第13話 対決の行方

 「これで終わりだよ」

「……!?」


 エルガから距離を取り、魔力をこめるグラン。

 剣はしまい、魔法を繰り出す構えだ。


「炎」

「……! てめえっ!」


 グランの手元に灯るは──炎。

 通常の人間は、六属性の内どれか一属性を生まれ持つ。


(こいつ、俺と同じ属性か……!)


「ナメやがって!」

  

 エルガも魔法を出す構えを取る。

 自身のアイデンティティであり、唯一の武器でもある炎属性。

 それで負けるわけにはいかないのだ。


「まだだよ」


 だが、ニっと笑ったグラン。

 次の瞬間には──


「大きくなれ!」

「んなっ……!?」


 手元の炎を一気に拡大させた。


 詠唱すらなく、なんともふざけた言葉のみでふくらむ炎。

 その大きさはグラン側の闘技場を半分埋め尽くすほど。


 もはや、グラン自身が巨大な炎の化け物すら見える。


「なんだよあれ!」

「炎が一瞬であんなに!?」

「そんなの反則だろ……」


 戦闘に盛り上がりを見せていたクラスメイト達も、思わず固唾かたずを飲む。

 高揚こうようの感情が恐怖へと傾きつつあるのだ。


 そして、


「じゃあ、仕上げ」

「……!?」


 グランは巨大な炎を変形させた・・・・・

 ──しかし、


『そこまでだ』

「「!!」」


 審判である先生が戦闘を止める。


 だが、今から決着というこの状況。

 エルガが真っ先に声を上げる。


「はあ!? 今から良い所だろうが!」

「黙れ」


 エルガを一蹴いっしゅうした先生は、チラリとグランに視線を移す。


「今時点ではこいつに勝てない。自分が一番分かってるんじゃないか?」

「……っ!」

「お前はもう長く持たない。そうだろう」

「んなこと──」

「あるだろう」


 先生はエルガの弱点を指摘し始める。


「おそらく、今まではその火力で短期決戦で決着が着いた。だが、今回が相手が悪かった」

「……っ」

「後半、動きが悪かったのは長期戦を見越せていないだからだろう」

「何が言いてんだよ? せんせー」


 ギラリと睨むエルガに対し、先生はふっと笑い、頭に手を乗せた。


「伸びしろがあるってこった」

「……! ちっ!」


 悔しそうに手を先生の手を除けるエルガ。

 それでも、今までのような憎悪は持っていないようだ。

 

「んで次、グラン」

「は、はい!」


 次にグランに目を向ける先生。


「……」

「先生?」


(直に見るのは初めてだったが、まさかここまでとはな。審判の俺がビビったのはさすがに想定外だ。……それでも)


惜しい・・・な」

「え?」

「お前、今まで学校は?」

「行ったことないです」

「だろうな」


 グランの答えに納得を示す先生。

 少し口角を上げてグランに伝えた。


「ここに来て良かったな」

「?」

「お前はまだ学ぶことがある。だがそれは教わるものじゃない。自分で見つけてみろ」

「は、はい!」


 そこまで話し、次は観客席を含めた全体に声を届かせる先生。


「はい撤収てっしゅう。これにて『序列戦』予行・・は終わりだ」

「「「え?」」」


 だけど、グランは会話に付いていけていない。


「あの先生、序列戦って……?」

「ったく、お前はそこからか。仕方ねえ」


 質問に答えるよう、先生が一から説明を始めた。


 まず『序列』。

 これは学院内のランキングのこと。

 四半期に一度更新されるそうだ。


 学院内の成績や、外部での功績、あとは“直接対決”を考慮して決められる。

 この直接対決を『序列戦』と呼ぶ。


「だが、学院はエルガあのアホみたいな脳筋ばかりじゃない。生徒の中には研究職に付きたくて通う者もいる。そんな奴に対決されるのは酷だろう」


 つまり、序列戦は順位入れ替わり戦ではない・・・・

 『序列』に対する大幅な加点にはなるが、その結果で直接順位が入れ替わることはないのだ。


「というか、俺一人が審判じゃそもそも成り立たねえ」


 序列戦とは、学院伝統のシステム。

 行う際には公式に申請を出し、両者が同意した条件でのみ受理される。


 またその時は、最低でも審判として教師が三人必要なのだ。

 これは不正を防ぎ、公平性を保つためでもある。


「上の者に挑むにはそれなりの条件が必要だ。何かを賭ける必要がある。それでなお上の者が受理した場合のみ、序列戦は行うことができる」


 ここまで説明を聞き、クラスの者が口を開いた。


「じゃあ、どうして先生は二人を対決させたんですか!」

「決まってるだろ」


 先生はグランとエルガを指差す。


「今の学年トップレベルを直接見てもらうためだ」

「「「……!」」」


 これにはクラスメイト達の顔がひきつる。


「お前らも聞いたかもしれないが、はっきり言ってこの代のレベルは高い。それも、黄金の世代と呼ばれるほどにな」

「「「!!」」」

「それで鼻が高くなるのも結構。……だが」


 ごくりと固唾かたずを飲んで話を聞く生徒たち。

 先生は容赦なく言い放った。


「そんだけ競争も激しいってことを忘れるな。お前たちが相手をするのは、グランやエルガあいつらだぞ」


 そこでくるりと背を向け、先生は背中越しに言葉を残す。


「振り落とされるなよ」

「「「……!」」」


 その一言には、クラスメイト達も気合が入る。


「てことで、担任の『ベネトラ』だ。これからお前らの面倒を見てやる。よろしく」


(((ここで……!?)))




