二七.長宗我部家の約束

「陽菜さん! 遅いですよ!! 久世さんを! 早く久世さんをっ!!」


 必死の形相で叫ぶ僕の声は、陽菜さんに届いていない。それでも、陽菜さんは「言われなくても分かっている」と感じさせる程に、迅速に久世さんの手当てをする。


「医療班! 止血と輸血! それに人口蘇生機の装着!」

「はい!」


 陽菜さんは、久世さんの手を握る。


「音羽。よく頑張ってくれたね。こんなところで死なせない。英雄なんかにさせない。生きて顛末てんまつを見届けなさい」


 陽菜さんを中心に、この場に駆けつけた隊員たちは、体の至るところが傷ついており、呼吸も荒い。松山城までの特急内での戦闘は、ここと同じく凄まじいものだっただろう。


「よし。私がここにいてもできることは少ない。いい? 絶対に音羽を蘇生するんだよ!」

「はい!」


 陽菜さんは、そう言い残しその場を後にした。僕もいつまでも霊体ではいられない。体に戻ろう。




 スッと、落とし穴に落ちるように、自分の体に戻る。


「ひゃあっ!」


 急に目を開く僕に、アリサさんは声を上げて驚く。周りには、大勢の隊員と、愛媛藩、高知藩の従者がずらあと人だかりになっている。


「今、どういう状況ですか?」


 僕はアリサさんに尋ねる。


「そうですね。四姉妹の最後の別れとでも言いましょうか。ここは、徳島藩が構えている本陣です。それより、音羽さんは!?」


 アリサさんは、僕にグイッと顔を近付ける。


「……清盛が憑依した泡盛とは、相打ちで決着が着きました。平定部隊の医療班が、懸命に治療にあたっています。祈ることしかできません」


 アリサさんは、ひざから崩れ落ちる。


「私が行っていれば、状況は変わったかもしれない……」

「いや、アリサさんが加勢しても、久世さんは一人で戦っていましたよ。僕だって、わざわざ動けない状態にされましたから。大丈夫。久世さんはいくつも死線を乗り越えてきた。今回だってきっと」

「……」


 アリサさんは、地面の砂をギュッと握った。




「徳子、どうしてこんなことをしたの!? あたいたちを傷つけてまで、四国を統一する必要なんて絶対にない!」


 徳島藩本陣には、四人の藩主が集まっている。愛さんが、徳子さんの胸ぐらを掴んだ。


「あなたたちと仲良くするより、平家と手を組んだ未来の方が、より良いと考えただけよ」

「そんな……、お姉ちゃん。そんなこと言わないでよ……」


 知奈さんが、目に涙を溜めている。


「知奈、あなたは良いわよね。一番の面積を誇る高知藩を統治できて。何もできなかった末っ子が、今や立派にみんなから羨望の眼差しを向けられている。羨ましい」


 徳子さんは、次に香さんを見る。


「香は四国で最も都と近い、香川藩の藩主。明石海峡と大鳴門おおなると経由で、本州からの人や資源も多く流入している。羨ましい」

「だからって、平和友好条約なんて嘘をついてまで、吸収することないじゃない」

「騙された香が悪いのよ。あなたは人を信じすぎる」


 香さんはグッと拳を握り、下を向いた。


「愛、あなたは四藩で最も人口が多い愛媛藩を治めている。人口の多さは都市の繁栄度と直結する。羨ましい」


 パチンッ。


 愛さんは、徳子さんの頬をはたいた。


「そんなしょうもない劣等感から、戦争を起こしたと言うのか!? あたいは、あたいたちは、みんな徳子のことを尊敬していたのに! 四姉妹の一番上で、いつも優しく包み込んでくれたあなたのことが、大好きだったのにっ!」


 愛さんの言葉に、香さんと知奈さんも、感情をこめて頷いた。


「……そんな優しい人じゃないよ。わたしは」


 徳子さんは、赤くなった頬を押さえることもなく、話す。


「わたしは、あなたたちが、全てにおいて絶対にわたしよりも下だと確信していたから、姉として安心して接することができたのよ。でも、一人、また一人とひとり立ちしていって、わたしのもとから離れていって、わたしよりも優れた能力を発揮して、それじゃあ、わたしのいる意味って何? ただ先に生まれただけ? この劣等感をどこにぶつければいい? そんな時に、平家の落人が話を持ち掛けてきた」


 平泡盛は、意識を失ったまま、隊員に拘束されこの場へ運ばれている。


「お姉ちゃんは騙されてるよ。四国を統一したって、日本を統一したって、良いことなんてない。行動を起こせば起こすほど、支配欲は高まるばかり。私の大好きなお姉ちゃんからは、どんどんと離れていってしまう」


