二〇.潜入と黒幕

 宴会が終わった夜は、大半の隊員は、高知城内の大部屋で雑魚寝をした。僕や陽菜さんは、知奈さんの厚意で、小さいながらも個室が用意された。よかった。陽菜さんと相部屋になったら、また面倒事が起こりそうだ。

 次の日、僕と陽菜さんは、長宗我部御殿へ向かう。中に入ると、知奈さんに加え、愛さんも既に座していた。


「今日は徳島城へ行こうと思う。四国戦争を終わらせる鍵は徳子にある。彼女に終戦宣言をさせなければならない」


 陽菜さんは、その場にいる全員に向かって話した。


「それは最終目標ですが、その前に、徳島藩が四国統一を目論む理由も探る必要があります。愛さんは、徳子さんが蝶の髪飾りをつけ始めてから、藩全体の雰囲気も変わったと言っていました。それに従者には蝶のタトゥー。徳島藩の裏に、操っている組織がいるのかもしれません」


 僕は、陽菜さんの意見に同調しながらも、補足を付け加える。知奈さんが、愛さんに耳打ちをする。


「『そんな都市伝説みたいな。男の子ってこれだから』と言っている」


 すこぶる馬鹿にされてるっ!


「今の徳子は、正面からぶつかっても何も話さないだろう」


 愛さんがあぐらをかいて指摘する。


「僕もそう思います。実際会って話してみて、何を聞いてもはぐらかされているような、そんな気になりました」

「あたいは、徳島城の内部構造をある程度知っている。バレないように城内を誘導することは可能だぞ」

「それはありがたいね。愛に誘導してもらって、徳子の様子を伺おう。分かることがあるかもしれない」


 陽菜さんは、クリーニングから返ってきた腰巻を、バサッと広げた。


「それで問題ないが、あたいは誘導するだけだ。徳島城内に入ることはしない。そんなことをしたら、それこそ、宣戦布告と捉われかねない」

「分かってるよ。通話機で教えてくれれば大丈夫。私と瑞樹くんで行こう」


 僕は頭をグルグルと回転させる。


「いや、僕だけで行くよ」


 陽菜さんは隣の僕に、グッと顔を近付ける。


「かっこつけてるの?」

「そういうわけじゃないけど」

「『これだから男の子は』と言っている」


 知奈さんまで便乗するな!


「僕なら、絶対にバレずに潜入できるんだ。特急の車内のように、従者が城内のあちこちにいると考えたら、陽菜さんは行くべきではない」

「絶対にバレないって、どういうこと?」


 陽菜さんは、半信半疑で首をかしげた。


「細かい事情は省くけど、僕は、霊体だけで移動することができる。体はここに置いたままでね。霊体なら、誰にもバレることはないし、壁なんかも通り抜けられる」


「『クソ中二病が』と言っている」


 口が悪いぞっ!


「なんか随分オカルトチックな話だね。怨霊になることができるってこと?」

「僕自身は怨霊とは思ってないけど、傍から見ればそんな感じだね」


 陽菜さんは「スゥ」と息を吸う。


「まあ、寺社奉行所を見てれば、怨霊の存在は確かだということは分かる。それなら瑞樹くんの言っていることだって、信じるほかない」


 僕は最後の一押しをする。


「陽菜さん、僕に行かせてください。大将がわざわざ出向く任務ではない。僕が必ず情報を手に入れてきます」


 陽菜さんは一瞬の間の後、僕の肩にポンと手を置く。


「よし。瑞樹くんに任せる。私は今後の作戦を複数パターン練っておくよ。危険な状況になったらすぐに戻ってくること。いい?」

「ありがとうございます」


 僕には絶対の自信があった。霊体化すれば、失敗のしようがない。


「愛さん、徳島城内の配置図を教えてください。頭に叩き込みます」


 地図を手に持っていたら、霊体化する意味がなくなる。


「あんたらがそうするならあたいは文句は言わない。一人で行って後悔するなよ」


 愛さんは、紙に、徳島城内の長宗我部御殿までのルートを書きはじめた。


「知奈さん、何か固い棒のようなもの持ってないですか?」


 僕は、霊体化するための武器を所望する。知奈さんは怪訝な顔をし、愛さんに話しかける。


「お姉ちゃん、この人変態だよ。あまりこの人の言うことを鵜呑みにしない方が良いと思う」


 固い棒って、そういうことじゃないから!


「知ってるよ。だけど変態なだけじゃ幕府の老中にはなれないだろう。それ以外の能力がきっと優れているんだ」


 周知の事実のように僕の変態さを肯定するな!


