第44話 【あの人】と最終形態
「
グランの一瞬の剣技を受けてなお、エルガはそう口にした。
誰も目に追えなかった一閃のはずが、目立った傷は見られない。
それも含め、開始前から感じていた違和感をぶつけるように、グランは思わずたずねた。
「君は誰なの……?」
「フッ」
エルガは口角を上げて答えた。
否、すでにエルガの中に
「お前の“
闘技場内では大将戦が始まった中、裏の控え室へ向かう少女がいた。
その重い足取りで歩いているのは、アリアだ。
側近のセリンセに肩を貸される形で、よろよろと足を進めている。
「……始まったわね」
「そのようでございます。アリア様」
生まれて初めて負けた悔しさからか、いつもの
代わりに浮かべるのは、何かを考え込むような様子。
「グラン君……ね」
だが、そんなアリアからとんでもない話が飛び出す。
「【あの人】の話を聞いて、グラン君の強さに納得がいったわ」
「はい。まさかでしたね」
アリアの言う【あの人】。
それは『英雄に最も近い者』グローリアが、グランにやられて去り際に口にしていた人物と一致する。
「グラン君、彼は──」
アリアはチラリと闘技場方向を目を向けて言葉にした。
「“英雄たちに育てられた少年”」
その今まで誰も知らなかった事実を。
しかし、それでもアリアの顔は明るくない。
「でも、だからこそ【あの人】──“ヘルド”には勝てない」
また、英雄たちの里にて。
『剣聖』ザン、『魔女』デンジャ、『賢者』ウィズ、彼らグランの育て親はとある水晶を
そこには、ディセント学院で行われている大将戦の様子が映っている。
「おい、まじかよ……」
「まさかあの子の中に……」
「ヘルドが人格を乗っ取っているというのか……」
だが、三人とも言葉を詰まらせている。
エルガが言った“兄弟子”という言葉に、とある人物を思い浮かべたようだ。
口にした名は、アリアと同じく──ヘルド。
「もし本当だったらよお……」
「ええ、そうね……」
「わしらの第一子と言ったところか……」
不安が取り除けないといった英雄たち。
そんな様子の中、学院の大将戦は進む。
再び、闘技場内。
アリアや英雄達の言う通り、エルガの体をヘルドという男が操っているのだろう。
またグランも、名前は分からずとも目の前の男がエルガでないことは察していた。
「ど、どういう意味!?」
そんなヘルドの『兄弟子』という意味深な言葉に、グランは動揺する。
それが面白く思えたのか、ヘルドは両手を広げて続けた。
「じじい共は元気にしてるか?」
「え? じじい共って……」
ヘルドの次の言葉は、直接グランの脳内に届く。
『ザン、デンジャ、ウィズじじいのことだよ』
「……!」
グランとシンシアが初めて街で会った時、グランが使った魔法の一種だ。
こんな芸当、英雄レベルでなければできない。
「何を知ってるんだ!」
「フッ」
英雄たちからは「親の正体をバラさないように」と言われているグラン。
だからこそ、珍しく動揺を見せる。
ならばと、ヘルドはあえて挑発するように手を向けた。
「聞き出してみろよ」
「言われなくても……!」
グランは再び剣を強く握り直す。
そのまま、一直線にヘルドへ向かった。
「うおおおおおおおッ!」
声を上げるが、ヘルドの目の前でふっとグランは姿を消す。
誰にも目に追えない剣技だ。
だが──
「速さは中々だが、攻撃が直線的だ」
「……!?」
一瞬の内に何十と繰り出された剣技を、ヘルドは全て回避。
その上で、余裕の口ぶりまで見せる。
「俺も散々叩き込まれたからなあ」
「……! 知ったようなことを!」
その後もいくつか攻防を重ねるが、やはりグランが攻撃を当てることができない。
そんな様子を会場中が息を呑んで見守る。
「何がどうなってるんだ……?」
「まじで分からねえ……」
「あの速さの剣をどうやって避けてんだ?」
正確には、攻防を目で追えているものはほとんどいない。
だがそれでも、ヘルドにダメージが入っていないことだけは確認できた。
それは、待機所に戻った『七傑』でさえも。
「グラン君……!」
「これはやばいね」
アウラとシャロンですら、全容は把握できない。
だからこそ、実際に剣技を避けているヘルドの不穏さが増す。
「どうした、もう終わりか」
「くっ!」
まだ両者とも汗一つかいていないが、グランにとっては今までにない事態だ。
その顔色には若干の焦りが見られる。
対して、ヘルドは語りかけるように口を開いた。
「お前も辛かっただろう。じじい共にたくさん痛めつけられて」
「!?」
だがその言葉には、グランは首を縦に振らない。
「朝から晩まで散々叩き込まれて、あいつらは喧嘩ばかり」
「けんか……?」
「そうだろ。強き者はその分自我も強い。あんな存在が一つの里に集まるなんて不可能だったんだよ」
意見が食い違っているのだ。
グランは英雄達に対して「おせっかいだなあ」とは思いつつも、大切な家族であり、感謝もしている。
それどころか、口喧嘩はあっても、彼らが本当の喧嘩をするところなど見た事もない。
グランから見れば、みんな仲良しなのだ。
しかし、ヘルドの意見は違う。
ヘルドから出てくるのは、どこか英雄たちから乱暴に育てられたように思える発言だ。
「それは違う」
「あ?」
「たしかにみんなはおせっかいだよ。でも──」
だからこそ、グランは静かに怒った。
大好きな家族を無下に扱う発言だからだ。
「ちゃんと優しく教えてくれた!」
「……!」
ドンっと大爆発が起きたかと錯覚するほど、グランから魔力が
それと同時に、グランから天へと真っ直ぐに六色の“虹”が昇った。
ニイナ戦、グローリア戦でも見せた【極大魔法 虹】だ。
グランにのみ許された全属性魔法である。
「それ以上、悪く言うのは許さない……!」
グローリア戦では、剣に
それを今回は──自らの体へ向けた。
「はああああああッ!」
天に昇った【虹】が、グランに直下する。
全属性魔法を纏ったグランは、体から六色の光を発した。
今のグランの全ての攻撃には、【燃焼】や【凍結】など、ありとあらゆる効果が付与される。
この姿には、会場中が大盛り上がりを見せた。
「「「うおおおおおおおおおッ!」」」
「出たぞ、全属性魔法!」
「やっぱめちゃくちゃだよあいつ!」
「すごい幻想的……!」
【虹】を放出したのは三度目。
それでも、この非現実的な現象の前では、人々は何度も魅了される。
そしてこの魔法は、【虹】・【虹の裁き】ときて、ついに最終形態だ。
その最後を飾る必殺技名をグランは堂々と口にした。
「──【虹の人】」
その瞬間、ズコーと闘技場中がずっこける。
もちろんグラン陣営のメンバーも。
「ちょっ、正気なの!?」
「ふふっ……グランらしい」
「ああ、グラン君だな」
「寮長としては少し恥ずかしいけどね」
誰もがもう少しかっこよくしてくれと思っただろう。
だが、これはこれでグランらしい子どもっぽいネーミングだ。
しかし、その力は間違いなく本物。
「吐いてもらう。知っていること全部!」
「フッ、面白い」
グランは再びヘルドへ剣を向けた──。
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