第27話 最大の弱点

<三人称視点>


 朝、ディセント学院の生徒会棟にて。


「……ふぅ」


 たまっていた作業を終え、一息つくアウラ。

 魔法によるドーピングで頭は働いているが、連日の徹夜は精神的にキツかったようだ。


 と、そこ顔を見せる何人かの生徒たち。


「お疲れ様です、アウラ会長!」

「ああ。みんなもお疲れ様」


 アウラ以外の生徒会メンバーのようだ。

 彼女らは早速、アウラの机に並べられた資料に感心した。


「さすが会長です。こんなに早く終えるなんて!」

「そうかな。さほどではなかったよ」

「そんなこと! 私では一日かかっても出来るか分かりませんよ!」

「……」


 その言葉には、ふと心の中だけで答えるアウラ。


(ワタシも、徹夜してやっとだよ)


 尊敬する兄の代わりになるため、生徒会長は優秀でなくてはならないため、その事は隠したのだ。

 今までも、こうしてアウラは「完璧な超人」という体裁を保ってきた。


 そんなアウラに生徒会メンバーがニヤニヤと話しかける。


「そういえば、また会長宛てにお手紙ですよ~」

「相手は?」

「またファンクラブからのようです!」

「ふむ」


 今までも何度もこういうことはあった。

 アウラも慣れてきているようだ。


「会長はいつも慕われてて羨ましいです!」

「そうでもないさ」

「またまた~」


 アウラ自身、したわれるのは嬉しい。

 完璧であった兄に近づけている気がするからだ。


(完璧……か)


 だけど、何か・・が満たされない。

 人に慕われ、人に尊敬されるべき人物を目指しているのに、そうなると心にモヤがかかったような気持ちになるのだ。


 その原因は未だに分かっていない。

 

「それでは会長! 私たちは次の仕事に行きます!」

「ああ。よろしく頼む」


(なんなのだろうな、このモヤモヤは)


 そう考えていた時、生徒会メンバーが去った廊下から騒がしい声が聞こえる。


「ちょ、ちょっと君!?」

「ここは生徒会室だよ!」


「?」


 生徒会メンバーが誰かを止めるような声。

 その後には、昨日たくさん聞いた声。


「すみません! アウラ会長に用があって!」

「……!」


 グランの声だ。

 

「みんな、その者を入れてくれ!」


 アウラは咄嗟に廊下に声を上げた。


 彼女にそう言われれば仕方がない。

 生徒会以外の者が立ち入るには許可がいるが、生徒会の者たちも渋々グランを通した。


「アウラ会長」

「……グラン君?」


 明らかに緊張していた昨日の面持ちとは違って、ニコニコしているグラン。


「実は昨日言い忘れていたことがあって」

「なんだ?」

「あの、よかったら……」


 頭に手をやりながら、少し恥ずかしそうに口を開いた。


「俺と友達になりませんか!」

「!?」


 だが、その言葉に周りはぜん

 思わずグランを抑え込んだ。


「何言ってるんですか!?」

「相手は王族様で生徒会長様だぞ!?」

「すみません会長、この者は外に!」


 立場から考えれば、ありえない失礼な態度。


「……っ」


 しかし、なぜかドクンとしたものを感じるアウラ。

 

(ワタシと友達……?)


 近づきがたい『憧れの対象』ではなく、一人の人間としての『対等な関係』。

 それが求めていたものであったかは分からない。


 それでも、今までに感じたことのない胸の高鳴りだったのは間違いなかった。


「あれ、アウラ会長?」

「グ、グラ──」

「会長っ!」


 だが、その瞬間アウラは意識を手放した・・・・・・・







「失礼します」


 ノックをして医務室の扉を開けるグラン。

 そのまま、ベッドで眠るアウラの横の少女に話しかけた。


「会長はどうですか?」

「まだ眠られているみたいです」

「そうですか」


 そうして、少女の隣に腰かける。


 アウラが意識を失った時、すぐに医務室に運ばれた。

 それから教員の検査を受けた彼女は、休むよう言われてベッドで眠り、今に至る。


 生徒会メンバーも何度か訪れたが、今は会長の残り仕事に従事しているようだ。

 

