第26話 本当の会長

 ディセント学院の生徒会長であり、『七傑』。

 この最高峰の学院においても、憧れの的だというアウラ生徒会長。


 それがどんなすごい人かと思えば……昼前に会った「早弁の人」じゃん!!


「……」


 長い黒髪の一部分を三つ編みに、全体的にキリッとした美しい容姿。

 王女様らしい格好も相まって、とても綺麗だ。


 でも……でも、あのイメージが崩れない!


「ではお嬢様。ごゆっくりと」

「うむ」

「あ」


 そうして執事さんは下がっていき、この場は二人っきりに。

 会食だけあって、並べられた料理は豪華だ。


「さあ。好きなだけ食べてくれ」

「は、はい」


 でも、会長側にはあまり置かれていない。

 もしかして……早弁をしていたから?


「とは言っても、今さら格好はつかないだろうな」

「え?」


 なんて考えていると、会長は肩の力を抜いたように背もたれに寄りかかった。


「よく黙っていてくれた」

「さっき会ったことですか?」

「そうだ」


 会長は半ば諦めたような顔でうなずく。


「バレたのは初めてだったよ。さすが『英雄を倒した少年』というべきかな。まさか、ワタシの探知に引っかからないなんてね」

「は、はあ……」


 それから、会長はふっと笑って続ける。


「こういう場は苦手なんだ。食事が喉を通らない」

「それで早弁を?」

「みっともない姿を見せたな」

「いえ」


 そういうことだったんだ。

 けど、それよりも……。


「意外か? ワタシに苦手なものがあって」

「ま、まあ」


 会長はふと窓を見上げた。


「みな、もてはやしすぎなんだ。ワタシは完璧な人間などではない」

「ですけど……」

「ふっ。他の者にそう聞いてきたか?」

「そうですね」


 ニイナ達には、会長は何事も完璧にこなして、誰からも尊敬される人だと聞いていた。

 正直、苦手なものってあるんだなって思ってしまったんだ。


「ワタシなんてまだまだだよ。……そう、ワタシが尊敬する人に比べたらね」

「?」

「だから完璧を目指す。それだけさ」


 その時見せた顔は、憧れの眼差し。

 だけど、それでいて悲しく・・・も見える、そんな表情だった。


「さあ、手を動かしたまえ。君はお腹が空いているだろう」

「あ、はいっ!」


 会長に再度促されて、俺を手を動かし始める。

 

「うわっ! おいしい!」

「ふっ。そうか、それは良かった」

「はい!」


 王族さんの料理は、さすがの味としか言いようがなかった。


「そういえば会長は、苦手なのにどうしてわざわざ会食を?」

「二人で話せる場はこれしかなかった。学院でも、周りには常に誰かいるからね」

「ふーん……」


 王女様で会長というのも大変なんだな。


「それで、話というのは?」

「そうだったな。では、単刀直入に聞く」

「!」


 会長はじっとこちらを見て尋ねてくる。


「君は、一体誰に剣を習った?」

「え」


 今までにないほどの、すごく強い眼差し。

 これが会食に呼び出して聞きたかった事なんだ。

 

 だけど、


「えっと……飲んだくれのおじさんです」

「飲んだくれ?」


 期待に添えるような自信はない。

 それぐらいしか思い付かないし。


「すみません、名前は控えるように言われてて」

「そうか、君にも事情があるのだろう。では、他に何かないか?」

「他ですかー」


 ザンの事を思い浮かべて、いくつか言ってみる。

 あんまり好印象は持たれないと思うけど。


「ぐーたらで、ひげがじょりじょりしてて」

「……うむ」

「いつもヘラヘラして、女性にちょっかいかけて」

「…………う、うむ」

「でも──」

「?」


 でも、好きな所は一つある。


「剣を持つとかっこいい、そんな人です」

「……! ふっ、そうか。やはり・・・な」

「やはり?」


 会長はザンを知ってる?


「グラン君」

「なんでしょうか」

「私と手合わせをしないか」

「え?」


 立ち上がった会長はニッコリと笑った。


「もちろん食べてもらった後で構わない。いいだろうか」

「わ、わかりました……」

「ありがとう。では、まずは味わってくれたまえ」





 昼食後。


「では、やろうか」

「はい!」


 アウラ会長も軽装に着替え、庭の広場でお互いに剣を構える。


「もう一度確認する。使うのは剣のみ、魔法は禁止。君なら家が破壊しかねないからな」

「あ、あはは」

「止めるタイミングはうちの者が指示をしよう。いいだろうか」

「分かりました」


 相手は学院の生徒会長にして『七傑』。

 きっと手強い相手になる。


「遠慮はいらない。きたまえ」

「いきます!」


『開始!』


 執事さんの指示と同時に、土を蹴る。


 会長は受身の構えだ。

 それならこっちから行くまで!


「……!」

「やはり速いな」


 先制で出した俺の攻撃は空を切り、会長は後ろに下がる。


「観戦と実践でこうも違うか。さすがだな」

「いえ」


 正直、今のは当てたと思った。

 やっぱり会長はこの剣術を知ってる? 


「さあ、こい!」

「はい……!」





『そこまで! グラン君の勝利!』


 何度かの攻防の末、広場に執事さんの声が響く。

 俺たちは剣をしまい、握手を交わした。


「さすがに強いな」

「いえ、そんなことは」 

「ありがとう」

「こちらこそです」


 会長にはなんとか判定勝ち。


「……」


 だけど、正直嬉しさより違和感が残った。

 何度もチャンスを逃したんだ。

 いつもなら斬ってるタイミングで。


「会長……」


 今まではこんなことが無かった。

 会長は違った型だけど、なんとなくザンの剣術を研究している・・・・・・ような感覚があった気がするというか。


 あとは……悲しみ?

 そんなものが伝わってきた。


「では、学校で会う事があればまた」

「はい……」


 そうして会長とは別れた。

 用事は少し話をしたかったのと、手合わせだったみたいだ。


「アウラ生徒会長かあ」

 

 周りから見れば、完璧なスーパー超人。

 なんでもできて、みんなの憧れ。

 欠点なんて無いと聞いてきた。


「うーん」


 だけど、本当にそうなのかな。

 第一印象が早弁の人だったせいか、俺にはそこまで完璧には見えない。

 苦手なこともあるし、剣術にしてもどこか無理をしている感じが垣間見えた。


「……」


 会長って、本当はどういう人なんだろう。







<三人称視点>


 同日、夜のアウラ邸。


「ふぅ……」


 風呂から上がり、髪は下ろしているアウラ。

 しかし、表情はどこか思い詰めた様子だ。


「兄上……」


 そっと撫でるのは、大切に置かれたとある剣。

 形見・・のように置かれている物だ。


「ワタシは兄上の代わりになれますでしょうか」


 アウラはその剣を握り、刀身に自分を映す。

 その目元はどこかうつろだ。


「完璧で皆から尊敬されていた兄上のように」


 そして、いつものように問いかける。

 だが、その問いには自分で首を横に振る。


「きっとまだまだなんでしょうね。兄上はもっとすごかった」


 剣を置き、机に向き直る。

 本来ならば寝る時間も、彼女にとっては違う。


「生徒会の資料をまとめなければ。学院訪問の予定もあったな。目安箱のまとめも。それに明日の予習に、今日の復習もだ」


 しかし、化粧をとった目元はひどい隈になっている。

 連日のように過酷な作業量をこなしているようだ。


「ふっ。やはりワタシでは兄上のように効率よくできませんね。これは今日も寝られないかな」


 そうして、アウラはこの日も朝まで作業を行うのであった──。

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