三〇.五年後

 二〇三五年。一一月二二日。


「ああ、緊張してきた」


 彩美は、いつにも増して呼吸が早い。


「ちょっと、ここで倒れないでよ」


 僕は、彩美の背中をさする。


「みんなに見られるのは、初めてだから。変じゃない?」

「全く。すこぶる可愛い」


 彩美は、「もう!」と頬を膨らませながら、僕の肩を強く叩いた。


「それでは、新郎新婦、入場です」


 司会のなみさんの合図で、大阪城大広間の扉が開く。

 ゲストからの歓声と拍手を受けて、メインテーブルへ向かう。

 彩美のウエディングドレスは、プリンセスラインの純白で、ふわりと広がるスカートがとても美しい。胸元には、僕がプレゼントしたひまわりのブローチをあしらっている。

 今日は、僕と彩美の結婚披露宴だ。


「では、まずは、みなさん当然ご存じでしょうが、お二人のご紹介から」


 『当然ご存じ』を強調したなみさんの言葉に、会場からアハハと笑いがこぼれる。


「まずは新郎・齋藤瑞樹さん。二〇三〇年に、大阪幕府老中に就任。以降、枚方政変や四国戦争など、諸問題を迅速に対処。政務統括のトップとして、幕府を支え続けています。そして、新婦・豊臣彩美さん。第五五代征夷大将軍として、大阪幕府を指揮。日本の実質最高権力者として、長きに渡り太平の世を守り続けています」


 パチパチパチ。


 披露宴に集まっているのは、九割以上は幕府関係者だ。幕府の二トップの僕たちに、惜しみない拍手が送られる。


「では、瑞樹さん、開宴のご挨拶をどうぞ」


 なみさんに起立を促される。


「ええと、みなさん。こ、こんにちは」

「緊張するなー!」


 まりながヤジを飛ばしてきた。会場が笑いに包まれる。

 隣から、彩美がひじでコツンと僕のももを突く。


「瑞樹はちゃんとしてよ。私はもうここにいるだけで限界」


 天下の大将軍が何言ってるんだ。


「ううん」


 一つ咳払いをして、仕切り直す。


「この度は、お忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。私と、隣にいる彩美は、交際を始めてから五年間。山あり谷ありでしたが、無事結婚することができました。みなさん、こわいこわい彩美の鉄拳を受け続けている僕を、ねぎらってください」


 すぐさま彩美が僕にパンチをする。


「何言ってるの!」

「ほら? でしょ?」

「あははは」


 目標にしていた一笑いを取ったので、僕の仕事はもう終わりだ。


「一応、披露宴の体ですが、僕たちのことは気にせず、思う存分楽しんじゃってください! 料理も余興も最高のものを準備しています! 今日だけは、堅苦しい役人の上着を脱ぎましょう!!」

「いえええい!!」


 僕の従者たちが、率先して盛り上げてくれている。元従者で、現四国探題の蜂須賀も駆けつけてくれていた。彼女は大きく手を振っていたので、僕も振り返す。


「では、続いて、主賓挨拶です。新郎側主賓・初鹿野まおさんです」


 初鹿野がスピーチ台に立つ。赤で統一された、ドレスとリボンが、よく似合っている。


「瑞樹さん、彩美公、この度はご結婚おめでとうございます。心よりお喜び申し上げますっ!」


 僕と彩美に向かって、ペコリと頭を下げる。


「彩美公との出会いは、私が町奉行に就任する際でした。当時の私は、色々あって、幕府の要職に就くことがこわかったのですが、彩美公は何度も何度も、就任を打診してくれて、私を諦めないでくれました。そして、町奉行に就任したからこそ、今の私があると思っています。就任してからも、彩美公は、常に私を気にかけてくれて、本当に頼りがいのある将軍さまでした。たまに冗談を言いあったり、茶目っ気のあるところも、私は大好きです。ここだけの話、彩美公は、何年も前に流行ったブートキャンプを、今でも熱心にやってるんですよ。神聖な豊臣御殿で」

「ちょっと! 余計な事言わないでっ!」


彩美がメインテーブルから突っ込む。


「瑞樹さんは、本当にいつも優しくて、実は、女性みんなの憧れなんですよ」


 僕は、そんなことないだろと、首を振る。


「私を含め、多くの人が瑞樹さんに助けられてきました。誰かがピンチな時、瑞樹さんはそこにいるんです。何かおかしな嗅覚でもあるのでしょうか」


 おかしなって何だよ。


「私は本当に、二人とも大好きです。瑞樹さんと結婚できた彩美公。彩美公と結婚できた瑞樹さん。絶対に、末永く幸せが続くことを、私が保証しますっ! おめでとうございますっ!」


 パチパチパチ。


 初鹿野には、本当にお世話になった。僕が彩美と付き合いはじめてからも、態度を変えず仲良く接してくれた。僕と初鹿野の老中&町奉行コンビは、幕府史上最高の犯罪検挙率を誇り、幕府の治安維持に不可欠な要素となっている。


