第17話 初の序列戦「グランVSニイナ」

 「とっておきを用意してきたんだ」


 冷たい目付きで睨まれるも、グランはいつも通りのワクワクしているかのような表情。

 だけど、今のニイナにはそれがかんさわった。


「笑っていられるのも今の内だわ」

「そうかもね」


 そんな両者の話を切り、審判が指示を出す。


『両者、構え』


 審判三人の内、最も権力を持つ主審は担任のベネトラ先生だ。

 戦闘の継続・中止はベネトラ先生が行う。


『お前ら、俺の指示には従ってもらうぞ』


「はい、先生」

「ええ」


 一つ注意を入れ、ベネトラは合図を出した。


『では、開始!』


「──闇よ、まとえ」

「……!」


 開始早々、ニイナは構えた杖にドス黒い球をいくつか出現させた。

 そしてそのまま、それらを周囲にバラけさせる。


「【大魔法 ブラックホール】」

「お、おお、おおおっ!?」


 それぞれが吸収の力を持つ球だったようだ。

 グランはあちこちに体を引っ張られ、同時に魔力も吸収されていく。


「ぐ、ぐぐぐ……せいっ!」

「──!」


 しかし、それもつかの間、抜いたのすら目に追えないほどの剣技で全てを斬ってみせた。


「あぶねー!」

「魔法を剣で、ね。相変わらずぶっ壊れてるわ」

「そうかな」

「……ええ」


(さすがにこの程度の魔法じゃ、こいつ相手には話にならないわ)


 破られることは予想の範囲内ではあるが、もう少し苦労してほしかったのがニイナの本音だ。

 そんなことはいざ知らず、グランは呑気に話しかける。


「それ、良い杖だね!」

「……なんのつもり、かしらっ!」


 最低限の答えは返しながら、ニイナは次なる一手を撃ち続ける。

 同じ闇属性にしても、それぞれ違った魔法だ。


「興味があるだけだよ!」

「……!」


 ただしそれも、ほんの一瞬の内に全て斬られる。


(その程度じゃ通用しない、とでも言いたげね)


 ならば、とニイナは仕方なくグランにのった。

 攻撃はゆるめないままに。


「これはアリスフィア王家のみに伝わる『世界樹の杖』よ!」

「世界樹の?」

「ええ! 今は場所が明らかではない・・・・・・・・・・けれど、世界に一本しか生えていないとされる神聖な樹から造られた古代の産物よ」

「そうなんだ!」


 素直に感心するグラン。

 その話に関連して、頭にはとあるモノが浮かんでいた。


(じゃあ里に生えてた『世界樹』って大きな樹は、違うものなんだろうなあ)


 否、本物である。

 世界樹は英雄たちが里を切り開いた際に持ち出したが……その話はまた今度。


「そんなより、あなた……!」

「?」


 だが、そこでニイナの攻撃の手が止まる。


「なんで攻撃してこないのかしら?」

「なんでって言われても……」


(やっぱり会話だけじゃダメかあ)


 グランは極力手を出したくなかった。

 魔法は斬っても反撃するつもりがなかったのだ。


 それはグランの意思に加え、『魔女』デンジャから「女の子は守ってあげるものよ」と教えられてきたからでもある。


 しかし、そんなことをニイナが許すはずもなく。


「……そう、わかったわ」

「ニイナ?」

「じゃあ、これならどうかしら」

「!」


 ニイナはさらに冷酷な目を向ける。

 また、それと共に魔力がふくれ上がっていく。


「極大魔法」

 

 魔力量、そしてその言葉に観客席はざわつく。

 どうやら広く聞き及んだ単語だったようだ。


「極大魔法だと!?」

「おいおい大丈夫か!」

「あいつ、死ぬんじゃないか!?」

「どころか、会場がぶっ壊れるぞ!?」


 魔法とは、威力によっていくつかに分類される。


 弱いものから順に、小<中<大<極大。


 グランと戦っていたエルガでさえも、放っていたのは中、もしくは大に分類される魔法である。

 つまり、一番威力が高い分類の魔法なのだ。


「もう容赦ようしゃしないわ」

 

 しかも、ニイナの場合はそれだけではない。

 ニイナは詠唱を続けた。


「炎」


 ニイナの真上に巨大な炎の球が出現した。

 『世界樹の杖』の効果も相まって、その大きさは見る者を圧倒する。


 だが、本番はまだここから。


「──光、闇」

「……!」


 炎の球に、闇と光が混じる。

 三つの属性は互いの力を高め合い、やがて赤・紫・黄が混沌とした極大の炎が出来上がる。


「驚いたかしら」


 これはニイナが独自に作り出した魔法。

 三つの属性を持つ・・・・・・・・彼女だからこそできる、唯一の魔法だ。


「あなた、火と水の属性を持っているでしょう? エルガとやらと戦った時、使っていたわよね」

「……そうだよ」


 通常、人が生まれ持つのは “一属性のみ” 。

 二属性を持つだけでも、どの国の魔法使いでもトップになれるほどの希少な存在なのだ。


「でも、わたしの前では無駄なの」


 だが、ニイナは “三属性持ち” 。

 これは世界でも五人と存在しないと言われる。

 魔法国家アリスフィア王国の王女、その名に恥じない魔法適性の持ち主である。


「わたしは、火・光・闇の三属性持ちよ」

「……!」


 これにはさすがにグランも驚きを隠せない。

 そして、先ほどまで騒ぎ立てていた観客席は、もはや心配で染まっている。

 

