゃ裏切ったってことでいいのか」

「裏切ったもなにも、最初から私を信用していないでしょう」

「ハッ、そうだな」


 そうして、アリアはじっとヘルドと視線を合わせる。


「目的は──学院かしら」

「ああ。ついでにお前の口封じだ」

「……そう」


 やはりか、とうなずくアリア。

 彼女と同じく、周りの者も武器を持ち出す。


「ならばここで仕留めるわ」


 同時に、学院では決して見ることができなかった事が起きていた。

 それに気づいたアウラが、隣のアリアへ口を開く。


「こんな日が来るとは思わなかったぞ」

「それは私のセリフよ」

 

 表のアウラと、裏のアリア。

 決して手を取り合うことはなかった絶対的両者が、ヘルドという共通敵を前にして協力し合った。


 シャロンは、気づかれぬよう口角を上げた。


(こんな日が来ればとずっと思っていたよ)


 『七傑』とヘルドの戦いの火ぶたが切られる──。

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