「続いて、新婦主賓・伊奈朱里さんです。お願いします」


 伊奈さんはチョコチョコと小幅で歩いてくる。二年前、伊奈さんは、愛猫のピスタと共に、幕府に戻ってきた。ピスタを見つけ出すまでの三年間の事は、本人の口からはあまり語られない。ピスタ曰く「朱里は、到底人がするべきではない冒険をして、俺を助けてくれた」とのことだ。

 伊奈さんが幕府に帰ってきた日、僕は彼女の姿を見て、二つ、以前との相違点を見つけた。一つは、髪の長さが、ショートからロングになっていたこと。そしてもう一つは、人の目を見て話すようになったこと。三年間で、多くの経験をしてきたことは、それだけで十分に理解できた。そして同時に、変わらない猫耳が、僕を安心させた。

 勘定奉行に復帰した伊奈さんは、大車輪の活躍を見せ、復帰前以上に彩美の信頼を手に入れている。もちろん僕も、彼女には絶大な信頼を置いている。


「彩美公、瑞樹さん、ご結婚おめでとうございます。お二人とも、私が人見知りな時から、積極的にコミュニケーションを取ろうとしてくれて、それは、私にとってはものすごく嬉しいことでした」


 そう思ってくれてたのか。良かった。


「そして、ピスタを探しに行くという、自己都合的な理由で幕府を抜けた私を、お二人はずっと待っていてくれた。それだけで、お二人の優しさと慈悲深さが、みなさんに伝わると思います。そんなお二人の下で、統治されるこの国は、きっともっと良くなっていきます。お二人の幸せと、日本の平和を、心より願っています」


 お辞儀をした伊奈さんの頭の上で、ピスタがマイクに向かって声を発した。


「ああ! 真面目すぎるぞ! もっと明るく! とにかくおめでとう!!」


 パチパチパチ。


 伊奈さんは、ピスタにペチペチと叩かれながら、じゃれあっている。僕と目が合った彼女は、ニコッと微笑んだ。口パクで「おめでとう」と言ってくれている。このコンビには、これからも助けてもらうことが多々あるだろう。




 主賓挨拶も終わり、ゲストは会食を楽しんでいる。

 彩美のお色直しは、黄色のミニドレスだった。先程とは打って変わって、カジュアルな雰囲気が親しみやすさを感じさせる。綺麗な足がすらりと見えているのも、僕にとってはポイントが高い。


「どう?」


 彩美は、くるりと一周して見せた。


「すこぶる可愛い。より彩美を好きになったよ」

「そう? 嬉しいな」


 そう言って、たれ目を細めた。たまにデレるから、反則級にメロメロになってしまう。

 会場に戻ると、余興が始まった。前半は、滅多に聞けない陽菜さんの生歌や、従者たちのぎこちないダンスで場を盛り上げ、後半は、選りすぐりのお笑い芸人の本ネタで、会場は大いに盛り上がった。

 披露宴も二時間が経過し、司会のなみさんが、締めに入る。


「楽しい時間もあっという間に過ぎてしまいました。それでは、謝辞をお願いします」


 彩美がほろ酔いで、むくりと立ち上がる。


「本日は、私たち二人のために集まっていただきまして、本当にありがとうございました。今後は私と、瑞樹。夫婦二人での日本統治となります。手を取り合って、太平の世を守り抜くことを誓います。そして、瑞樹」


 彩美は、横に座る僕を向いた。


「私は、瑞樹のことが大好きっ! おじいちゃんおばあちゃんになっても、離さない! 生まれてきてくれて、ありがとうっ!!」


 ああ、これは酔いが覚めた後、後悔するパターンだ。フォローするのは僕だぞ。聞く側も恥ずかしくなる彩美の言葉に、ゲストはそれを隠すように盛大な拍手を送る。

 なみさんが、少しの間の後、閉宴の挨拶をしようとした時、僕はたまらずバッと立ち上がる。


「僕も! 僕も彩美が大好きだっ! 来世も、来来世も、ずっと、永遠に一緒にいようっ!!」


 恥ずかしさも分け合おう。それが夫婦だ。




 一国の二トップが結婚した事は、世界中でニュースとなった。

 大半は好意的なコメントを出してくれた。この話題を機に、日本は世界での知名度が上がり、影響力も上がった。結婚から一年後には、主要先進国で構成される、Dセブンに加盟するなど、飛躍的な成長を遂げた。

 今の日本は、他国が到底無視できない存在になっている。彩美の目指していた日本の姿になりつつある。僕は、日本がDセブンに加盟した頃には、老中を辞任し、家庭に入った。いつしか、彩美を支えることが、僕の最も大きな生きがいになっていた。

 ある時、彩美に尋ねたことがある。


「次に彩美がやりたいことって、何? もう鎖国時代の名残は無くなっているし、列国になった。これからはどうしていくつもりなの?」


 彩美は、ジャケットを羽織りながら、僕に顔を近付けた。


「やりたいこと? まずは、いってきますのチュウかな」


 そう言って、彩美は僕にキスをした。唇を通して、彩美の底の見えない向上心と野心が伝わってくる。

 僕はポンポンと彩美の頭を撫で、日本で初開催される、サミットの下見に向かう彼女を見送った。

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めたカワばくふっ! ~齋藤瑞樹は支えたい~ 井野 ウエ @nekodog

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