第49話 アリア・アリスフィア

 グランが里帰りをしていた頃、ディセント学院にて。


「来てくれたのだな、アリア」


 椅子に座っていたアウラが口を開く。


 アリアが部屋──生徒会室に姿を現したのだ。

 また、その隣には妹のニイナも見える。


「なんとか来てくれました、会長」

「ありがとう。ニイナ君」


 ニイナがアリアを呼びに行っていたようだ。


「……」


 口は開かないまま、アリアはその辺の椅子に偉そうに腰を下ろした。

 それでも、今までの誰も近づかせない雰囲気は若干和らいだように感じる。


 そしてやがて、アウラをチラリと見ながら口を開く。


「どうせ色々と聞かれるのでしょう」

「もちろんそのつもりだ」


 ある程度アリアも覚悟してきたのだろう。

 ならばと、間髪かんぱつ入れずにアウラがたずねた。


「単刀直入に聞く。アリア、君の今までの行動にはどんな意味が?」

「……」


 学院において、アリアという存在は絶対的だった。


 入学後、初の序列更新で史上最年少の『七傑』入り。

 それからはたてく者を追放し、学院最高峰機関の『七傑評議会』すらも操り始めた。

 

 ディセント学院は、世界中から貴族やら実力者が集まる場所。

 加えて、学院での成績はどの国でも大きな功績となる。


 つまり、この場で権力を持つということは、世界的にもそれなりの権力を持つことと同等なのだ。

 その力を用いて、アリアは今まで不都合を排除してきたわけだ。


 しかし、アウラはアリアの行動に疑問を持っている。

 それを迷わずぶつけた。


「ワタシには、直接的な利益を得ているようには見えなかった」

「……」

「君が本当にただの悪者なら、まず最初にワタシを排除すべきだろう?」

「……ふっ、そうね」


 生徒会長アウラは、アリアに従ったことはない。

 それにもかかわらず、表で人気を集め、生徒会という『七傑』の次とも言える権力まで得た。

 アリアの覇道には少なからず邪魔だったはずだ。


 その質問に対し、アリアは口元をゆるめた。


「私は別に気に入らない者を排除していたわけじゃない」


 そのまま視線を向けた先は──ニイナだ。


「ニイナの邪魔となる者を排除していたに過ぎないわ」

「……え?」


 その答えには、ニイナも思わず目を見開く。


「これからニイナの障害となりうる者を排除した。それだけのことよ」

「アリア姉様……?」


 だが、アウラはこくりとうなずいた。


やはり・・・か」

「あら、知っていたような口ぶりね」

「憶測の範囲は出なかったがな」


 アウラはそのまま複数枚の資料を表に出す。


「これは君が学院から追放した者のリストだ。どうもニイナ君と関わりがあるように思える」


 そこに書かれていたのは、ニイナに婚姻こんいんを申し込もうとした者、アリアフィア王国と険悪な者など。

 ニイナに関わりがある、もしくはこれから関わろうとしている者たちだった。


「アリア姉様、これは一体……?」


 その事実に、ニイナはアリアを覗き見る。

 対してアリアは、目を伏せながらゆっくりと口を開き始めた。


「あなたには、普通に生きてほしかった」

「……!」

「権力争いや面倒事に巻き込まれず、普通の学院生として」

「アリア姉様……」


 アリアが浮かべたのは、いつもの妖艶ようえんな表情ではなく、どこか姉としての表情。

 これはニイナも見覚えがあった。

 

 アリアとの序列戦で、魔法により二人だけの会話をした時。

 先の団体序列戦で、アウラが負けを確信した時。


 それらの表情が、昔仲の良かった頃の表情とつながる──。


「まさか姉様は、わたしだけのために……?」


 ニイナからこぼれ落ちた言葉に、アリアはわずかながらうなずく。


「私は支配するこんな方法しか知らないから」


 大国の王家に生まれ、第一王女として帝王学により育てられたアリア。

 生まれた時から血みどろの権力争いの中で生き、幸か不幸か、才能があったばかりに周りを支配し続けた。


 アリアはそんな生き方しかできなかった。

 素直にニイナに歩み寄るという方法を知らなかったのだ。


 ゆえに、支配をすることで、ニイナの邪魔になりうる者を排除し続けた。 


 全てはニイナのため。

 ニイナが学院生活、ひいてはその後の人生をなるべく普通に生きられるために。

 アリアはニイナが大好きだったのだ。


 そんなアリアは、不器用な笑顔でニイナへ声をかける。


「あなたはグラン君と出会って変わったわね」

「……!」

「私のような死んだ目をしていない。今は恋する乙女の目ってところかしら」

「んなっ!」


 この思いこそが、アリアがニイナとの序列戦でらした本音につながる。

 

『まだそんな表情ができるあなたが、うらやましく思うわ』


 もし、グランのような自分より上の者にもっと早く出会っていれば、アリアはこうならなかったのかもしれない。


 しかし、アリアはトップであり続けたばかりに、“支配する”以外の選択肢を得られなかった。

 それが最も効率よく、確実なものであったから。


 これが絶対的存在──アリア・アリスフィアの真意だったのだ。

 

