第45話 英雄さながらの攻防

 「──【虹の人】」


 真剣な眼差しで、エルガの体を乗っ取っているヘルドへ剣を向けるグラン。

 その体は【虹の人】により、全属性の効果が付与されて六色の輝きを放つ。


 正真正銘、グランの最終戦闘スタイルだ。


「吐いてもらう。知っていること全部!」

「フッ、面白い」


 大切な家族の悪口を言われ、グランは静かに怒る。

 不穏な発言の数々についても、詳細を聞きたいのだろう。


「行くぞ!」

「ああ、こい」


 ヘルドから攻撃の意思は見えない。

 ならばと、再びグランの方から向かっていく。


「おおおッ!」

「──!」


 一瞬の内に何十の剣を繰り出す“『剣聖』のわざ”。

 その中で、空いた左手では『魔女』の魔法を放つ。


水蒸気爆発スチーム・バースト

感電磁場エレキ・フィールド

元素加速エレメント・アクセル

 

 攻めの補助として組み込むのは、二属性魔法・三属性魔法。

 本来ならば、どれも勝負を決めかねない大技ばかりだ。


 これには、観客席中から声が上がる。


「なんだよこれ……!」

「俺は英雄でも見てんのか!?」

「これがあいつの本気か!!」


 しかし──


「それも知ってる」

「くっ!」


 ヘルドに大した効果は与えられない。

 

 グランの動きは速すぎるあまり、常人の目には追えない。

 だが、その剣筋や攻めは“型”がもとになっている。


 それを知っていたアウラもギリギリで打ち合っていたわけだが、直接体に叩き込まれているヘルドに至っては、対抗するのも難しくない。


 まさに、英雄さながらの攻防だ。


「俺が剣を持っていなくてよかったな」

「!」

「鍛え直してやるところだったぞ」

「誰が……!」


 口ではこう言いながらも、グランはヘルドに対して、確かな英雄たちの影を感じ取っていた。


(強い……!)


 剣、魔法、知力など、総合的な力ではグランは『剣聖』ザンの上を行くが、こと剣術だけで言えば、両者は全くの互角。

 それは他分野でも同じであり、全てのわざが上限値に達しているグランとヘルドでは、中々ダメージを与えることができない。


(このままではらちが明かない!)


 ダメージを与えなければ、「引き分け」はあっても「勝ち」はない。

 ヘルドの考えは分からないが、グランとしては何としても聞き出すことがあるため、勝ちに行かなければならないのだ。


(何かヒントは……!)


 そう考えたグランは、攻めを継続しつつも少しペースを落とす。

 代わりに、ふと周りにも意識をいた。


 そこには、全力でグランを応援する者たちが。


 グラン陣営をはじめ、


「負けんじゃないわよ!」

「グラン……!」

「グラン君!」

「信じてるよ」


 当然、観客席にもたくさんいる。


「いけえ伝説の一年!」

「グラン君ー!!」

「会長を勝たせてくれー!」

「応援してるぞー!」


(みんな……!)


 温かい声援に、グランは熱くなりすぎていた頭を少し冷やす。

 すると、見えてくるものがある。


(そうか!)


 冷静になれば、今は大将戦。

 ヘルドには勝てなくても、勝負に勝てばいい。

 

「ここは学院の闘技場だ!」

「あん?」


 グランの言葉に、ヘルドはまゆをひそめる。

 狙いが分かっていないようだ。


 そんなヘルドに対して──


「うおおおおおおおッ!」


 グランは再び爆発的な魔力を込める。

 それと同時に、グランの体をまとう六色の光が輝きを強める。


 だが、いくら膨大な魔力を持つグランとはいえ、この量を放出し続ければ、すぐに燃料切れになるのは見えている。


 だからこそ、ここで決めるつもりのようだ。


「虹よ!」


 グランが剣を掲げる。

 その掛け声には会場中が湧き上がった。


「おおお、くるぞ!」

「グローリアの時のか!」

「いっけええええ!」

 

 誰の記憶にも鮮明に刻まれている、あの必殺技。

 歓声にも応えるよう、グランは声を上げた。


「我が剣をまとえ……!」


 六色の虹がグランの剣へと伝わる。

 それにより、刀身は大きく伸び、上に掲げている剣は天へと昇る勢いだ。


 それを──


「くらええええ!」


 前方へ一気に振りかざす。


「【虹の裁き】……!」

「──ッ!」


 予想以上のリーチだったのか、焦りの表情を見せたヘルド。

 だが、間一髪避けている。


「ほう、お前のオリジナルか!」

「そうだ! でも、まだまだ・・・・!」

「……!?」


 それでも、グランは剣を止めない。


「うおおおおおおおおッ!」


 一瞬の隙に何十もの剣を繰り出す“『剣聖』のわざ”。

 それを今のグランの状態で繰り出す。


 するとどうなるか。

 ──剣筋全て・・が【虹の裁き】となる。


「【全天に架かる虹レインボー・オブ・オール・コスモス】……!」


 刀身は伸びたが、剣の型が変わったわけではない。

 動きを見切っている以上、ヘルドにもかわす余地はある。


「ちぃっ!」


(ビビったが、これなら大丈夫……──!?)


 だが、そこでようやく気づく。

 グランが『ここは学院の闘技場だ』と言った理由に。


(逃げ場が……!)


 ここは広大なフィールドではない。

 学院の闘技場であり、場外になれば負けとなる。


「終わりだ!」

「──!」


 それに気づいた隙に、グランの剣筋が迫っていた。

 今この瞬間に何をしようとも、絶対に避けられないタイミングと場所だ。

 

(この体では限界か)

 

 そんなヘルドは、最後に言葉をこぼす。


「そうか。お前は愛されて育ったか」

「うおおおおおおおおッ!」


 その瞬間、ヘルドの魔力が消えた。


「……!」


 ドゴオオオオオオという轟音ごうおんが、闘技場ひびき渡る。


 それと同時に、場内は砂ぼこりにおおわれた。

 

「このっ!」


 剣を大きく振るい、砂ぼこりを晴らすグラン。

 力を使い果たしたのか、その剣に虹は宿っていない。


「ハァ、ハァ……くそっ!」


 だがこの時点で、魔力探知によりグランは気づいていた。

 すでにエルガの中には、ヘルドがいないということを。


(どういうつもりだったんだ……!)


 グランは悔しさから拳を握りしめる。

 倒せなかったことに加え、知っていることを聞き出せずに逃げられたからだ。


 ──しかし、勝負はまだ終わっていない。


「勝手には話進めてんじゃねえ」

「……!」


 晴れた砂ぼこりから、同じ年の少年が姿を現す。

 発する魔力から、目の前の者は間違いなくエルガ本人だ。


 最後の一瞬、ヘルドの魔力が消えたことで咄嗟とっさに剣筋を外したのだ。


「あいつのことは多少知ってる。だから──」


 エルガはグランへ手を向ける。


「俺とも勝負しろや」

「エルガ、君……!」


 大将戦はもつれる──。

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