第21話 シンシアとグローリアの因縁

<三人称視点>


 グローリアの講義終了後。


「この辺でいいかな」

「……はい」


 学院のすみっこ、花壇かだん以外は何もない場所でグローリアは後ろを振り返った。

 付いて来ていたシンシアも立ち止まる。


「悪いね、こんなところまで。君だけを呼ぶと生徒達が怪しんで仕方なくてね」

「……それより、話ってなんですか」

「ふっ」


 フードから顔をのぞかせるシンシア。

 その目はギロリとグローリアをにらむ。


「そんな怖い顔をしなくてもいいじゃないか、シンシアさん。いや、それとも……」

「?」

「シンシア・フローラ・・・・さんと呼んだ方がいいかな」

「……ッ!」


 その瞬間、シンシアが腰から抜いた細剣がグローリアのほおかする。


「やっぱりあの時の……!」

「姫様がそんな言葉遣いをしていいのかい? いや、姫だったかな」

「このっ!」

「おっと」


 抜いた細剣で振り払おうとしたシンシア。

 その剣はいとも容易たやすくグローリアに止められる。


「講義外の抜刀は禁止だ。僕が叫べば、君はすぐに退学だぞ」

「ぐっ……!」


 しかし同時に、今の自分とグローリアの実力差も痛感してしまう。


(私じゃ斬れない……!)


「とにかく剣は仕舞ってくれると助かる。物騒じゃないか」

「どの口がっ!」

「──二度も言わせるなよ」

「……!」


 それでも言う事を聞かないシンシアに、グローリアが一瞬だけ大剣を抜く素振りを見せる。


「くっ……」


 それだけでシンシアの体は萎縮いしゅくしてしまった。

 『英雄に最も近い者』の肩書きは伊達じゃない。


「いい子だ。周りには……誰もいないな」


 そうして、グローリアは魔力で周囲を探知。

 誰も引っ掛からない・・・・・・・・・ことを確認した。


「ちょうどいい。少し昔話でもしようじゃないか」


 それは、今から十年ほど前の出来事。


───


 ここは『フローラ王国』。

 今は亡き・・・・シンシアの故郷の国だ。


 領土も軍力もない小国ではあるものの、「世界の全ての花々が咲き誇る」として有名な国であった。


「きれい~。ふふっ」


 視界に広がる花畑を前に、笑顔を浮かべる少女。


 綺麗な栗色の長い髪。

 感情をそのまま表に出すような性格。

 そして、オッドアイの赤色の左目・・・・・

 

 フローラ王国の姫として生まれた、幼き頃のシンシアだ。

 この時の名は『シンシア・フローラ』である。


「シンシア様」

「あ、じいや」


 そんなシンシアの隣に、執事『じいや』が腰を下ろした。


「お嬢様はお花が好きですな」

「うん、大好き!」


 この時のシンシアは五歳。

 当時は少々おてんばで、常に走り回っているような性格だったが、花畑を前にした彼女の笑顔は王国中にいやしをもたらすと評判だった。


「ですがシンシア様。そろそろ剣術のお時間です」

「えー」


 ほおふくらませるシンシア。

 この時のシンシアは剣が好きではなかったよう。


「どうかそうおっしゃらずに。いつかの脅威きょういのため、シンシア様にも戦いを覚えてもらわなくてはならないのです」

「きょうい? いつくるの?」

「ここは小国ですからね。油断はならないのです」

「ふーん」


 曖昧あいまいに返事をするシンシア。


「わかったー」

「お花は後でもめますからね」

「……うん」


 じいやに従いはするが、この日も「心ここにあらず」といった態度で剣の修行にのぞむシンシアであった。





 その晩。 


「シンシアの調子はどうだ」

「はい。筋は良いのですが……」


 話しているのは二人。

 シンシアの父──国王と、シンシアの執事じいやだ。


「シンシア様自身、あまりやる気がないようで」

「そうであるか」


 それほど修行に身が入っていないシンシア。

 じいやには見抜かれていたようだ。

 

「あの頃の少女に、いきなり剣と言っても難しいものなのか」

「……否定はできません」

「それでも剣は学んでもらわなくてはならん」


 そう言いながら国王は立ち上がる。


「いずれシンシアに国を継いでもらうためにな」

「はい」


 だが、そのいずれ・・・は来なかった──。




「きゃあああああ!」

「逃げろおおおお!」

「隣の国へ急ぐんだ!」


 燃え盛る王国。

 逃げ惑う人々。


 王国は一夜にして地獄絵図となってしまった。

 原因は──魔物の大群の襲来。


「「「グオオオオオオオオッ!!」」」


 それもありえないほど強力で、自然発生とは思えない数。

 その勢いは、魔法大国アリスフィア王国ですら滅ぼしかねないほどだ。


 そんな中、崖の上で高笑いをする男が一人。


「ハーハッハッハッハ!」


 男は仮面を身に付け、その地獄絵図を楽しむかのように笑う。


「うまくいったぞ! やはり【あのお方】の言うことは絶対だ!」


 この男が魔物を先導したことは明らか。

 つまり、全ての元凶だったのだ。


「ハァ、ハァ、ちょっと騒ぎ過ぎたか。……ふぅ」

 

