第16話 アリスフィア王家の姉妹

<三人称視点>


「あなたに正式に『序列戦』を申し込むわ」


 グランに人差し指をピンと向けるニイナ。

 言い放ったのは宣戦布告だった。


 だが、グランにとっては突然の出来事。

 声を掛けられた時から覚悟していたとはいえ、実際に言われるとドギマギしてしまう。


「ニ、ニイナっ!? ちょっと──」

「待たないわ」

「!」


 グランへ向けるのは、冷たい視線。

 グランの真っ直ぐさに動揺させられていたニイナは、どこかへ消えてしまっている。


「……っ。でも、それぞれの賭けるものとか!」

「なんでもするわ」

「え!?」

「わたしが負けたらなんでもする・・・・・・って言ったのよ。ただし──」


 夕日を反射して輝く金の髪を後ろへやりながら、ニイナは冷たい笑みを浮かべる。


「わたしが勝ったら……あなたは、わたしのものになりなさい」

「!」

「以上よ」


 そうして、ニイナはグラン達に背を向ける。

 去り際には、自身の書く項目を埋めた申請書を落としていった。


「……」


 それを拾いながら、ニイナの後ろ姿を見つめるグラン。


「ニイナ、雰囲気が違った……?」


 今までのニイナとは確かに雰囲気が違ったことを感じ取るのだった。


 彼女の雰囲気が違った理由は、前日にさかのぼる。







 ニイナがグランへ序列戦を申し込む前日・・

 豪邸の大広間にて。


「まったく、あの庶民ったら!」


 ニイナはいつものように・・・・・・・グランの話を執事に向かってしていた。


 入学してから数日。

 グランは未だに、めげずニイナに「友達になろう」と言い続けてきていたのだ。


「それからね!」

「ふふ」

「……? 何よ、面白い事でもあったからしら」

「いえ、これは失礼しました」

 

 そんなニイナに、執事は微笑ほほえみながら返す。


「姫様は彼のことが随分お気に入りのようで」

「はあっ!? そんなわけないでしょ!」


 そう言われた途端、かあっと赤くするニイナ。

 執事という近しい存在でなくても、こう思うのは自然だろう。


「ですが、お帰りの際には必ずと言っていいほど彼のことを……」

「だから! それはあいつがちょっかいをかけてくるからでしょ!」


 キッと執事を睨むニイナ。

 執事は微笑ましく目を細めた。


「そういうことにしておきます」

「本当に違うんだからー!」

「はい。──!」


 しかし、突然ニイナの家のチャイムが鳴る。

 ニイナは不思議そうに執事を見上げた。


「今日の予定なんてあったかしら?」

「いえ、そんなものは……」


 口に手を当てて考えを巡らす執事。

 学院の手が届く範囲とはいえ、万が一の場合も考えたのだ。


 だが、そんなことは否応いやおうなしに、ニイナと執事の頭の中に直接声が響く。


『開けなさい』


「「……!」」


 胸を締め付けるような冷たい声。

 特に、ニイナにとっては。


「姫様!」

「……許可するわ」


 にらむような目付き、歯を食い縛るような表情で答えるニイナ。

 執事はニイナに従って扉を開けた。


「お邪魔いたします」


 丁寧な所作と共に、ニイナの家に入って来たのは豪華ごうか絢爛けんらんな格好の女性。


「もう、私が入るのに許可なんているのかしら? ニイナ」

「……っ! アリア、お姉様……!」


 彼女の名は『アリア・アリスフィア』。

 ニイナの出身──魔法大国『アリスフィア王国』の第一王女にして、ニイナの実の姉にあたる人物。


 グランの入学試験をVIP席で眺め、グランの代表挨拶時には、周りを魔法で操作することで拍手の輪を生み出した。


 だが、その行動とは裏腹に、


(相変わらずのようで! アリアお姉様……!)


 ニイナを覗くは、一切の光も持たない冷たい目。

 また、綺麗なたたずまいからは想像もつかないような、果てしないプレッシャーを周囲に放つ。


 まさに冷酷な王女そのものだ。

 

「ニイナ?」

「は、はい……」


 恐れるのは妹であるニイナも例外ではない。

 実の姉にもかかわらず体は震え、近づいてくる顔から遠ざかることもできない。


 そうして、アリアはニイナの耳元でささやく。


「グラン君、だったかしら」

「……!」

「あの子、面白いわね」

「それは、どういう意味、ですか……?」

「ふふふっ」


 それはとても聞き逃せるものではない言葉。


「あなたもそう思うでしょう?」

「そ、それは……」

「いいのよ言わなくても。姉なら分かって当然よ」

「……!」


 それには反応を示すニイナ。


(今まで、姉らしい事なんて一度も……!)