「瑞樹くんは、私の裸を凝視するような人だから、別に隠しているわけじゃないもんね? ムッツリじゃないだけマシだよ」


 陽菜さん、追い打ちをかけないでくれ。


「木刀とか、鉄パイプとか、そんなものでいいんです。死なない程度にぶん殴れるもの、ありますか?」

「お姉ちゃん、変態も行き過ぎると気持ち悪いというより、こわいね。この人、幕府の役人じゃなくて、犯罪者なんじゃない?」

「そうかもしれないな。だったら今殺そう」

「瑞樹くん、あんまり変なこと言わないで。自分の発言には責任を持ってよ」


 ああ、もう埒が明かない。


「とにかく僕を殴ってください! それもとても強く! じゃなきゃ僕は霊体化できないんです!」


 空気が張り詰める。


「瑞樹くん、まさかドMだったなんて……」

「そういうことじゃなくてっ!」


 僕は面倒くさがりながら、一から順を追って説明した。




 徳島城内の地図を頭に叩き込んだ僕は、陽菜さんに僕を殴打するようお願いする。


「頭はやめてくださいね。今覚えたことが全部抜けそうです」

「分かった。お腹でいいかな?」

「はい」


 城の物置に置いてあった木製バッドを、陽菜さんはフルスイングする。


「いってらっしゃい! 早く帰ってきてよ!」

「任せてください!」


 バゴォォンッ!!


「ひやぁっ」


 知奈さんが思わず目を閉じる。僕の体は二メートルほど飛び、グデンと倒れた。それを僕は上から見ている。霊体化成功だ。


「いってきます」


 僕の声は誰にも聞こえていない。


「……だ、大丈夫だよね? 死んでないよね?」


 陽菜さんは、動かない僕を見て目を泳がせている。早く戻って安心させてあげよう。僕は空を走り、徳島城へ向かった。




 久しぶりに霊体となった気分は、心地よかった。高速で移動し、ぶつかってくる風が気持ちいい。交通機関で行くよりも、二倍の速さで徳島城へ着く。

 移動中に、何十回も覚えたルートを反復したおかげで、なんなく徳島城内の長宗我部御殿へ入り込むことに成功する。

 徳子さんは、長く美しい緑色の髪を、くしでいていた。何の変哲もない普通の行為なのに、向こうが僕に気付いていないというだけで、モゾモゾとした気持ちになる。

 しばらくすると、一人の男性が、御殿に入ってきた。男は、金色の長髪で、左目に黒の蝶の形をした眼帯をしている。服装は、とても藩主に謁見できるとは思えないほど、ボロボロの小袖だ。


「徳子さま、遅れてしまい申し訳ございません」


 男は徳子さんに、深々と頭を下げる。


「いえいえ、おかげで髪をしっかりと梳けましたわ」


 ……いい女だ。


「泡盛さん、あなた方のおかげで、四国統一は着々と進んでいますわ」


 早速欲していた情報が手に入りそうだ! 僕は、どうせ向こうには聞こえないと分かっていながらも、息をひそめる。


「いえいえ、私たちは手をお貸ししているだけのこと。徳島藩の皆さまの潜在能力の高さ故、強力な力を手に入れているのです」


 手を貸している? やはり、徳島藩の裏には組織がいるのか。


「もうそろそろ、高知藩を攻めたいと思っています。愛媛藩は、厄介なので後回しにしましょう。三藩対一藩なら、あそこもさすがに屈するでしょう」


 徳子さんは、パタパタと扇子を扇いだ。


「そうですね。新しい魂は、何人準備しましょう?」


 泡盛が、眼帯に手を当てながら、伺いを立てる。


「一万人の従者を、新しく強化兵にする予定です。特急に乗せた強化兵は、幕府軍に倒されてしまったので」

「分かりました。では、一万の魂を憑依させましょう」


 魂……、憑依……。どちらも僕には聞き馴染みのある言葉だ。


「それで、前に来た幕府軍は、今はどうしているんですか?」


 徳子さんは、扇子をカッと閉じる。きっとこれは、初鹿野率いる、平定部隊第一陣のことだ。


「しっかりとこちらで管理しています。殺されますか?」


 泡盛の言葉に、僕は歯ぎしりを立てる。殺すだと!?


「そうですねぇ。捕らえた幕府軍を強化兵にすることはできないんですか? あの人たちがこちらの駒になれば、とっても心強いんですけどね」


 徳子さんは、「うふふ」と笑いながら言った。


「今、試行錯誤中です。彼らはなかなか意志が強い。完全にコントロールすることは難しいかもしれません。引き続き試してはみますが」

「そうですか。期待しています」


 確信まではいかないが、情報を整理する。

 おそらく、泡盛という男は、陰陽道に精通した、怨霊使いだ。そして、怨霊を人間に強制的に憑依させることができる。憑依された人間を、『強化兵』と呼んでいる。

 僕は、怨霊が憑依している状態が、普通の状態よりも特異的な戦闘力を保有することを、身を持って知っている。言うなれば、僕は、僕の霊体が僕の体に常時憑依している状態。なので、痛覚が鈍く、だいたいの攻撃は痛いが耐えられる。この特性は特急内の刺客も持ち合わせていた。合点がいく。

 そして、その泡盛と、徳島藩が手を組んで、四国統一を目論んでいる。ここまでは予測できた。だが、肝心の『なぜ四国統一をするのか』が読み取れない。

 僕が考えていたその時、泡盛は思いがけない言葉を口に出した。


「ここから、この四国から、ようやく始まります。八四五年の時を経て、平家は、再び日本の頂に立つのです」


 平家、蝶のマーク、徳島藩。僕の脳内で、点と点が線になった。

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