二一.平家落人
「源平合戦って、知ってる?」
幼い頃、まだ髪の長かった彩美は、僕に知識をひけらかすことに夢中だった。
「何それ? 知らない」
「だめだなぁ瑞樹は」
彩美は、手を広げ、鼻で「フン」と息を吐いた。
「平安時代にね、源氏と平氏、簡単に言うとお侍さんね。その人たちがバーッて戦ったの。それで源氏が勝ったんだよ」
「そうなんだ。銃とかでバババンッ! って感じ?」
「平安時代に銃があるわけないじゃんっ! 刀でキキキンッて戦うんだよ!」
僕は目を輝かせた。
「すこぶるかっこいいっ!」
「でしょ? でね、この話は続きがあるの」
彩美は、慣れない素振りで足を組んだ。
「源平合戦で平氏は滅亡したって、一般的には言われてるんだけどね。実は、一部の平氏は、四国に逃げ延びたんだって!」
「へえ! かっこいい!」
「徳島藩の
彩美は、手を貝殻合わせし、空を見上げている。
生き延びた平家は、徳島藩の祖谷で粛々と暮らし、平家再興の機をずっと伺っていた。そして今、日本全体に下剋上の風潮が拡がり、混乱している中で、徳島藩と手を組み、四国統一、その後は、日本統一。それが平家と徳島藩の計画だ。
早く高知城の皆に伝えなければ。話の内容を聞く限り、近いうちに大群で高知藩に攻めてくる。
グンッ!
その時、突然息ができなくなった。何者かに首を絞められている。
「くっ! おらぁ!」
背後にまとわりつく何者かを、力づくで振り払う。
「なんだお前は!」
「こちらのセリフだ。侵入者め」
男は赤い甲冑姿に、古びた刀を携えている。僕に触れられるということは、怨霊か、陰陽師か。
「
泡盛が、僕にふっ飛ばされた男に目線を向けた。
「泡盛さま、侵入者です。私たちと同じ怨霊の類が、泡盛さまと徳子さまの会話を盗み聞きしていました」
資盛も怨霊ということか。確か、源平合戦当時の平家に、平資盛という武将がいた。
「何!? すぐに討て! 敵のスパイかもしれん!」
「はは!」
どうやら、泡盛には僕は見えていないらしい。同じ血筋の平家の怨霊しか視認できないということか。
「覚悟!」
資盛は、刀を振りかざし、襲ってきた。僕はそれを避け、脇腹に左フックを打つ。
ガチンッ!
固い。甲冑の上からじゃ、ダメージが伝わらない。対して、僕は小袖姿。圧倒的不利だ。
「おらおらぁ!」
資盛はブンブンと刀を振り回す。長宗我部御殿の壁がボロボロと崩れていく。
「私には見えませんが、外でやってくれませんか?」
徳子さんは、あくまで冷静に座っている。
「資盛! この部屋の外でやってくれ! 御殿を壊すな!」
「承知いたしました」
資盛は僕から目を離し、泡盛に頭を下げた。
「おい、侵入者、場所を変えるぞ」
変なところで律儀だな。これが武士ってやつなのか。資盛は、「ついてこい」と首で指示を出し、壁を通り抜けた。
申し訳ないが、僕はそこまで律儀じゃない。腕っぷしの強さに、強固な甲冑。無装備の僕に勝ち目はないだろう。資盛が向かった先と、反対側へ勢いよく飛んでいく。
あのレベルの怨霊がゴロゴロといて、そいつらが、統率力、攻撃力に定評のある徳島藩の従者に憑依している。これは大分厄介だ。
いくつかの部屋を通り抜けていると、物凄く大きな物音がした。椅子を倒す音だろうか。僕はビクッとなる。また平家か? 戦う余裕はないぞ。
下を向くと、短めの金髪を、ツインテールにした女の子が僕を見つめている。
「見えてるんですか?」
女の子は、コクリと頷く。言葉は発していない。僕は、害はないと感じ、部屋の床へと下りていく。
「あなたは?」
女の子はもごもごと口だけを動かしている。読唇術をしろと?