「アリア、姉様……!」

「ふふふっ、まだまだお子ちゃまね」


 そんな姉の想いを理解したニイナは、アリアへ駆け寄る。


「だからって近づかないで」

「わっ!」


 だが、アリアはニイナをひょいっとかわす。

 まだ人と馴れ合えるほど心は開けていないようだ。


「で? 好き勝手した私を会長さんはどうするつもりかしら」


 そうして、アウラの方に振り返ったアリア。

 ここ数日で、団体序列戦の負けを認めたのか、自分のごうを受け入れるかのようだ。


 だが、アウラは首を横に振った。


「何もしないさ」

「……正気かしら?」

「別に君の追放も正当性がなかったわけじゃない。だが、一つだけは教えてもらわなければならない」


 その代わりに、アリアへ真っ直ぐたずねた。


「大将戦でエルガ君の中にいた人物は誰だ」

「……!」


 しかし、それにはアリアは目を伏せる。


「あれに関わるべきではないわ」

「覚悟はしている。それに、ワタシは会長として生徒の悩みの種は知る義務がある」

「……ふっ」


 自分をまだ一生徒として見ていることがおかしく思えたアリア。

 覚悟もあるのならと、少しずつ話を始める。


「あの男、エルガの体を借りたのはほんの遊びだったようよ」

「体を借りた? そんなの人間業では──」

「ええ、“英雄”クラスではないと無理でしょうね」

「英雄クラスだと……!?」


 驚くアウラに、アリアは続けた。


「あの男の名はヘルド。彼は、かの英雄たちに育てられた者よ」

「「……!」」


 そして、衝撃の事実を話す。

 覚悟はしていたつもりだったが、想定以上の大物にアウラは驚きを隠せない。

 

「待て! それほどの者を相手に、君は何をしようとしている!?」

「最終的にはあいつを倒すわ。たとえ刺し違えてでもね」

「そのために一時的に協力していたと?」

「ええ、そうよ」


 明るみに出るアリアの目的。

 裏から世界の情報を集めるアリアは、【あの人】──ヘルドにたどり着いたのだ。

 ヘルドの目的は不明だが、それでも将来的にニイナの邪魔になる可能性はある。


 そのためアリアは、ヘルドを最終目標として、強力な者を探していた。

 グランに最初から目を付けていたのもこのためである。


「勝算はあるのか……?」

出てきた・・・・、と言った方が正しいわね」

「どういう意味だ?」


 恐れながらたずねるアウラに、アリアは真っ直ぐ答える。


「同じく英雄たちに育てられた少年──グラン君なら、あるいは」

「「……!」」


 だが、その話には思わずアウラも立ち上がった。


「グラン君が英雄たちに育てられただと……?」

「ヘルドが言っていたわ。それにあの強さよ、納得はできるでしょう」

「……っ! 言われてみれば……」


 グランの数々の偉業に感覚が麻痺していたが、今一度考え直せば納得もできる。


 剣、魔法、戦略。

 戦闘のあらゆる分野において、グランが持つそれは英雄クラスだ。

 そんなものどこで学ぶと言われれば、あては英雄しかない。

 

 歴史をひっくり返すほどの信じられない事実だが、グランが強すぎるあまり、アリアの言葉が妙にしっくりきてしまう。


「だが、そんなの……」

「アリア姉様、わたしにも詳しく説明して!」


 しかし、アリアは多くは語らない。


「私も詳しいわけじゃない。あとは直接本人に聞きなさい」


 そうして話を終え、立ち上がるアリア。

 ──だが、事態は急展開を迎える。

 

「ご報告いたします!」


 突然、生徒会室の扉がバンッと開く。


 開けたのはアリアの側近セリンセだ。

 いつも冷静沈着な態度を崩さない彼女には、アリアもニイナも珍しいという目で見つめた。


「なによしつけね」

「セリンセさん……?」

 

 しかし、その態度が緊急性を表していた。

 

「ディセント島付近に、ヘルドと思われる人物が現れました!」

「「「……!」」」


 それには、三人とも即座に動き出そうとする。


「アリア、ワタシも出るぞ」

「でしょうね。でも──」


 だが、アリアはニイナを手で止めた。


「ニイナ、あなたはここでおとなしくしてなさい」

「アリア姉様……!?」


 その表情はいつになく迫真である。


「グラン君がいないこのタイミング……敵はヘルド、目的はおそらく学院ね」

「そんな! ではなおさら──」

「おとなしくしてなさい!!」

「……!?」


 アリアの目がカッと光り、ニイナの体が痺れる。

 身をしばる魔法の類だろう。


「私がここまでは来させない。あなただけは絶対奪わせない」

「アリア姉様……でも!」


 それでも言う事を聞きそうにないニイナ。

 アリアは視線を逸らし、ボソっと指示をした。


「セリンセ」

「はい」


 指示通り、側近のセリンセがニイナに近づく。


「すみません。私はアリア様の側近ですので」

「──うっ」


 そのまま目にも止まらぬ手刀を放つ。

 両者ではまだセリンセの方が圧倒的に上だ。


 そうして薄れゆく意識の中、ニイナはアリアの言葉を聞いた。


「覚えておきなさい。妹を守る姉は世界で一番強いのよ」

「……姉、様……」


 ニイナはその場にパタリと倒れた──。

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