第3話 異質な存在

<三人称視点>


 ここはディセント島、とある大豪邸。

 ディセント学院からも最も近く、一番家賃が高いとされる『一番街』に居を構える大豪邸だ。


「姫様。こちらを」

「ありがとう」


 その豪邸の中の大きな一部屋。

 きらびやかなシャンデリアが吊るされ、シワ一つないクロスが引かれたテーブルの上、一杯の紅茶が注がれた。


「……ふぅ」


 その部屋でただ一人座っている彼女はニイナ。

 ディセント島行きの船にて、グランに話しかけた少女だ。


「いかかでしょうか、姫様」

「まあまあね」


 彼女の本名は『ニイナ・アリスフィア』。


 世界の中でも魔法国家として名高い『アリスフィア王国』。

 ニイナはその第王女なのだ。


「姫様」

「なにかしら」

「先程の少年の件ですが……」

「!」


 だが、執事がその話を持ち出した途端、ニイナの手がぴくりと揺れる。

 王女らしからぬ様子で紅茶を置いたニイナは、キッと執事の方を向いた。


「あれがどうしたって言うの!」

「い、いえ」

「あんな失礼な奴見たことないわ! このニイナ・アリスフィアに向かって!」


 彼女は世界でも最も権威のある王家の一つ、その王女様だ。

 たとえ国が違っても彼女を知らない者など存在するはずがない。


 それをグランとくれば、「君は?」という始末。

 さらには……


(俺と友達になろうよ!)


 あろうことか、友達になろうと言い出そうとしてきたのだ。

 ニイナにとっては、今思い出しても腹立たしい。


 生まれた時から周囲からもてはやされ、全てを手にしてきたニイナ。

 欲しいものはなんでも手に入り、周囲の人間はみな下から・・・彼女を見つめていた。


 それが、馴れ馴れしいにもほどがある口ぶりである。


「……っ」


 ディセント学院はどの国にも属していないため、各国のしゃくや地位は関係ない。

 とは言うものの、卒業後も良好な関係を続けたいとなれば、どちらかがどちらかを敬うのは至極当たり前のこと。


 大国の王女であるニイナは、当然のように敬われる側だと思っていたのだ。


「それをあのグランとかいう奴……!」


 覚えるつもりもなかったが、変に接してしまったことで名前も頭に残ってしまっていたのだ。


「ひ、姫様。少し落ち着いてくだされ」

「……そうね。悪かったわ」


 同じく船に乗っていた執事によって落ち着きを取り戻すニイナ。

 だが冷静になると、グランの失礼な態度以外にも思い出すことがある。


「それにしてもあいつ、異質な存在だったわね」

「左様でございますな」


 ニイナ・アリスフィア。

 彼女が得意とするのは「魔法」だ。


 その魔法国家の王家という名に恥じることのなく、立派な魔法の実力者であるニイナ。

 彼女はグランの異質さ・・・に気づいていたのだ。


「魔力が全く漏れ出ていないなんて」


 魔力は制御能力を高めるほど、自身から漏れ出る量を少なくすることが出来る。

 ただ、漏れる魔力を完全に消すことをできる者などはいない。


 そこで、ニイナをはじめとした魔法の実力者は、相手から漏れ出るわずかな魔力から属性や質、どんな魔法を使うかを予測するのだ。


「そんなのわたしですら……」


 事実、すでに国家最高戦力クラスであるニイナでも、微量の魔力は漏れ出ている。

 もっとも、普通の者には捉えられないほどわずかであり、それなりの実力者でなければ感知できないほどではあるが。


「姫様はそれに気づいて話しかけたのでしょう」

「ええ、そうね」


 だが、あの不思議な少年グランは全く漏れ出ていない。

 魔力を完全に制御しきっていたのだ。


「そんなの、かの英雄──魔女デンジャ以外に聞いたことがないわ」


 歴史上でそんな芸当ができたとするなら、魔女デンジャぐらいである。

 まさかそれがグランの魔法の師だとは、今のニイナに考えられるはずもないが。 


「たしかに異様なことには変わりありませんでしたな」

「ええ」


 紅茶を口に運びながら、グランについて考えるニイナ。


「でもまさか──」


 だが、考えれば考えるほど、思い出されるのはグランの純粋がゆえの失礼な言動。

 ニイナは物音を立ててコーヒーカップを机に置く。


「あんなに失礼な人だとは思わなかったけどね!」


 しかし、その顔は少し赤く、動揺しているようにも見える。

 ニイナが嫌でも思い出してしまったのは、昔のふとした記憶。



───


 アリスフィア王国の王宮にて、幼き・・ニイナは窓から外をのぞく。

 見えるのは、集まって遊ぶ同年代の貴族たちだ。


「わたしもみんなと遊びたい……」


 窓に両手を付き、うらやましくそれを見つめる幼きニイナ。

 そんな彼女に声を掛けるのは、魔法の師。

 王族直属の魔法使いだ。


「いけませんお嬢様。お嬢様はあのような者たちは生きる世界が違うのです」

「少しだけでも──」

「そんなのでは、いつまで経ってもお姉様には追いつけませんよ」

「……」

「ほら、昨日の続きからやりますよ」

「……はい」


 そうして、幼きニイナはこの日も魔法へと励むのであった。


───


「……っ!」


 そんな記憶を、首を左右にブンブンと振ることで頭から離そうとするニイナ。

 とっくに捨てたはずの感情を、なぜかここにきて思い出しそうになったのだ。


(なんで今更……!)


「姫様、いかがなさいましたか」

「なんでもないわ」


 紅茶を口にしながら、ニイナは冷静を装う。 


「ですが姫様、あの少年はおそらく学院に合格してくるかと──」

「そんなわけないでしょ!」


 たしかに魔力の扱いは異質。

 それでも、色々な思いが重なってグランを認めたくないようだ。


「それに、あんな奴なんかどーでもいいの! わたしは……」


 一呼吸つき、再び開いたニイナの目は冷たい。

 今まで瞳に宿していた光は失われ、憎しみにも似た感情を持ち合わせているかのような目だ。


「わたしはあの偉そうな姉様・・に勝つためにこの学院に来たのだから」

「……ニイナ様」

「今日はもう寝るわ」

「かしこまりました」


 そうして、金色に輝く長い髪をパサっとなびかせ、ニイナは静かに自室へと戻って行くのであった。





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※今はツンツン、その内デレます。

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