第18話 幻想的な全属性魔法

 「ニイナ、ちょっとまぶしいかも」


 魔法における六属性、その全てを一つの巨大な球に収めたグラン。

 そして、そのまま解放する。


「──【極大魔法 にじ】」


 空に向けて放たれたのは──「虹」。


 完璧に制御された六属性が、それぞれ綺麗な色を帯び、六色の虹となってどこまでも伸びていく。

 垂れることなく天を突き抜けるそれは、終わりが見えるはずもない。


 そのあまりに神秘的な現象は、人々を魅了し、視線を掴んで離さない。


「すっげえ……」

「なんだこれ……」

「夢を見ているみたいだ……」


 魔法は威力が上がるほど、また属性が混ざるほど、制御が難しくなり暴れ馬のようになる。


 だが、グランの魔法は明らかに違った。


 魔法をつかさどる六属性全てが、窮屈きゅうくつそうにせず、自由に空を舞う。

 その全てが調和された幻想的な魔法は、見ている者の心をいやすかのようであった。


 そして、一番近くで目の当たりにしたニイナは、


「……っ」


 この魔法にどこか懐かしさ・・・・を感じていた。


「まさか、あの時の…?」


 グランが作った幻想的な光景は、いつの日にか見た不思議なものと似ていたのだ。


 頭の片隅に残るかすかな記憶。

 幼少期、まだ魔法を習い始めたばかりの頃の記憶だ。


 城を抜け出したニイナは、遥か遠くで空へと昇る「虹」を見た。

 それにあこがれ、魔法に興味を持ち、ニイナは魔法を好きになった。


「綺麗でしょ」

「!」


 ぼーっと見入るニイナに、グランが話しかけた。


「昔、師匠に一度だけ見せてもらった魔法だよ。俺はこれを見て魔法を好きになったんだ」

「……!」


(わたしたちは、同じ景色を見ていた……?)


 もしも、あの時の虹がグランの師匠のものだったなら。

 そんな考えがニイナの頭をよぎる。


 そうして、グランは微笑ほほえみながら問いかけた。


「ニイナ、君も魔法が好きなんじゃないかな」

「なに勝手なことを!」


 戦いを始める前、グランはニイナに「同じに見えた」と言った。

 それは魔法に対する想い。

 少なくともグランは、ニイナを魔法が好きな者同士と見ていたようだ。


「好きでもないと、あんなすごい魔法は使えないよ」

「……っ!」


 今のニイナが魔法を学ぶのは、力を求めるため。

 王家という重圧、周りの環境、それらにし潰されないために。


 でも、グランの言う通り、始まりは違ったのだ。


 ニイナはただ魔法が好きだった。

 ある日見た虹に憧れ、純粋な気持ちで魔法を学び始めたのだ。

 それをグランが思い出させてくれた。


 姉アリアからの言葉を受け、黒く染まっていたニイナの瞳、


「……ふふっ」


 そこに光が戻った。 


「降参よ」

「えっ」

「もう、戦う気力なんてないわ」


 そして、世界樹の杖をその場に置いた。

 プライドの高いニイナが負けを認めたのだ。


 それでも、今のニイナはスッキリとした表情に見える。


『勝者グラン!』


 それを見てベネトラ先生が手を挙げる。


「「「うおおおおおおおっ!!」」」


 グランの魔法に見惚みとれていた観客たちも、その宣言にハッとして、割れんばかりの大歓声を上げる。

 それは開始前の比ではない。

 

「すごかったぞー!」

「なんだよさっきの!」

「わけわかんねえ!」


「ニイナ様もご立派でした!」

「これは相手が悪すぎます!」

「かっこよかったです!」


 立ち上がった観客たちは思い思いに声を上げる。

 みんな、内容に大満足しているようだ。


 ……グラン以外は。


「え、ちょっと待ってよ」

「ふふっ。どうしたのよ」

「一応、まで用意してたんだけど」

「はあっ!?」


 声を上げ、ニイナはバッと空を見上げた。


 たしかにまだ虹は消えていない。

 ただこれを見せるだけならば、持続させる意味もないはずだ。

 

「これから、この虹を使って──」

「ふふっ……」

「?」

「あははははっ!」


 そんなグランに、ニイナは声を上げて笑う。

 「とっておき」である「虹」ですら誰も止められない上、まだ次を用意していたと言うのだから。


「本当に化け物ね。まだ上があるだなんて」

「そ、そうかな」

「負けてこんな気分になったのは初めてだわ」

「?」


 それからニッコリとした笑顔を見せるニイナ。


「完敗よ」

「……! そっか」


 ニイナのその表情に安心して、ふっと虹を魔法を止めるグラン。

 

(笑顔のニイナは久しぶりに見たな)


 そうして、


『両者、中央へ』


 ベネトラの指示により、最後の握手を交わす。


「グラン」

「ん? ──!」


 唐突にニイナが手を引き、グランへ顔を近づける。

 そのままそっと耳元でささやく。


「ありがとう」


 今までとは少し違う赤らめ方をした表情で、ニイナは満足そうに去って行くのだった。




 序列戦を終えた観客席。


「あれが首席グランかよ」

「結局六属性って本物なのか?」

「実際に見ても信じられねえ」


 徐々に席を立つ者がいるものの、興奮はまだ冷めやらず。

 両者をたたえる声で会場は埋まっていた。


 一部を除いて。


「ちっ!」


 変装までして見に来ていた、一年序列第二位のエルガ。

 舌打ちをしながら、憎悪すら感じる目付きで会場を去る。


(俺の時は本気じゃなかってか? ああ!?)


