第48話 英雄たちの里
「ちと、夜空でも見に行くかの」
『賢者』ウィズに誘われ、グランは一緒に外へ出る。
都会らしい建物は何も無い里を見上げると、そこには満点の星空があった。
「この夜空も久しぶりかも!」
「ほっほ。そうじゃろう」
なんとなく話を続けるグランだが、若干無理をしているようにも思える。
グランらしくない、気を使った会話だ。
それがグランの緊張を表していた。
「「……」」
そうして、少し。
「グランよ」
会話も重たくなってしまったところで、ウィズが唐突に口を開いた。
「“英雄”というものを知っておるか?」
「……!」
その言葉に、グランは目を見開く。
今通っている最高峰の学院──ディセント学院では、よく聞く言葉だ。
グランはこくりとうなずきながら返す。
「学院で習ったよ。色んな事を成し遂げて、伝説となった人達だよね」
「いかにも。では、そやつらの名前は知っておるか?」
「名前は……知らない」
英雄たちは『剣聖』や『賢者』など、肩書きで語られることがほとんどだ。
「ならば教えよう」
首を横に振ったグランに、ウィズは重たい口を開いた。
「最も有名な“三英雄”。名を順に、『剣聖』ザン、『魔女』デンジャ、『賢者』ウィズと言う」
「……え?」
グランの優れた頭が一瞬真っ白となる。
思わぬタネ明かしに衝撃が走ったのだ。
「え、えと……」
ウィズの様子をうかがうようにしながら、グランは尋ねた。
「そ、その人達が英雄? みんな名前が一緒なのは……偶然だよね?」
「偶然ではない」
「!!」
だが、ウィズは強い目ではっきりと答える。
さらに、その
「わしらがその英雄。そして、他の者もみな英雄と呼ばれし者たち。ここは──『英雄たちの里』じゃ」
「……!!」
重ねて衝撃を受けるグラン。
だが、ウィズにはまだ話すべきことがあるようだ。
「それからもう一つ。ヘルドの事も話さねばならん」
「ヘルド……」
ウィズは遠い目をしながら、過去のことを話し始める。
「あれはもう、三十年ほど前になるかの」
────
三十年前、英雄たちの里にて。
「ふざけんなよ、魔女」
「何の話かしら、剣聖」
二人の男女がいがみ合っている。
剣聖ザンと、魔女デンジャだ。
「なんでてめえみたいなババアに合わせなきゃいけねんだ」
「こっちのセリフよヒゲ。千回殺してやろうかしら」
だが、二人の様子は明らかに険悪である。
それもそのはず、彼らは最近この里に連れてこられたのだ。
賢者ウィズによって。
「やめんか二人とも。わしの考えを聞き入ってくれたのではなかったのか?」
「「……」」
少々威圧的に、ウィズは言葉を投げる。
ウィズは気づいていたのだ。
剣や魔法など、それぞれの分野で英雄の領域に達する者が増え、その者たちが争えば人類は滅びうると。
その考えには、ザンやデンジャも同意した。
そこでウィズは、人類圏から離れた里を作り、英雄たちを一同に会したのだ。
「
「でも、仲良くなんてできるわけないわ」
しかし、一癖も二癖もある“英雄”たちには、仲良くなどできなかった。
今にも全員が争い始めてもおかしくはない。
そんな時だ。
里に存在した世界で一番高い樹『世界樹』に、
「おぎゃー、おぎゃー!」
「「「……!」」」
その内の一つの光から、
これが後のヘルドである。
この生命の神秘には、一触即発だった彼らも
「こいつは」
「赤ん坊ね」
「これは興味深いのう」
そして、英雄ゆえに孤独だった彼らは考える。
心の内で常々思っていたのだろう。
“自分と対等な相手が欲しい”と。
「こいつには──」
「この子には──」
「こやつには──」
三人はそれぞれの思いを口にした。
「剣を覚えさせよう!」
「魔法を教えるわ!」
「勉学に勤しんでもらう」
そうなれば意見が合うはずもない。
「「「は?」」」
睨み合った三人は、激しく意見をぶつけ合う。
「ざけんな、男は剣って決まってんだよ!」
「はー? 男も女も魔法が一番だわ!」
「これからの時代を創るのは勉学じゃ」
それぞれ一歩も
だが、彼らも馬鹿ではない。
ここで言い争っても
その決断が良くなかったのだろう。
「おいヘルド、やる気あんのか!」
「……うぐっ」
英雄たちは、普通の人間とは根本的に違う。
才能、精神力、あらゆる面で“異常さ”を持ったからこそ英雄なのだ。
そんな者たちが、普通に人を育てるなどできるはずもない。
