第2話 いきなり踏んだ地雷

<グラン視点>


「おー、見えてきた!」


 海上を走る船から身を乗り出して、進行方向に目を向ける。

 視界に入ってくるのは、一つの大きな島だ。


「でっけえ……」


 その島は、地元の里とは比べものにならないほどに大きい。

 まだ到着していないここからでも分かるほどだ。


「楽しみだなあ」


 里から出発した後、山を越えて谷を越えて異空間を超えて来たわけだけど、学校まではこの船に乗るように言われた。

 船に乗るよりも早く着くのにどうしてだろう。


「……! あれが!」


 そんなことは思いつつも、島の奥から顔を出す高い建物に俺は興奮した。

 あれが試験を受ける学院──『ディセント学院』だ。


 ディセント学院は、周囲を海に囲まれて独立した島に建っている。

 学校は世界にたくさんあるとグレイおじいちゃんから聞いたけど、どうしてわざわざここを受けさせたのかは知らない。


 まあ、いっか。

 学校には変わりないだろうし。


「すっげえー!」


 また、船が島に近づくにつれて、学院以外の建物も見えてくる。

 その豪華さは学院に負けず劣らず。

 あれが「都会」っていうやつなんだ!


「ふわあ……!」


 それに、建物が理路りろ整然せいぜんと建っている。

 うちの里では、上下左右、空間・異空間に関係なく建てちゃうけど、整った姿もあんなに美しいんだなあ。


 というか、もしかしたらそっちが常識なのかも。


「あの島に行くのは初めてかしら」

「ん?」


 そんな時、唐突に後ろから声を掛けられる。

 振り返った先にいたのは……一人の女の子だ。


 金色に輝く長い髪、鋭い目付きが目立つ小顔。

 高貴で気品あふれる白ドレスに身を包み、大きな胸の前で腕を組んでいる。

 態度から自信に満ちているのが伝わってくる。


「えと、君は?」

「……! あなた、わたしを知らないの」

「え?」


 そう尋ねた途端、周囲からざわざわとした声や嫌な魔力を感じる。


「あいつ、あのお方を知らないだと!?」

「信じられない!」

あの人の妹君・・・・・・だぞ!?」


 こ、これはまずい!

 空間を断絶された里に住んでることがバレたら面倒な事になる!

 って、ウィズじいちゃんが言ってた!


「ご、ごめん! 俺、すっごい田舎から出てきて……」

「あらそう。それはよっぽどの田舎なのね」

「う、うん……」


 彼女のにらみつけるような視線から目を逸らしながら、こくりとうなずく。


「ふん、まあいいわ。わたしも試験前だもの。厄介事を起こす気はないの」

「ほっ」


 セーフ!

 明らかに睨まれていたけど、なんとか許してくれたみたい。


「ん」


 と、そんな彼女の態度を見てピンと思い付く。


 この船に乗っているということは、おそらくこの子も受験生。

 見た目からも同年代ぐらいだと思う。

 これは……初の友達を作るチャンスなのでは!


 そう思った俺は彼女に近づき、彼女の肩に手を乗せる。


「あの!」

「なにかしら」

「良かったら……」


 少しドキドキするけど、俺は思い切って声に出す。


「俺と友達になろうよ!」

「……! はあっ!?」

「俺、学院には友達が欲しくて来たんだ! だから──」

「!」


 ──しかし、


「貴様、このお方をどなただと心得ておる!」

「うわっ!」


 突然、彼女の後ろから割り込んで来た男性に引きがされる。

 白髭しろひげを生やした黒スーツの大人の人だ。


 大人の人は、彼女を守るようにしながら伝えて来る。

 彼女を守る様子から察するに、執事さんのような存在なのかも。


「あまりれ馴れしくするでない! この方をどなたと心得る! 姫様、ひとこと言ってやってください!」

「……」

「……姫様?」

「はっ!」


 彼女は執事さんに問いかけられて、ようやくハッとする。

 そうして、若干顔を赤らめながら、俺にビシっと指を指した。


「そ、そうよっ! あなたのような平民と、と、友達だなんてありえないわ!」

「……っ!」


 がーん!

 しまった、高貴な人にこれは地雷だったか!

 機嫌を損ねてしまったかも!


 また、そんな声が響いたからか、周りもさらにざわざわし始める。


「なんだなんだ!?」

「友達って言ったのか!?」

「あのお方にそんなこと言う奴がいるわけねーだろ!」


「……!」


 その様子に、彼女は一層顔を赤らめながら執事さんに指示を出す。


じい! あの目障りな人だかりをなんとかしてちょうだい!」

「かしこまりました」


 執事さんは彼女の言う通りに動く。

 人払いが済んだのか、周りはすぐに静かになった。


「コホン」


 そうして、わざとらしく咳払いした彼女が話し始める。

 顔はまだ若干赤い。


「まったく、これだから平民は。わたしはニイナよ」

「ニイナ……!」

「何よ」


 ニイナは再び胸の前で腕を組む。


「ううん、名前を教えてくれたと思って。俺はグランだよ!」

「ふん、あなたの名前は聞いてないわ! それよりも──」

「?」


 チラっと視線を向けてくるニイナ。

 その視線はどこか上から目線のようにも見える。


「あなたはディセント島が初めてなのよね」

「うん」

「それなら、わたしが教えてあげてもいいけど?」

「え、いいの!」


 だけど、出てきたのは意外な言葉。

 おじいちゃん達から何も聞かされていない俺は、素直にお願いした。


「お願いします!」

「ええ、記念に・・・聞いておくことね」

「記念?」


 ふっと笑ったニイナは、その視線のまま学院や島について話してくれる。


 独立した島『ディセント島』に建つ、ディセント学院。

 そこは、世界で最も権威のある・・・・・・・・・・学院だそうだ。

 剣、魔法、知識……あらゆる道を極めんとする者が目指すという。


 また、学院を卒業すれば国に祝福され、どんな功績よりもステータスとなる。

 さらに、上位成績ともなればその待遇は段違い。


 貴族は一気に上位貴族へと地位を上げ、王族の一員になることすらあり得る。

 富・権力はもちろん、成り上がりや一家の復権さえたくされて入学する者もいるほどだそうだ。


 ここは上流階級が自らの家の権威をかけ、切磋せっさ琢磨たくまする最高峰の学院だという。


「まあ、そんなところかしら」

「へ、へえ~。そうなんだあ……」


 ニイナには苦笑いを返しながら心の中で思う。


 なんでそんなところを受けさせようと思ったの!?

 俺なんか普通の学校で良かったのに!


「どうよ。これで学院のすごさが伝わってきたかしら」

「う、うん。すごいや……」

「だからね」

「え?」


 ニイナは一歩踏み込んで顔を近づけて来る。


「あなたのような、ヘラヘラした庶民が来て良い場所じゃないんだからっ!」

「……!」


 そして、さっき俺が言ってしまったことを思い出したのか、ニイナはまた顔を赤らめながら口にする。


「その上、あろうことかわたしに……と、友達だなんて!」

「いや、それは……」

「姫様、もうじき着きます」


 そこまで話して、タイミングよく船はディセント島に着く。

 執事さんがニイナの荷物を持つのを見て、俺は慌てて声を掛けた。


「あ、ニイナ!」

「何よ!」

「色々教えてくれてありがとう」

「……! ふんっ!」


 ニイナは腕を組みながらこちらに背を向ける。

 さらに指だけをこちらに向けて言い放つ。


「良いかしら! あなたのような庶民は絶対に受からないわ! 絶対にね!」


 そうして、ニイナは誰より早く船を降りて行った。

 まだ若干顔を赤らめながら。

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