二四.最悪の再会

知盛の後を追い、松山城の正門前に出ると、そこには異様な光景があった。短めの金髪をツインテールにした女の子の持つ掃除機に、平家の武士たちが次々と吸い込まれていく。その女の子は、徳島城で出会った、香川藩主・長宗我部香だ。


 ビュイイイイィィィンッ!


「うわああああぁ!」

「女から離れろぉ!!」


 僕が近付くと、グワンと体が一気に持っていかれ、途端に焦る。


 ビュイイイイン!


「待ってください! 僕です! 齋藤瑞樹です!」


 僕は吸い込みに必死に耐えながら、香さんに顔を見せる。


「え!?」


 香さんは僕に気付き、掃除機をエアダスターモードにし、僕を吹き飛ばす。地面に激突し鈍い音がする。


「あの時の!? また怨霊化してるんですか!?」


 徳島城では読唇術で会話をしていたので、香さんの声を初めて聞いた。少しハスキーがかった声質だ。


「怨霊を倒すには霊体化するのが手っ取り早いかなと思いまして。香さん、加勢に来てくれたんですか?」


 香さんは掃除機をブルルンと運転させながら僕に話す。


「齋藤さん、香、目が覚めました。あなたと話した時、香は弱気で、香川藩のみんなを守るためには、香が犠牲にならなければならないと思い込んでいました。でも違う。香がみんなを助ければいい。そのためには、徳島藩と平家を倒す必要がある。そうですよね?」


 僕は力強く頷いた。これはすこぶる心強い味方だ。


「なんで香さんは、怨霊が見えるんですか? その武器は?」


 僕は、手短に気になっていることを尋ねる。


「幼少期に、陰陽道を習っていたんです。安愚楽あぐら道場で」


 安愚楽……、僕はその名字に聞き覚えがあった。


安愚楽道満あぐらどうまんとは知り合いですよ。何か関係あるんですかね」

「ええ!」


 香さんは、口に手を当てて驚く。その間にも、ノールックで平家の武士を吸い込んでいる。


「安愚楽師匠は、香に陰陽道を教えてくれた張本人です! まさか齋藤さんとも繋がりがあるなんて」


 確か久世さんも安愚楽道満を慕っていた。あの人、見た目は汚くて、ケチで、僕はあまり好きではないが、実はすこぶる凄い人なのか?


「この掃除機は、呪力を纏った特殊な武器で、怨霊を吸い込んで、酸素にすることができるんです」


 なんてSDGsな!


「おのれ! こんな小さな娘に俺たちは負けるのか!」


 声の先を見ると、知盛が血管を浮き立たせて構えていた。


「あなたがこの場のトップですか」


 香さんは掃除機の強ボタンを押す。


 ブオオオォォォン!!


「いざ勝負! 手加減無用!」


 知盛は落ちている刀を拾い、瞬く間に迫ってくる。香さんは、僕にアイコンタクトをしてきた。そういうことか。了解。


「うらあああぁぁ!」


 知盛が刀を振り上げ、香さんを切ろうとしたその時、僕は真横から渾身の左ストレートを決める。


 ボゴゴォォッ!


「ぐえっ」


 知盛は大きくぶっ飛ぶ。僕は追いかけ、二重の兜を放り投げ、こめかみに拳銃を突き立てる。


「卑怯だぞ!」


 知盛は、もう敗けを悟りながらも、それでも大きく吠えている。


「すみません。これが現代の戦い方なんです。平家のみなさんは、アップデートができていない」


 ダァンッ!


 香さんが遅れて知盛の前に来る。


「この掃除機、活きのいい怨霊を吸い込めば吸い込むほど疲れるんです。助かりました」

「いえいえ」

「でもせっかくなので、この状態なら酸素にしておきましょう」


 香さんは、知盛をゆっくり吸い込んだ。僕は自分の体に戻り、トランシーバで蜂須賀に連絡をする。


「蜂須賀、聞こえるか?」

「はい! 齋藤さま! 先程はありがとうございましたっ!」

「松山城前にいた平家の武士と、強化兵はなんとか殲滅せんめつすることができた。知奈さんは無事か?」


 何やら、蜂須賀がトランシーバを手放す音が聞こえる。


「瑞樹さま、守ってくれて、ありがとうございます」


 知奈さんから、初めて喋ってくれた! 僕はあまりの驚きで言葉を失う。


「……瑞樹さま?」

「あ! いや、やっと会話ができたなと、感激してしまって」


 素直な感想を伝える。


「心を許せば、話します。私には見えませんでしたけど、瑞樹さまは御殿で、怨霊と戦ってくれたんですよね。はづきさんが、武勇伝のように瑞樹さまの能力を説明してくれました」


