二二.愛媛・高知・幕府連合軍vs香川を吸収した徳島軍
通信障害が起こった二日後、依然、通話機は使い物にならず、もちろん大阪とも連絡は取れない。寺社奉行・久世音羽率いる平家討伐隊の到着も、いつになるか予想がつかない。僕たちは、高知藩から徳島藩を牽制しながら、動向を伺っている。
「こちら側と向こう側の戦力は?」
高知藩と同盟を結んでいる、愛媛藩主・愛さんが、情報部隊に確認する。
「愛媛・高知連合が八万人。幕府軍が七,五万人。香川を吸収した徳島が七万人と予測されます」
「数で言えば圧倒的にこちらが有利か」
「数はあてになりません」
横から僕が、会話に入る。
「向こうの兵は、平家の怨霊が憑依した屈強な強化兵です。銃で撃とうが、刀で切ろうが死なない。こめかみを一点集中で狙うしか、倒す方法がありません」
「厳しい戦いになりそうだね」
陽菜さんが、ゴクンとつばを飲む。
「配置を今一度確認しましょう」
僕は、マッピングをした大きな地図を広げる。
「徳島藩は、戦力の低い高知藩をまずは狙うと言っていました。なので、それを逆手に取り、高知藩には、愛媛藩主の愛さんを中心に、選りすぐりの従者を固めています。陽菜さんと幕府軍の大半も、高知藩内に配置します」
陽菜さんと愛さんは、緊張からか返事もせず、話半分で聞いている。
「高知藩主の知奈さんは、愛媛藩の松山城で従者とともに待機。僕も今から知奈さんのもとへ向かいます。まず愛媛藩には攻めてこないかと思いますが、念のためということで」
「それでいいよ。ここは私に任せて。大将と副将がずっと一緒にいちゃ、大軍を上手く活用できない」
陽菜さんは超薄型の甲冑姿で、胸を張る。
「この戦い、必ず終わらせるよ」
僕は、強く頷き、松山城へ向かった。
松山城は、山の上にある強固な守備力を持った城だ。辿り着くまでに一苦労。辿り着いても、城から放たれる大量の銃弾は、攻めてきた人を絶望の淵に追いやる。
「……」
知奈さんは、僕を一瞬見た後、すぐに目を逸らし、また一瞬僕を見る。
「知奈さん、よければ、コミュニケーションを取りましょう」
僕は、秋に似つかわしくない汗をかいている。いつかもこんなことを経験した気がする。
ああ、そうだ。老中就任パーティで、当時勘定奉行だった伊奈さんと初めて会った時も、こんな感じだった。伊奈さん、ピスタを見つけられたかな。ふと過去を見つめ返していると、知奈さんはボソッと何かを発した。
「――いいですね」
「へ?」
「そのベレー帽、かわいいですね」
よくよく目線を見ると、その先は僕ではなく、隣にいた蜂須賀だった。
「そうですか!? そうですよね!? 私の超お気に入りなんですよっ!」
蜂須賀は、褒められてウキウキと飛び上がった。知奈さんはそのせわしなさに、体をビクッとさせ黙り込んでしまった。
「蜂須賀、相手に合わせようよ」
「なんですか?」
「ほら、波長を合わせないと、蜂須賀のテンションは人より高いんだから。もうちょっと落ち着いて」
僕は腕をグイと下に引っ張り、座らせる。内心、少し嬉しかった。知奈さんが少しでも心を開いてくれているなら、良い傾向だ。蜂須賀を連れてきてよかった。
「知奈さま、趣味とかあるんですか?」
蜂須賀は、自分が出せる最低音で、知奈さんに話しかけた。落ち着いてって、そういうことじゃないんだけどな。
「手芸とか、ですかね」
知奈さんは、ボソッと短く答える。
「へえ」
そこはもうちょっとテンション上げていいんだぞ。極端すぎる!
「じゃあじゃあ、私のはちクマ、直していただけませんか?」
蜂須賀は、リュックから特大サイズのはちクマのぬいぐるみを取り出す。そういえば、持ってきてたな。
「ここ、破けちゃったんです。ほら」
はちクマの脇腹は、ビリリと大きく裂けていた。ぬいぐるみでも痛々しい。
「いいですよ」
知奈さんは、はちクマを受け取る。その表情は少しだけ嬉しそうだ。
「やった! ありがとうございますっ!」
「手芸をやっていると、心が落ち着くんです」
知奈さんは、小さなポーチを取り出し、ソーイングセットを手に持つ。
「権力争いとか、私はどうだっていいんですけどね。仲良く四人でやっていきたいのに。お姉ちゃんたちは、どうしちゃったんでしょうか」
知奈さんは、四国戦争に疲れている様子だった。
「徳島藩が、平家にそそのかされたことが発端です。きっと平家が滅びれば、元通りになりますよ」
知奈さんは蜂須賀を見て言う。
「そうならいいんですけどね」
僕が言ったんだけどな。その時、隊員が御殿に走りこんできた。
「齋藤副将! 緊急のご報告が!」
「なんだ?」
僕は向きを変え、隊員に耳を傾ける。
「徳島藩が、ものすごい速さで愛媛藩に向かっているとのこと! 至急、防御を固める必要があるかと!」
「なんだって!?」
なぜ愛媛藩に!? 高知藩を攻めるのではなかったのか!?