 だが、反発したい気持ちはのどを出ていかない。


「それよりニイナ。アリスフィア王家のやり方、知らないわけではないわよね」

「……っ!」

「欲しいものは力づくで、よ」

「──!」


 そこまで話し、アリアはようやくニイナの耳元から離れる。


「私からはこれで。お邪魔したわね」


 そうして、目が一切笑っていない笑顔で去っていくのであった。


「姫様!」

「…………」


 執事が駆け寄るも、今のニイナには届かない。


 アリスフィア王家には血塗られた歴史がある。

 戦争で国をおこし、力づくで配下を増やし、今の地位にいたという歴史が。


 そんな帝王学とも呼べる王族の教育を、アリア・ニイナ共に幼少から受けて来たのだ。


 それでも、ニイナはまだ黒く染まり切ってはいなかった。

 そんな彼女を、教育を思い出させることでアリアが染めようとする。


「……!」


 ニイナに植え付けられた教育が、記憶が、嫌だったと振り切ったはずのものを思い起こさせる。




 一方、ニイナ宅を出たアリアは不敵に笑う。


「ふふふっ」


(ニイナ、あなたに光なんて似合わない。もっと黒く、王家に染まりなさい)


 そんなアリアに、戸惑いながら付きの者が問いかける。


「よ、よろしかったのですか、アリア様」

「何がかしら」

「その、妹様をあのように……。 ──!」

「なに?」


 その瞬間、アリアは付きの者の首を掴んで宙へ浮かせた。


「私に口答えなんて。随分と偉くなったものね」

「そ、そういうわけでは……!」

「あらそう」

「うぐっ!」


 だが、すぐに放して地面へ落とす。

 まるで興味を失った玩具おもちゃを捨てるように。


「クビよ」

「なっ……!」

「明日からはいらないわ。を用意しなさい」

「そんな、アリア様!」

「──うるさいわね」


 そんな玩具には、その冷たい視線を向けることすらしない。


「分かったかしら」

「かしこまり、ました……」


 付きの者は、ガクっとその場で膝をついた。







 グラン対ニイナ・アリスフィア、『序列戦』当日。

 これが一年生初、そして学院全体でも今年度初の『序列戦』ということもあり、闘技場は人で埋め尽くされていた。


「ニイナ様ー!」

「あれがニイナ・アリスフィア様か!」

「なんと美しい!」


 魔法大国の王女であるニイナを応援する者、心酔する者、また、


「あれって首席の奴か」

「グランだったか?」

「なんかすげえって噂だぜ」

「首席で変なこと言ってた奴だよな?」


 グランへの興味で訪れる者、代表挨拶での印象が残っている者など、実に様々な者が見に来ている。


 さらに、中には名のある者まで。


「ふふふっ」


 不敵な笑みを浮かべるアリア・アリスフィア、


「うーん、興味深いねえ」


 グランと同じ寮の長にして、学位『七傑』の一人シャロン、


「……ちっ」


 そして、なぜか変装をしている受験次席のエルガなど。


 まさに大注目の一戦となっていた。

 しかし、闘技場内の者──ニイナはそこまで高揚こうようしているわけでもなく。


「逃げなかったのね」

「もちろんだよ」

「その心意気だけは認めるわ」


 むしろ、冷めているようにすら見える。

 そんなニイナにグランは笑顔で話しかけた。


「ねえ、ニイナ」

「なにかしら」

「魔法って楽しくない?」

「……はっ」


 だが、ニイナは冷たく嘲笑あざけわらった。


「そんな感情で魔法を学んだ覚えはないわ」

「そっかー。結構、同じ・・に見えたんだけど」

「……なんですって?」

「ううん、なんでも」


 今のニイナには言葉は届かないのかもしれない。

 彼女の光を失った目がそれを物語っている。


 ──それでも、


「あなたは楽しそうね。ヘラヘラして」

「まあね。なんたって……」

「?」


 グランはニッと笑う。


「とっておきを用意してきたんだ」

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