 そして一瞬、男はその仮面を脱ぐ。

 暑さからか、目の前の光景を確かめたかったからかは分からない。


「素晴らしい眺めだ」


 その瞬間を一人の少女が目撃した。


「……!!」


 お城をこっそり抜け出してきていたシンシアだ。

 シンシアは両手で口を抑え、息を必死に殺す。


 ──だが、


「あ? いまそこに誰かいたか?」

「……!」


 男の視界の片隅に映ってしまっていた。


「出てこい!」

「……っ!」


 怖くなったシンシアは、必死に走り出す。

 幸い、地の利はシンシアに分があった。

 シンシアは捕まることなく逃げ切ったのだ。


 しかし、フローラ王国はその夜に滅びてしまった──。





 そうして、のちに違う地にして、とある広報を目にしたシンシア。

 それには思わず目を疑う。


『次なる英雄の誕生』

『魔物を一人で片付けた【光の剣士グローリア】』

『フローラ王国には間に合わなかったが、他国への被害を抑えた英雄』


「……!!」


 まつり上げられていた男は、間違いなく仮面の男。


「ふざけ、ないでよ……!」


 まず考えたのは、真実をおおやけにすること。

 だが、その考えはすぐに捨てた。


 記事が捏造ねつぞうであることは自分しか知らない。

 ならば信じてもらえないどころか、今かくまってもらっている場所での立場が悪くなるだけだ。


 そんな選択肢は存在しない。


「何が、英雄……!」


 故郷が滅び、悲しみにくれていたシンシア。

 その悲しみが憎しみへと変わる。


「こんな人が英雄と呼ばれるなら、私はもう英雄を信じない!」


 英雄への憎しみ。

 そして、自分への弱さへの憎しみだ。


「私がもっと強ければフローラ王国は……!」


 決意したシンシアは行方をくらませる。

 好きではなかった剣を片手に、憎しみを剣術へとあてることで腕を磨いた。


「私が……!」


 そうして十年後、ディセント学院に第四位で合格するのだった。


───


 グローリアは腕を広げながら、首を横に振る。


「あれは悲しい事故だった」

「……事故、ですって?」

「そうだろう」


 グローリアの顔がどんどんとゆがんでいく。

 まるでこちらの顔が本性かのように。


世間的・・・には、魔物の襲来ということになっているのだから」

「それはお前がっ!」

「声を上げるな。人が来るだろう」

「……!」


 今ここで斬りかかっても無駄。

 それが分かっているシンシアは、怒りの表情のままに尋ねる。


「どうして学院へ来た」

「君と同じようなものさ。そうだろ!」

「──ッ!」


 グローリアは一瞬の内に、前髪で隠れたシンシアの左目をあらわにする。


「あの日取り逃がしたネズミを捕まえるためだよ」

「……!」


 シンシアが常にコートをまとい、前髪を左目を隠す理由。

 それがこの特徴的な“瞳”だった。


「それはフローラ王家特有のオッドアイ。あの日見た、少女の瞳と一致する!」

「ぐっ!」

「僕は君を見つけるため。そして君は、僕が学院卒業生だと知ってこの学院に来た、そうだろう?」

「……そうだ」


 シンシアはグローリアの手を振り払う。


「私はここで情報を得るため、そしてお前を殺す力をつけるためにここへ来たんだ!」

「だと思ったよ」

「でも、その前に……」

「ん?」


 怒りの目をぶつけるシンシア。

 一番聞きたかったことがまだあるのだ。


「どうしてフローラ王国だったの」

「ん、ああー」


 対して、グローリアはふっと鼻で笑った。


「“花”が必要だったんだよ。大量のね」

「花……?」

「あそこは世界中の花が咲き誇る。【あのお方】から話を聞いてね。僕もまさか、花が強くなるきっかけ・・・・・・・・とは思わなかったよ」


 グローリアは、手に“六色”の炎を灯した。


「おかげで僕も全属性・・・持ちさ。それに剣聖クラスの身体能力もね」

「……そんなことで」

「僕もびっくりだよ。どんな文献にも載っていない知識だからね。【あのお方】は本当に偉大さ」

「違う!!」


 自慢げに話すグローリアをさえぎるよう、シンシアが声を上げた。


「そんなことを聞きたいんじゃない! それならお前は『別に花があればどこでも良かった』とでも言うのか、聞いてるんだ!」

「……ははっ」


 グローリアはさも当然かのように笑った。


「当たり前じゃないか」

「……ッ!」

「とある花が手に入ればそれでいい。それが、たまたま・・・・フローラ王国だっただけの話さ」

「ふざけるな!!」


 シンシアの渾身の抜刀。

 それを止めたのは──グランだ。


「……!? グラン!?」

「シンシア、これ以上はダメだ」


 そして、冷静にシンシアの細剣を手放す。

 まさかの登場にグローリアが口を開く。


「これは驚いた。いつからそこに?」

「──黙って」


 だがそれを一蹴いっしゅう

 グランはグローリアに背を向けたまま、シンシアに優しく手を差し伸べる。


「大丈夫?」

「グラン! どうして私を止めるのよ!!」

「ここで手を出せば、シンシアは退学になる」

「それでもいい! 私はこいつを殺すために──」

「ダメだよ」


 グランはシンシアの両肩に手を乗せる。


「シンシアはいつも楽しそうにしてた。学ぶことも好きなはずだ。だから、ふくしゅうで学院を棒に振っちゃいけない」

「でも……! だけど……!」


 シンシアはあふれてくる涙を抑えるよう、両手で顔をおおう。


「私じゃ勝てない!!」

「……!」

「正面からじゃ復讐なんてできっこない! だから、今ここで!」

「そっか」


 そんなシンシアの頭に、グランはそっと手を乗せる。


「ちょうどいい。俺も言おうと思ってたことがあるんだ」

「……グラン?」

「こんな気持ちになったのは初めてでさ。これが怒る・・って感情なのかな」

「……!」


 シンシアが見上げた先。

 そこには、怒りを向けられていない自分ですら、ぞっとしてしまうほどのグランの怒りの表情があった。


「グローリア」


 そのままグランは立ち上がり、グローリアに向き直った。


「友達を泣かせるお前を絶対に許さない」

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