「ええと、もうちょっと大きく動かしてください」
女の子はこれでもかと口をあける。
「かがわはんしゅ?」
ブンブンと首を縦に振る。
「あなたが
香さんは、僕に向かってピースサインをした。
こんなところにいたのか! 徳島城内で幽閉されているとは聞いていたが、思わぬ出会いだ。
「もしかしてですけど、この部屋、録音されてますか?」
香さんはコクリと頷く。だから声を発さないのか。僕は霊体なので、声を録音機に拾われることはない。
「状況は理解できました。なぜ僕が見えているかとか、確認したいことはありますが、後回しです。香さん、いくつか質問してもいいですか?」
香さんは、外傷もなく、非常に落ち着いた対応をしている。
「香川藩と、徳島藩が、平和友好条約を結んだと高松城に貼られていましたが、それは本当ですか?」
香さんは数秒ためて、首を横に振る。
「香川藩は、強引に徳島藩に吸収された?」
首を縦に振る。やはりそうだったか。
「香さん、あなたは、徳島藩と戦うつもりはありますか?」
首を横に振る。その後、パクパクと口を動かす。
「ええと、『かがわのみんなが』、すみません。もう少し大きくお願いします」
香さんは、僕に近付き、これでもかと口パクしている。変な気分だ。
「『香川の皆が無事ならいい』ですね?」
首を縦に振る。僕は正直に話す。
「一概に無事、とは言えないかもしれません。香川藩の様子を見ましたが、とても統治が行き届いているとは思えない。歯向かえないようにして、強そうなものだけ兵士として引っ張る、そんなやり方でしょう。みなさん怯えていました」
香さんは、とても悲しそうな顔をしている。
「香さんは、ここから脱出したいですか?」
首を傾げた。何か弊害があるのだろうか。
『私が逃げたら、みんな殺される』
香さんはそう僕に伝えた。
「……そうですか。僕は、できれば香さんを助けたい。今僕の頭の中にあるルートで城内を進めば、おそらく無事に脱出はできます。判断は香さんに任せます。ここに残りますか?」
香さんは、天井を見上げて、一〇秒程考えた後、首を横に振る。
「分かりました。香川藩のみなさんの無事を確保できたら、必ず助けにきます。香さん、待っていてください。徳島藩のやり方には、僕は腹が立っている」
香さんは、初めて口角を上げ、うんうんと頷いた。
僕は、幽閉されている香さんのもとを後にし、高知城へ戻った。
高知城にいる皆には、徳島藩が、平家の生き残りと手を結び、四国統一をおし進めていること、近いうちに高知藩を攻めてくる予定があることを、端的に伝えた。
そして、大阪にいる彩美にも、同様の報告をした。
「
彩美は、通話機越しに、ふぅと息をつく。
「彩美、昔僕にその伝説を教えてくれたこと、覚えてる?」
「覚えてるよ。徳島の祖谷に隠れ住んでるってね」
「そのおかげで、会話の内容が理解できた。『スラムドックミリオネア』の気分だよ」
「名作と一緒にするのは失礼だよ」
彩美に軽く突っ込まれる。
「正直、私は都市伝説くらいの気持ちで言ってた。本当と分かって、びっくりしてる」
「平家の家紋は蝶の家紋だ。徳子さんが蝶の髪飾りをしたり、蝶のタトゥーの従者が現れたり、合点がいく。ザ・ブーンでの痴漢魔は、エロ平家のいたずらだろう」
彩美はしばらくの間黙っている。
「おーい」
「あ、何か言ってた? ちょっと電波が悪いみたい」
「いや、まあいいや。それで、怨霊が絡んできているとなると、やっぱり寺社奉行所の力が必要だと思う。なんとか四国に派遣できないかな?」
僕は少ない可能性にかけて、確認を取る。
「実は、怨霊の可能性もあると踏んで、音羽には強制招集をかけてたの。もう少しで四国へ行くと思う」
さすが彩美だ。頭の回転と行動が早い。
「ありがとう。早く大阪に戻りたいよ」
僕はつい本音がこぼれる。
「それはどういう?」
彩美に会いたいからなんて、口が裂けても言えない。
「いや、まあ、ね」
「私は、瑞樹に早く会いたいよ」
急な胸キュン攻撃に、心臓の鼓動が早くなる。そういうことをさらっと言ってくるのは、ずるい。
「まおにも、陽菜にも、従者の皆にも、すこぶる早く会いたい。ガラガラの枚方城は、寂しすぎる」
なんだよ。チッ。
「でもね、その中でも瑞樹は――」
ザザザザザ。
通話機が、ノイズの後、突然切れた。
「彩美? 彩美!?」
僕はさっきとは違う鼓動の早さを、自分で感じる。何が起こった?
急いで、陽菜さんのもとへ向かう。
「陽菜さん! 彩美と電話をしていたら」
「あああああああ!!!」
陽菜さんは、自身の通話機を床に叩きつけた。
「SRキャラ出たのにっ!! ふざけんなっ!!!」
は?
「どうしたんですか?」
鬼の形相の陽菜さんに、尋ねる。
「通信障害だよっ! ソシャゲやってたら、繋がらなくなったの!!」
僕だけじゃないのか? そこに、愛媛藩主の愛さんが走ってくる。
「四国全域で通信障害だ! 電話も繋がらない! おそらく」
「おそらく徳島藩の仕業ですね」
僕は食い気味で答える。
せっかくの彩美とのお話タイムを。許せない! 徳島藩への怒りが、また一つ増えた。
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