「あれがニイナ様の!」

「三属性なんて反則級だろ……」

「あいつ生きて帰れるのか……?」

「審判は止めないのかよ!?」


 対して、闘技場内の審判団。


「ベネトラ先生!」

「これはさすがに!」

「……」


 だが、ベネトラが首を縦に振らない。

 主審が了承をしなければ試合は続行されるのだ。


 その様子に、ニイナは不敵な笑いを浮かべた。


「審判も止めないみたいね」

「うん」

「今さら怖気づいても、もう遅いわよ……!」


 これはニイナの正真正銘、最大級の魔法。 

 今自分が持つ全てを駆使してやっと一発出せる魔法だ。


「くらいなさい!」


 グランに放たれた【極大魔法 原初の炎】。

 光と闇、正と負のエネルギーが中心で混ざり合い、莫大ばくだいなエネルギーを生み出す。

 また、それを囲うように螺旋らせん状に炎が廻転かいてんする。

 

 この学院においても、これを受けられる者は数人といないだろう。


 だが、グランは──


「すごいな、ニイナ」

「……なっ!?」


 避けることなく、直前に迫ったその魔法を、ただの拍手でかき消す。


 これは『無の拍手』。

 エルガ戦で見せた、対魔法無敵の防御技だ。


「はあああああ!?」

「どういうことだ!?」

「え、は、拍手!?」

「極大魔法だぞ!?」


 静まっていた観客は途端に声を上げる。

 しかし、そのほとんどは何が起きたか理解していない。


 その一方で、


「……参ったなあ」


 シャロンをはじめ、『無の拍手』を理解した側は言葉すら出てこない。

 まさにお手上げ状態だ。


 だがその中で、一番の絶望を感じ取ったのは──ニイナ。


「どういう、こと……?」


 ニイナは、エルガ対グランの対決から『無の拍手』の原理を知っている。


 これは、相手の魔法の威力や性質を瞬時に読み取り、全く同じ力で打ち消す・・・・・・・・・・ことで成立する、高度な魔力制御だ。


「どうして……?」


 だからこそ・・・・・、おかしい。

 

 対エルガで見せたグランの属性は、『火』・『水』。

 光を打ち消す『闇』、闇を打ち消す『光』は持っていなかったはず。


 そして、そこから導き出される答えとは──。


「そんな、まさか……!」

「次は俺の番だね」


 グランは再び笑った。

 そうして、腕を天に掲げる。


「火、光、闇──」

「!!」


 浮かび上がらせるのは、唱えた三つの元素。

 ニイナと全く同じ属性のものだ。


「あいつ、嘘だろ!?」

「ニイナ様と同じ!?」

「三属性持ちなのか!?」

 

 だが、ニイナは確信していた。


(こいつはたしか、水も……!)


「水」

「……っ!」


 世界で五人もいないと言われる三属性持ち。

 そのことに誇りを持っていたニイナは、目の前の現実を受け止めきれない。


「さっさときなさいよ! それぐらい!」


 つい声を荒げてしまう。


 体ではすでに分かっている。

 それでも、四属性持ちがいるなんて事実を、ニイナの頭は理解することを完全に拒否する。


「は、はあっ!?」

「待て待て待て!」

「冗談だろ! 冗談だと言ってくれ!」


 それは観客席もまるで同じ。


 だが──まだ終わらない。


「土」

「はあっ!?」


 さらに五つ目の属性、土が加わった。


 終いには、


「風」

「──!?!?」


 グランの頭上には、六つ全ての属性を含んだ、混沌を超えるナニカ・・・が生まれた。


「嘘でしょ……」

 

 その非現実的なものを前に、ニイナは膝をつく。


 ニイナは三属性を生まれ持った。

 二属性ですら魔法使いのトップとなれるこの世において、それは大いなる才能。


 だが、その分コントロールは難しいのだ。


 二属性を同時に制御するだけでも、相当な年数がかかる。

 せっかく二属性を生まれ持つも、それを制御できず、魔法としての道を諦めたまま一生を終える者だって決して少なくない。


 それが三属性ならば、難易度は想像を絶する。


 歴代王女でも天才と呼ばれるニイナ。

 彼女ですら、三属性を制御するのに十数年費やしたのだ。


 だが、目の前の少年グランは、


「これが俺の魔法だよ」


 六属性全てを手中に収め、全てを完璧に制御している。

 この光景はニイナですら、いや複数を制御する苦労を知るニイナだからこそ、自分の目を疑うしかなかった。


「ニイナ」

「……?」


 もはや方針状態のニイナに、グランは優しく微笑みかける。


「ちょっとまぶしいかも」


 そして、その全属性を制御した魔法を天に向けて放った。


「──【極大魔法 虹】」

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