「あなたがグラン君ね」

「あ、はい」


 そして、ずっとアウラの隣で様子を見守る少女に話しかけられる。

 制服は着ていないので生徒ではなさそうだ。


「私は代々フェイティア王家に仕える家の者。役職は、アウラ様専属のメイドですね」

「メイドさん」


 言われてみれば格好はそのまんまだ。

 年も同じぐらいだろう。


 それが分かったグランは、メイドに食い気味に話しかける。


「会長はどうしてこんなに無理を?」


 アウラが倒れた原因は『過労』。

 グランもそれは先程聞いていた。


「……あなたなら話しても良いかもしれません」

「どういうことですか?」

「私の身分では、アウラ様の意思を変えるようなことは許されておりませんので」

「……っ」


(すごく悲しそうな顔。そうか、この人は会長が無理をしてると知った上で、口を出せないのか……)


 メイドの立場を考えながらも、グランは彼女の話を聞いた。


「アウラ様の過去のお話です」


───


 ここはフェイティア王国。

 アウラ・フェイティアの出身国だ。


 大国としても名高いこの王家には、二人の兄妹がいた。


「兄上っ! 待ってください!」

「ははっ、こっちだアウラ!」


 二人仲睦まじく走り回るのは、幼きアウラとその兄『エラド』。

 アウラ大切にしていた形見・・の持ち主だ。


「わっ!」

「おっと。危ないぞ、アウラ」


 兄はまさしく秀才。

 剣術、魔法、勉学、全てにおいて秀でていた。

 歴代王家でも最高傑作とささやかれるほどに。


「えへへ。ありがとうございます、兄上」

「アウラはおっちょこちょいだからな。ほら、俺の後ろを付いて来い」

「はいっ!」


 しかし、アウラはそれほどでもなかった。

 王家らしい才能はあるものの、良くも悪くも


 だが、それでも国民は心配をしていなかった。


 あの兄がいればこの国は安泰。

 フェイティア王国の誰しもがそう思ったのだ。


 ──しかし。


「兄上……?」


 戦死。

 ほまれあるディセント学院で生徒会長を務めていた兄は、フェイティア王国の外交任務で命を落としたのだ。


「兄上、兄上……!」


 アウラは悲しんだ。


 ──だが、それ以上に。


「どうするんだ。エラド様がいなければ、時期国王はアウラ様になるのか?」

「優秀ではあられるが、やはりエラド様と比べてしまうとどうしても……」

「それでは国が安定するわけないだろう」


 周囲の目が変わった。


(……! ワタシが不甲斐ないから……?)


 このままでは王家の面子が持たない。

 下手をすれば転覆さえありえる。


「……」

 

 私が変わらなければ。

 決意したアウラは、血のにじむような努力を繰り返す。


 目指すは一つ。

 ディセント学院『七傑』トップ卒業。

 その何よりも偉大な肩書きを国に持ち帰る事。


 完璧だった兄上。

 それに自分がなることで、国民に安心してもらうために。


───

 

「そうして、アウラ様は日に日に過酷な積み重ねを行いました」

「会長……」

「実は、倒れてしまう事は今までも何度か合ったんです」


 メイドは、そっとアウラの手を握る。


「それでもアウラ様は『生徒のみんなに心配はかけたくない』と言って、過労を公表しませんでした」

「そんな……」

「ですが」

「?」


 しかし、ふとメイドがグランの方を向く。


「そんなアウラ様に唯一、弱みを見せられる人ができたんです」

「それって……」

「はい、グラン様です」

「!」


 それから、メイドはすっと立ち上がる。


「どうか、アウラ様をよろしくお願い致します」


 その言葉に、ニッコリと笑うグラン。


「元からそのつもりできました」

「……! やはりあなたに頼んで良かった」

「いえ」

「では、私はアウラ様の仕事を。後はよろしくお願いいたします」

「はい!」


 メイドは一礼をして医務室を去って行く。


「うっ……ん?」

「会長!」

「グラン君? ……はっ!」

「ダメです。また寝ててください」


 それと同時に会長が目を覚ます。

 だが、すぐに動き出そうとする彼女をグランが抑えた。


 ただでさえ力負けしているグランに、抵抗はできない。

 アウラはおとなしく元の姿勢に戻った。


 しかし、

 