「はあ、
「くっ……」
ザン、デンジャ、ウィズ、そして他の英雄。
いずれもヘルドには厳しく指導し、当の彼らは常に喧嘩ばかり。
そんな環境で、ヘルドが真っ直ぐに育つはずもなかった。
そして、ヘルドが十六歳になった時。
里の者を全員集めたヘルドは、威圧的に口にした。
「もうてめえらに教わることはない」
「「「……!」」」
ヘルドは全ての英雄の
ただしそれは、全て“憎しみ”から。
“一刻も早く里から離れたい”。
そんな強い想いがヘルドをここまで成長させた。
「俺は里を出る」
ヘルドはずっとこの機会を待っていた。
自力で里を脱出できるこの時を。
ヘルドは知っていたのだ。
彼ら英雄たちが、自らに課した
「“不戦の
「「「……!」」」
英雄たちは、里の外に出られない。
一度争い合えば人間を滅ぼしかねない彼らは、里に移住した時、この呪いを自ら付与したのだ。
だからこそ、里を離れるヘルドを三人が放っておくわけがない。
「待てよヘルド!」
「そうよ!」
「“恩返し”は教えたはずじゃが」
それでも、ヘルドの決意は変わらない。
「俺に勝ってから言え」
「「「……!」」」
放つオーラは、英雄とまるで
今やりあえば無事では済まないだろう。
「この力だけは感謝するがな」
そうして、ヘルドは里を去った。
唯一救いだったのは、その後ヘルドが人間界で何も起こさなかったことだろう。
しかし、英雄たちは激しく後悔した。
たしかに強い戦士は育った。
だが、こんなのが本望であるはずがない。
それから、失意のまま数カ月を経て。
「おぎゃー、おぎゃー!」
「「「……!」」」
産声が聞こえたのは、二つの光の内、ヘルドではない方。
正体不明だったそれが、ついに人の形を成す。
世界樹から、再び人間の赤ん坊が生まれてきたのだ。
この時点で、英雄たちの決意は同じであった。
「「「今度は後悔のないように」」」
英雄たちは誓った。
今度こそ仲良く育ててみせると。
そうして育った子が、後のグランとなる。
────
遠い目を夜空へ向けたまま、ウィズは過去の話を終えた。
「これが、わしらとヘルド、そして里の歴史じゃ」
「……」
未だ口を閉じているグランに、ウィズは頭を下げる。
「今まで言えなくてすまなかったの」
「……ううん」
「失望したか」
だが、その質問には首を
「そんなことない!」
「グラン……!」
勢いのまま、グランは立ち上がる。
その目は若干
それでも、グランは心のままに言葉を続けた。
「みんながすごいのは知ってた。尊敬してた。でも思ってたより、ずっとずっとすごい人達だったんだね!」
「じゃが、わしらはヘルドを……」
「だから俺、ヘルドにもみんなのすごさを知ってほしい!」
「……!」
グランは真っ直ぐウィズと目を合わせる。
「ヘルドも辛かったのかもしれない。大変だったのかもしれない。けど、今のじいちゃん達はこんなに優しいんだよって、知ってほしいよ!」
「グラン……」
年を取り、知の最高峰『賢者』も涙もろくなった。
成長したグランの言葉に、ウィズは涙をこぼす。
そんなグランとウィズの背後から、二人の足音がする。
「すまなかったな、グラン」
「私からも謝るわ、グラン」
『剣聖』ザン、『魔女』デンジャだ。
ウィズの話を後方から聞いていたらしい。
「ううん」
それでも、グランが彼ら家族を尊敬する顔は変わらない。
「みんな本当は優しいって、俺ちゃんと知ってるから!」
「「「……!」」」
そのまま、心に決めた決意を三人に向ける。
「それを直接ヘルドに伝えるよ!」
「……ああ」
「……ええ」
「……うむ」
ザンは背を向け、デンジャは両手で顔を覆い、ウィズは目元を抑えた。
それぞれ息子にかけられた言葉に感涙しているのだろう。
そして、そんなグランに彼らは提案する。
「そういうことならよお」
「ええ、そうね」
「そうするかのう」
うなずき合った三人の英雄。
代表して、ウィズがグランへ手を向けた。
「ではグラン、最後に伝えるものがある」
「な、なにを?」
「ヘルドのこともあって
かつて、彼らが最後にヘルドに教えたもの。
だがそれは、敵対すれば自らも危険となりうるため、教えることを避けていたものだ。
「わしら英雄をも殺しうる“究極の
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