二八.お疲れさまパーティ

 アメリカとの貿易も軌道に乗りはじめ、政務が少しだけ落ち着いてきたある日、四国平定部隊へのねぎらいも兼ねて、パーティを開くこととなった。将軍である彩美自らが主宰してくれている。夕方からのパーティに先駆けて、僕は処理しなければいけないことがある。


「失礼します!」


 蜂須賀が御用部屋に入ってきた。


「齋藤さまからお誘いが来るなんて、私嬉しいですっ!」

「お誘いって、遊びじゃないんだから」


 蜂須賀は、蜂柄ベレー帽、白いシャツ、いつものようにミニスカートを履いている。


「今日来てもらったのは、蜂須賀に大事な話があるからだ」

「だ……大事な話?」


 僕はコクンと頷く。


「それは、良い話ですか? 悪い話ですか?」


 蜂須賀は不安そうな顔をしている。


「それは蜂須賀の捉え方次第だ」


 対面に座っている彼女は、グッと身を乗り出して、僕の目を見つめる。


「クビとか……絶対嫌ですよ?」


 その眼差しは真剣だ。


「……」


 僕は唇をムッとつむり、黙り込む。


「そんな……私、できないなりに頑張ってるのに……。齋藤さまは、その姿を見てくれていると、信じていたのに」


 蜂須賀は、蜂柄ベレー帽を深く被り、涙を隠した。


「僕も、蜂須賀にはこれからも下にいてほしいと思っている。従者として、普段からあんなにも一生懸命な姿を見せられたら、僕も頑張らなきゃなって鼓舞されるんだ。蜂須賀はモチベーターとして最高の存在だよ」

「ならなんでクビなんですか! 私はずっと齋藤さまの下で働きたいと思っています! その思いを! その決意を! 踏みにじらないでください! 老中なら、私を守ってくださいよっ!」


 蜂須賀は、泣き怒りしている。


「上で決めたことなんだ。色々な要素が絡み合って、蜂須賀はここにいるべき存在ではないという結論に至ったんだ」


 僕は、パーカーのフードを正す。


「蜂須賀、新設する、四国探題しこくたんだいとして、四国に常駐してほしい」

「……へ?」


 蜂須賀は頭を上げた。


「これからは、僕の従者ではなく、四国を監視・統括する所管のトップとして、その腕を存分に振るってほしい」

「……なんで私なんですか?」


 蜂須賀は、口をポカンと開けて、唖然としている。


「実際に平定部隊として、現地に赴いているし、姉妹以外とは口を開かなかった知奈さんともコミュニケーションを取れていた。蜂須賀なら、四国の藩主たちとぶつからずに、四国を統治できると思うんだ。これは僕が推薦した」


 僕は、蜂須賀の手を取る。


「蜂須賀、やってくれるか? これは蜂須賀のキャリアにとっては、願ってもない大出世になる。責任も重くなるけど、僕がサポートする」


 蜂須賀は「うーん」と考え込む。


「齋藤さまが、私の力を買ってくれて、そんな大役に推薦してくれたのは嬉しいです。でも、私は齋藤さまの下にいたいんです。従者としてお側にいたい。四国に行ったら、離れ離れになっちゃいます」

「大丈夫。心は繋がっている」


 僕は、ありきたりな言葉で蜂須賀を説得しようとした。僕だって、蜂須賀を手放したくはないが、その気持ち以上に、四国探題に適任なのは、彼女しかいないという気持ちの方が大きい。