「おもしれえじゃねえか……!」


 この序列戦をきっかけに、さらなる闘志を燃やしたようだ。




 また、口元に手を当てて何やら考え事をするシャロン。


「……なるほどねえ」

 

 何とも感情を読み取れない表情で会場を後にした。




 そして、ニイナの姉──アリア・アリスフィア。

 今回も特別に用意させたVIP席で観戦をしていたようだ。


「帰るわよ」

「姫様、午後からはご会談が──」

「断りなさい」

「ですが、今回は大切な……ひっ!」


 予定を伝える執事だが、アリアの顔を覗いた途端に後ろにのけぞってしまう。


「今は他のことを考えられないの!」


 黒く染まりきった目に、とても高揚こうようしたような表情のまま、


「イイ、イイわ……ますます欲しいっ!」


 不気味に階段を降りていくアリアであった。







<グラン視点>


 空がすっかり赤く染まった、綺麗な夕暮れ時。


「で?」


 高い声で発せられた言葉が辺りに響く。

 俺は彼女の方を振り返って聞き返した。


「どうしたの?」

「……だ・か・ら!」


 途端に彼女は声を上げた。


「なんでわたしがこんなボロい寮に来てるのかって、聞いてんのよー!」

「うわわっ!」


 声を上げたのはニイナだ。


「ニイナ、落ち着いて」

「落ち着けないわよー!」


 今は放課後。

 初の序列戦を終え、俺たちは寮で「お疲れ様会」を開いていた。


 具体的には何も決めてなかったけど、シャロン先輩が「バーベキューをやろう」と提案してくれて今に至る。


 ニイナを連れて来たのは俺だ。


「まったく! なんでわたしがこんなこと!」

「だって、ニイナが負けたらなんでもするって」

「それは! そうだけど……」


 そして、そのニイナを連れて来た理由。

 彼女が序列戦で負けた場合、「なんでもする」と言ったからだ。

 俺はそれを使って、この場にニイナを呼んだんだ。


「わたしはてっきり、その……」


 口を尖らせたニイナは、ぼそぼそと続ける。


「友達になれとか、そういうことかと……」

「うーん」


 けど、それには首を縦に振らない。


「命令でなれって言うのも、なんか違うかなって」

「~~~! もう、どうして今になって……」

「え、じゃあなってくれるの?」

「……っ! だ、誰があなたなんかと……!」

「?」


 途中で言葉が出てこなくなったニイナ。

 かと思えば、バッと胸の前で腕を組んで、横目でこちらを見てくる。


「いや、やっぱり……なってあげても、いいけど……」

「え? なんだって?」

「~~~!」


 よく聞こえなかったから聞き返すと、ニイナは顔を真っ赤にした。


「なってあげてもいいわって、言ったのよー!」

「いてっ!」


 からの謎のビンタ。

 なぜか物理防御が全く効かなかった。


「ふんっ!」

「……ははは」


 なんだか態度がひどくなったように見えるけど、こっちのニイナの方が似合っていると思う。

 それも変な話だけどね。


「ね、ねえ! ところでなんだけど……」

「ん?」

「わたしも……その、朝練に参加したいわ」

「朝練?」


 それって、剣を振ったり魔力を練ったりする、あの朝の日課のことかな。

 最近はシンシアとも一緒にやってるけど。


 ……でも、あれ?


「ニイナに日課の事言ったことあったっけ?」

「~~~! あ、あるわよっ!」

「ええ?」


 多分なかったと思うんだけどなあ。

 と、そんな会話にシンシアが割り込んで来る。


嫉妬しっと?」

「はあっ!?」

「私とグランが一緒に朝練してるの知って、嫉妬してる」

「そ、そんなわけないでしょっ!」


 なんだか盛り上がってる。

 シンシアもああ見えて意外と物を言うからなあ。


「大体あなたねえ! いつもいつもあいつと一緒にいて!」

「いいでしょ。私はグランの友達だもん。一番の・・・

「きー!」


 何やらヒートアップし始めた。

 もう俺のことは見えていないのかも。


「へえ」

「あ、シャロン先輩」


 そんなところに、シャロン先輩が肉を運んできてくれた。

 けど興味があるのは話の方みたい。


「グランとあの子はそういう感じなんだね」

「そういうとは……?」

「いや、こっちの話さ」

「?」


 それから先輩は、俺の方を見てニヤっとした。


「それなら僕も立ち回り・・・・も変わってくるなあ」

「は、はあ」

「ごめんね、気にしないで。ほら肉も余ってるから」

「あ、ありがとうございます……」


 そうして、シャロン先輩はまた戻っていく。

 何の話かは結局分からなかった。


「うーん?」


 なんとなく、シャロン先輩はニイナの方を見てた気がするけど……何か関係あったりするのかな。


「まあ、いっか」


 でも、今は気にしないでおこう。

 聞き返しても答えてくれ無さそうだったし。


「ちょっと! あなたも焼きなさいよ!」

「あ、ごめんニイナ!」

「グラン、大丈夫。一番の・・・友達の私が焼くから」

「そこ強調するんじゃないわよー!」

「あはははっ!」


 こうして、初の序列戦を終えた俺たちは、お疲れ様会で無事に仲を深めることとなった。


 ニイナが戻った理由は分からないけど、以前のように話せるのは嬉しい。

 晴れて友達にもなれたしね。


 朝の日課も参加するみたいだし、これからも良い関係を築けたらと思う。

 最初は少し不安もあったけど、今思えば、序列戦は正解だったみたい。


「はい、さっさと次持ってきなさい!」


 ちなみに、一番騒いでいたのはニイナだった。

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