「城の周りを隊員で固め、内からは銃撃の準備を。僕の部隊は松山城を離れ、横から奇襲攻撃を仕掛ける。高知にいる陽菜さんにもこのことを伝え、援軍の要請を」
「はは!」
僕は、突然のことに唖然としている知奈さんを、安心させる言葉を掛ける。
「知奈さん、大丈夫です。必ず徳島藩からの攻撃から守りますから。ここにいてください。松山城には指一本触れさせません」
僕は立ち上がり、戦の準備をする。
「蜂須賀はここで、知奈さんの側にいてくれ。もしもの時は、命がけで彼女を守るんだ」
蜂須賀は案外強い。護衛としても、知奈さんの心の支えとしても、十分に期待できる。
「承知しました! 知奈さま! さあ! 裁縫の続きをっ!」
……まあ、いいや。この能天気さが、知奈さんの心を軽くするかもしれない。
僕と隊員たちは、松山城を離れ、正門が見える丘の上に陣を構えた。
「強化兵は、全速力で山を登っています!」
偵察班からの情報が来る。通話機は使えないので、急遽準備したトランシーバでのやり取りだ。
「了解。引き続き偵察を続けてくれ」
僕は陽菜さんに連絡を取る。
「陽菜さん、聞こえますか?」
「聞こえる。今向かってるから! でも三時間弱はかかる。何とか食い止めて!」
三時間か。今松山にいる戦力じゃ、耐えられるか分からない。
「分かりました。待ってます」
でも、やるしかない。
ドドドド。
山の中腹から、地響きが聞こえてくる。強化兵の大軍だ。
「まだだ。もっと引き寄せてから、横から数を減らす」
「はは!」
僕を含めた千人強の奇襲部隊は、好機を伺う。
ドドドドド。
「守りを固めろぉ!」
松山城の守りを固める隊員と従者は、刀を構える者、銃を構える者、それぞれの武器で迎え撃つ。
「うおおおおお!!」
愛媛・高知・幕府連合軍、対、香川を吸収した徳島軍の戦が始まった。
カキン、カン、バキンッ!
ダァン! ダァン! ダァン!
「うげぇっ!」
離れていても、武器の重なる音、人の叫び声、うめき声、全てがしっかりと鼓膜に伝わる。これが戦。その空間には、異様な光景と、血の匂いが混ざった生ぬるい風が吹いている。
「齋藤副将! まだですか!?」
隊員が、今にも飛び出しそうな勢いで尋ねる。
「……まだだ。今あそこに入ってもぐちゃぐちゃになって混乱するだけだ。戦況が停滞した時の、隠し玉として僕たちはいる。もう少し、もう少し我慢してくれ」
隊員の中には、歯ぎしりを立てて我慢をしている者もいる。気持ちは理解できる。目と鼻の先で、こちら側の者がどんどんと斬られている。でも、もう犠牲者を一人も出さずに戦争を終わらせるなんて、そんな絵空事を描いている段階ではなくなったんだ。陽菜さんも僕も、何より彩美も理解している。この任務は、多くの犠牲の上で初めて達成されるものだ。
徳島藩の強化兵は、刀をこれでもかとぶん回している。八四五年の時を超えて、戦える喜びに満ち溢れているようだ。銃弾を受けようが、体中から血が噴き出そうが関係ない。あいつらは一度死んでいる。痛みもほとんど感じないし、心臓が止まっても動き続ける。不死身の兵士団。それが徳島藩だ。
連合軍側の隊員は、明らかに押されている。こめかみを狙っていることは向こうも想定しているのであろう。頭に被った
その時、トランシーバが反応する。
「蜂須賀です! 齋藤さま! 今の状況はどうですか!?」
急を要しているのか、ただテンションが高いだけなのか分からない声に、少し安堵を覚える。
「城の外は大分押されている。中からの銃撃をもっと増やしてくれ」
「承知しました!」
「知奈さんの具合は?」
「はちクマの修理、あっという間に終わりましたよっ! 知奈さま、本当に器用なお方なんですね!」
あまりにも、城の外と中で流れる時間の速度が違うので、僕は思わず笑ってしまう。
「分かった。引き続き知奈さんの護衛は任せた」
「はいっ!」
トランシーバを切り、隊員に伝える。
「ギリギリまで草むらに隠れながら進む。僕がサインを出したら、一斉にかかるぞ」
「はい!」
僕は、両手で頬をパチンと叩き、気合を入れた。
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