「心が繋がっている……。良い、良い響きですねっ!」


 蜂須賀がバッと立ち上がった。


「なんて素敵な表現なんですかっ! 齋藤さま、詩的な才能もあったんですね!!」


 いや、何番煎じかってくらい、受け売りな言葉なんだけど。


「そうです。お側にいるっていうのは、物理的なことが全てじゃない。離れていても、心が繋がっていれば、私は齋藤さまのお側にいられます! 四国探題、引き受けます!」


 蜂須賀は、クルッと一回転して、お辞儀をした。


「ありがとう。復興部隊は既に派遣していて、土台は整っている。蜂須賀には四国を抑えながら、大阪と四国のパイプ役として、いかんなく働いてもらいたい」

「はい!」


 ともかく、蜂須賀が受け入れてくれて良かった。これで四国戦争の事後処理は大方終わった。


「齋藤さま」


 蜂須賀は、持ってきていた鞄から、大きなぬいぐるみを取り出した。


「この前お渡ししたこのはちクマ、お揃いです。私が四国へ行っても、はちクマを見て、私を思い出してくださいね」


 蜂須賀は、はちクマをふりふりと振った。


「うん。家にどでんと座ってるよ。蜂須賀の代わりとして、僕のモチベーションを上げてくれると思う」

「良かったです! どこにいても、お側にいますからねっ! はちクマで物足りなくなっても、きっとまた会えます! また会う日まで、さようならですっ!」


 今日の夕方、パーティで会うんだけどな。最後の別れのような挨拶をされながら、僕は、御用部屋を後にする蜂須賀を見送った。




 新しく建った大阪城の大広間は、前大阪城の二倍の広さを誇り、平定部隊からの、パーティ参加希望者を収容するには、十分すぎるスペースがあった。


「どう? 瑞樹くん。凄いでしょ?」


 陽菜さんが、鼻高らかに感想を待っている。彼女は、四国平定部隊第二陣の大将であると同時に、大阪城建築の責任者でもある。


「凄いですね。パワーアップして帰ってきたって感じです」

「でしょ? もう許してくれる? 過去の事」


 陽菜さんは大広間を見渡す僕を、下から覗き込むようにして見ている。


「いや、もう許してるんで。陽菜さんが引っ張り出すからまた腹が立つだけで」


 陽菜さんは「しまった!」と目を開き、ペコリと謝罪した。


「みんな! 今日は集まってくれてありがとう!」


 彩美が一段せり上がった壇上に立ち、挨拶を始める。


「みんなのおかげで、無事四国を平定できましたっ!」


 笑顔で言っているから流れているが、なかなか侵略的な言葉を放っている。


「この一ヵ月で、各地の反乱も収まりました。これはひとえに、平定部隊のみんなが、幕府の力を見せつけてくれたおかげです! 今日は、思う存分楽しんでください。普段は言えない愚痴でも何でも、発散しちゃってください! 今日だけ特別に、私への悪口もOKとします!」

「あははは」


 彩美は壇上を下り、僕のもとへ駆け寄ってきた。


「瑞樹、最近ちゃんと話せていないよね」


 僕は、久々の至近距離に、思わず顔を逸らす。


「なんでこっち見ないの?」

「ええ、ああ、いや、ちょっと寝違えて」


 すこぶるしょうもない嘘をつく。


「何それ」


 彩美は、両手で僕の顔をグイッと正面に向ける。本当に寝違えてたらどうするんだ!? それはもう拷問だぞ!


「瑞樹、ごめんね」


 突然頭を下げる彩美を、僕はまじまじと見てしまった。白のワンピースが、吸い込まれる程に美しい。


「何が?」

「瑞樹が四国から電話を掛けてきてくれた時、私、怒ってとんでもないこと言っちゃったよね。『解任する』とか」


 ああ、陽菜さんが酔っ払って、僕に絡んできた音を、通話機が拾って、彩美が聞いた事件のことか。


「いや、いいよ。あれは僕が……というか陽菜さんが悪い」

「瑞樹が大阪に帰ってきた後も、なんかモヤモヤしてて。あんまり私から話しかけられなかったんだよ」


 正直に話してくれる彩美が、やっぱり好きだ。


「僕から話しかければよかったね。こちらこそごめんね」


 数秒の沈黙が流れる。彩美は何を考えているのだろうか。


「初鹿野と久世さんの容態は?」


 僕は、気になっていることをまた一つ尋ねる。


「二人とも命に別状はないよ。でも、音羽は、もう寺社奉行をできるほど体が動く状態ではないかな」

「そっか……」


 久世さんは、元々今回の平家討伐で、寺社奉行を降りるつもりだった。命が助かっただけで、よしと捉えるべきか。


「後任はアリサに任せようと思う。あの子なら、滞りなくこなせる」

「そうだね。僕もそれがいいと思う」


 また数秒の沈黙が流れる。


「あのさ」


 二人の声が、綺麗にかぶさった。


「何? 瑞樹から言って」


 彩美のグラスを持つ手が震えている。


「いや、あの、人も多いし、ちょっと二人きりで話せないかなと……なんてね」


 ずっと言おうと思っていたのに、最後に『なんてね』をつけるという、すこぶるにダサい誘い方をしてしまった!


「いいよ。……私もそんな感じのことを言おうと思ってたし」


 ええ!? そうなの!? 僕は一気に自信がついた。


「じゃ、行こうか」


 僕は彩美の手を引き、大広間にあるベランダに向かった。


「えっ!?」


 僕から手を握られたことに、彩美は驚いているようだ。

 周りの目なんてどうでもいい。今この瞬間は、僕の全てを彩美に集中させている。

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