 こうして、入学早々の受験トップ対決を繰り広げたグラン。

 ほっと安堵あんどすると共に、ベネトラ先生の言葉を思い返していた。

 

(学ぶべきこと……)


 今はまだ分からないが、ベネトラ先生が考えなしに言ったのではないことは分かった。


(良い先生に出会えたかも)


 そして、エルガも何かを感じ取ったようだ。


「……ちっ」


 そうして、簡単なレクリエーションをの後、グランの入学初日は終えたのだった。

 

 





 学院初日の放課後。

 もっとも高級住宅街である『一番街』、その中の大豪邸にて。


「もうっ! なによ!」


 一人の少女は早足で廊下を歩く。

 ニイナ・アリスフィアだ。


 彼女は絶賛イライラ中。

 学院初日からプライドが傷ついたからだ。


「庶民のくせに……!」


 自らが「庶民には受かるはずがない」と直接伝えた少年が首席となり、自分は『序列』第三位。


 その上、目の前ですごい戦いを見せつけられた。

 王女としてのプライドを持つニイナにとっては、屈辱くつじょく的なものだったのだ。


「しかも、あいつ……」


 ニイナは魔法にけている。

 グランがエルガの最初の攻撃をき消した拍手が、魔法だと気づいていたようだ。


「どうやったかは知らないけれど、おそらく使ったのは水属性」


 通常、生まれ持つのは一属性のみ。

 もし二属性を持って生まれたならば、どんな国でもトップの魔法使いになれるほど希少な才能と言われている。


「あいつ複数持ちとはね」


 そんな才能を持つ者を見抜けなかった、さらにその本人が庶民の分際で「友達になろう」などと言ってきたあのグラン。

 色々なことが重なり、ニイナはイライラしていたのだ。


「あとは……」


 加えて気になるのは、ベネトラ先生が戦闘を止めたタイミング。

 正直ニイナとしても、両者の魔法をぶつけてほしかった。


「あんなきたならしいなりで、意外と生徒を考えているのね」


 出した答えは、ベネトラ先生があえて・・・計らったという事。


 最後の場面、炎を巨大化させたグランは、さらに何かを起こそうとしていた。

 魔法を変化させかけたのだ。


「……」


 何かとは、おそらくエルガと“同じ魔法”。

 それも、どう見てもより高威力の。


 グランはあの短時間の中でエルガの魔法を分析し、吸収。

 完全なコピーをしたのだ。


「けれど、そんなことをすれば彼……」


 どう見ても精神が成熟していない今のエルガに対して、グランが上位互換の魔法をぶつける。

 そうなれば、怒りが反転して我を見失う可能性すらある。


 それを考慮して、ベネトラ先生が止めただとニイナは理解した。

 見るのと実際にぶつかるのでは訳が違うのだ。


「ふんっ。まあいいわ」


 それでもニイナが浮かべたのは、高揚した表情。


「それなら、わたしが直接確かめるだけよ」







「あ、ここだ」


 ディセント学院から徒歩十五分。

 近いとも言えない微妙なラインの場所で、グランは足を止めた。


「これが学生寮かあ」


 目の前の建物には『学生寮ディセンティ』とある。

 ここは学院外に家を持たぬ者が入る学生寮だ。


「みんなは家とかあるんだよね」


 普通の学校なら学生寮もそこそこ人も入るが、ここは世界中から貴族やらが集まるディセント学院。

 人気ゆえに高騰こうとうする学院近くだろうと、金は惜しまず家を建てたり、高級アパートを借りるのだ。


「うーん……」


 グランはそれを羨ましいと思うわけではない。 

 思うわけではないが、疑問は残る。


「うちの家族は誰もお金を持ってないなんて。里に来る前はどんな仕事をしてたの……」


 英雄たちの里は自給自足。

 魔法やら知識やらでなんでも揃うが、金は持っていなかったのだ。


「まあいっか。って、あれ?」

「あ」


 そうして寮に入ろうとしたところ、たまたまクラスメイトと顔を合わせる。


「シンシア!」

「……グラン?」


 仲良くなれそうと思っていたコートの女の子──シンシアだ。


「シンシアもこの寮なの!?」

「うん、そう」

「やった、一緒だね!」

「グランもなんだ」


 多少心細かった二人にとって、これは嬉しい出会いだった。

 と、そんなところに……


「やあ、いらっしゃい」

「「!」」


 上級生らしき男が音もなく姿を見せた。

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