「君には弱い所を見せてばかりだ」

「……」

「ワタシは、ワタシはっ……!」


 自分の情けなさに悔しさを見せるアウラ。

 遠すぎる兄との理想が彼女を苦しめるのだ。


「会長」

「……?」


 そんな彼女に、グランはニッコリと笑いかける。


 告げるのは学院に来た理由。

 そして、後にアウラを救うことになる言葉だ。


「もう一度言います。俺と友達になりませんか?」

「だが、ワタシは誰にも頼られる存在に──」

「俺は会長が完璧な存在だなんて思ってないです」

「……っ」


 対抗しようとするアウラに、グランはちょっと笑いながら言葉を並べる。


「人知れず早弁はするし、王女様なのに会食は苦手だし、呼び出したかと思えば謎の問答をするし……お弁当箱は可愛らしいし」

「……」

「それに、結局なんでも一人で抱えて周りを頼ろうとしません」

「……!」


 言葉を聞く度、高鳴るアウラの鼓動。


(まただ)


「だから会長」

「なんだ?」

「友達の俺をいくらでも頼ってください」

「……!」


 そうして差し伸ばされた手に、アウラの鼓動は最高潮を迎える。

 それが何なのかは分からない。


 だけど、アウラは素直にグランの手を取った。

 胸の高鳴りの正体を確かめたかったのだ。


「ああ、ありがとう」


 グランが今、心拍数を聞き取っていない使っていないことだけをただ願って──。







「……」


 アウラの保健室から去り、スタスタと早足で廊下を歩く少女。

 彼女の付きのメイドだ。


「いやいや!」


 だが、唐突にガンっと壁に頭を叩きつけた。

 まるで信じられない事でも起こったかのようだ。

 

「アウラ様、ドキドキして倒れたってどういうこと!?」


 保健室の教員との会話を思い出したのだ。

 

 曰く、生徒会室にて、アウラに謎の胸の高鳴りが発生。

 魔法にも優れるアウラの体は、とっさにそれを抑えようとしたが、どんな魔法も効かなかった。

 それにパニックを起こした頭が、連日の寝不足から来る疲労と重なり、倒れてしまったのだと言う。


「それって、『恋の病』ってこと!?」


 教員には原因を尋ねられて「さあ?」と回答したが、倒れたのはグランが生徒会を訪れたタイミング。

 詳しくは「友達になろう」と言われたタイミングだ。


「え、そんな弱いことある?」


 完璧そうに見せかけているだけで、実は弱点が多いアウラ。

 それは一番近くで見てきた彼女も知っていることだ。


 だが、ここにきて一番の弱点が暴かれた可能性がある。


「恋への耐性が……ゼロ」


 考えてみればそうだ。

 幼い時に兄を亡くし、当時から男勝りな道一筋。

 恋をしたことなんてあるわけがない。


「そうなると色々と問題が……」


 あの場でアウラを救えるのはグランしかいなかった。

 ゆえに彼に任せてみたが、考えてみればまずい。


 この学院で相手を見つけ、そのまま結婚するカップルは多い。

 貴族同士が多いため、メリットもあるからだ。


「グラン様って平民だよね……」


 しかし、平民相手ではそうもいかない。


 だが幸い、グラン側にはその気・・・はないようだ。

 その事実だけがメイドを救う。


「もう少し様子を見るしかないか」


 ぶつぶつと呟きながら、メイドは生徒会室へと戻った。





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アウラ生徒会長、ヤンデレへの道……?

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