 知奈さんの、普段はピンと立っている紫のアホ毛が、今はぐったりと寝ている。


「徳子には見えていないだろうけど、平家の怨霊たちは、本当にタチが悪いよ。香には分かるの。あんな奴らに頼ってたなんて、香はショックだよ」


 香さんはそう言って、掃除機にもたれかかった。


「みんな、徳子には変わってほしくない。それを分かってほしい。仲良く四国を統治していたあの頃に戻りたい。あたいたちは待ってるから。徳子がその髪飾りを外して、帰ってくることを」


 愛さんは、徳子さんがつけている蝶の髪飾りを指さした。


「……ごめんなさい」


 徳子さんは一言呟き、三人に背を向け、陽菜さんのもとへ歩いていく。


「もういいの?」


 陽菜さんは、うつむいて肩を震わせる徳子さんに尋ねる。


「はい」

「分かった。長宗我部徳子。国の統治秩序を乱し、国民の不安を大きく煽った。豊臣法度・内乱罪で逮捕する」


 手錠をかけられ、両腕を隊員に掴まれる。


「物理的にも、精神的にも傷ついた四国の復興は、大阪幕府が責任を持って行う。三人は安心して。私たちは、一旦幕府に戻るけど、すぐに復興部隊を派遣する」


 陽菜さんは、真っすぐな目で三藩主に伝える。嘘は言っていないが、復興部隊というのは、実際のところ、四国平定部隊第三陣として、四国平定を完遂させる役割だろう。

 そして、三人はそれに気付いている。気付いている上で、それも致し方ないと考えている。

 僕たちは、多くの怪我人と、罪人を連れて、大阪へ戻った。




 四国戦争が終結して一か月後。


「凄い……凄すぎるっ!!」


 僕は、目の前の長方形の機械に、すこぶる感動していた。


「でしょ? そうでしょ? これ、スマートフォンって言うんですよ」


 御用部屋で、向かい合わせで座っているアメリカ人・スティーブは、鼻高らかに機械の名称を教えてくれた。


「同じような物は、通話機という名で日本に流通していました。ほとんどは平賀製です。いかに機能をセーブして製造していたかが、今分かりました」

「セーブして製造していたというよりは、私たちが平賀に渡していた情報で作れる限界が、その通話機レベルだったのでしょう」


 スティーブは口角を上げ、あごを掻いた。


「全部の情報を渡していなかったと?」


 僕は少し怪訝な顔をする。


「そりゃね。たった一つの密約で、全ての情報を渡すわけはない。いつかアメリカが日本と交易する未来も予測して、その時にしっかりと利益を上げられるよう、綿密な計算を施していますよ。事実、そうなったじゃないですか」


 僕は、スティーブの笑顔に合わせて作り笑いをするが、姫花が少し気の毒になってきた。彼女はアメリカとの密約で、独占的に技術を輸入し、日本で平賀製の製品として発売することで利益と権威を確保していた。でも、その行いによって失脚し、さらには密約さえアメリカの手のひらで転がされていたとなると、同情してしまう。


「どうですか? スマートフォンの日本展開。私は太鼓判を押しますよ」

「……。やりましょう。まずは幕府内の利用から始め、徐々に国民へ広げていきます。その方が国民も安心するので」

「では、決まりですね。ありがとうございます」


 契約書にサインし、幕府公式の連絡通信機器として、スマートフォンの導入が決まる。

 一一月も下旬に差し掛かり、アメリカとの貿易も本格的に開始され、この国は変わろうとしている。アメリカ製の翻訳機の無償提供により、異国間のコミュニケーションも精度が高く行われている。無償提供されたのは、僕の育ての親で、現在はアメリカ合衆国大統領次席補佐官である、齋藤亀山が裏で動いてくれたからだろう。

 日本国内で最も変化の大きいことといえば、服装だ。今までも洋服はオランダ経由で輸入していたが、アメリカとの貿易によって、その数は一〇倍にもなった。庶民の大半が洋服になったし、幕府内でも、正装に洋服を加えることが決定した。遂に完成した大阪城内では、着物と洋服がごちゃごちゃと混ざり合わせっている。

 僕は緑のパーカーを着て、政務をしている。スティーブを見送った後、一つ息をつく。


「四国戦争の事後処理と、後は……」


 大阪に帰ってきてから、ずっと言い出せていないことがある。少し余裕ができてきたこの頃、僕は意思を固めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る