 すこぶるに盛って話している姿が想像できる。


「香さんに代わりましょうか?」


 知奈さんが「えっ!」と声を出す。


「なぜそこに?」

「徳島城から抜け出して、こちら側に加勢しにきてくれたんです」


 僕はトランシーバを香さんに渡す。


「知奈、久しぶり」

「お姉ちゃん、助けにきてくれたの?」


 香さんは、知奈さんの声を聞いて、嬉しそうな表情をしている。


「あくまで香は香川藩のみんなのために戦う。徳島藩の圧政からの解放が目的だよ」

「それでも、つまりは私や、愛お姉ちゃんと一緒に戦ってくれるってことだよね!? お姉ちゃん、大好き!」


 知奈さんの声はこれでもかという程、嬉々としている。


「うん」


 香さんは紅潮しながら小さく返事をした。知奈さんは天性の姉たらしだ。末っ子属性が強すぎる。まりなももう少し僕にデレてくれればな。

 激戦の後に、少し和んでいたその時、トランシーバから声が聞こえてきた。陽菜さんだ。


「瑞樹くん! 聞こえる?」


 その声は明らかに上擦っている。


「どうしました!?」


 陽菜さんの声の奥からは、発砲音が響いている。


「まずいことになった。詳しく話す時間はないけど、そっちに行くのは遅れるかもしれない」

「大丈夫です。こちらは香川藩主の香さんが来てくれてなんとかなりました。それより、そちら側に加勢に行った方がいいですか?」

「電車の中だから、上手く落ち合わないとそれは難しい。こっちはこっちで何とかするから、もし瑞樹くんのところにも平定部隊が来たら、容赦なく倒さなきゃダメだよ! 手加減しているとこちらが殺される!!」


 そう言って陽菜さんは通信を切った。平定部隊……? 僕の体に、胸の奥底からの嫌な予感が蔓延した。




「齋藤副将! あれを!」


 生き残っている隊員が、松山城の建つ山のふもとを指さす。その先には、砂煙を立てて向かってくる軍勢があった。その軍勢の先頭には、頭に大きなリボンをつけた、胸元までの茶髪をカールさせた女の子がいる。

 その姿は明らかに、僕のよく知る初鹿野まおだった。


「あれは……四国平定部隊第一陣です! 加勢に来てくれたのでしょうか?」

「いや、違う。彼女らはおそらく、平家に憑依されている」


 僕は考えたくないことを口にする。その可能性が最も高いからだ。


「ということは、私たちは同じ仲間同士で戦う必要があると……?」


 隊員の顔が青ざめた。


「みんな! 聞いてくれ」


 僕は生き残っている隊員に大声で連携する。


「今から数分後に、平家の怨霊に憑依された平定部隊第一陣がここに侵攻してくる! 殺してはならない! 身動きが取れないように、両足を中心に撃て! それでも彼女らは襲ってくる。だから距離を保ちながら、城の中には入れないようにしてくれ!」

「はい!」


 難しいことを要求しているのは分かっている。それでも仲間同士の殺し合いなんて、死んでもごめんだ。

 第一陣の面々が、僕たちの前に並んだ。ざっと見る限り、戦力は互角だろうか。お互い二万人前後だ。

 初鹿野が僕を見つめる。


「瑞樹さん、ごめんなさい」


 その目には涙が浮かんでいた。


「私、こんなことしたくないです」

「分かってるよ」

「でも、心と体が別物みたいなんです」

「うん」


 初鹿野は、一歩一歩僕に近付いてくる。


「四国の平定に失敗して、挙げ句の果てに敵のコントロール下に置かれて、もう私は、幕府に帰る場所なんて、ないですよ」


 僕はつらつらと涙を流す初鹿野を、そっと抱きしめた。


「僕もそんなことを考えていた時があった。でも、大阪幕府は、豊臣彩美は、すこぶる優しくて、心が広いんだ。初鹿野、心配するな。この戦争を終わらせて、一緒に大阪へ戻ろう」


 初鹿野は、僕の超薄型甲冑に頭を預けると同時に、小刀で僕の脇腹を刺した。

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