一九.末っ子気質

 陽菜さんの、大将たる言葉の力で、愛媛藩による高知藩への侵攻を、一時的に停戦させることに成功した。


「高知城を囲んでいる従者に、引き上げるよう指示を」


 愛さんは、隣にいる従者に命令する。


「はは!」

「一応、正式に書面で残しておきましょう。高知藩との和平を結んでください」


 陽菜さんは勢いそのままに、強気な要求をする。


「……良いだろう。一週間の停戦だ。今は幕府の言う通りにしようじゃないか」


 愛さんは、そう言いながら、軽く指を噛んだ。




 平定部隊の隊員たちが、綺麗に整列し、高知城正門までの道は遮るものなく見えている。僕と陽菜さんと愛さんは、最少人数で高知城へ入る。


「知奈さまは御殿にいらっしゃられます」


 従者の案内で、長宗我部御殿の扉を開ける。


「お姉ちゃん! 会いたかったです!」


 紫色のショートカットで、アホ毛がはねた女の子は、僕たちが御殿に入った瞬間、愛さんに抱きついた。


「ちょっと。人前でやめてくれ」


 愛さんは女の子をドンと突き放す。


「あなたが長宗我部知奈ね?」


 陽菜さんは、驚く素振りも一切見せず、確認を取る。女の子は、愛さんにこしょこしょと耳打ちしている。


「『はい。私が高知藩主・長宗我部知奈ちょうそかべちなです』と言っている」


 知奈さんは、さらに耳打ちを続けている。


「『あなたたちは誰ですか? 幕府の人ということは分かりますけど、なんでお姉ちゃんと一緒に?』と言っている」


 ……めんどくさいっ!!


「ええと、僕は大阪幕府老中・齋藤瑞樹です。彼女は、大阪幕府大目付・豊臣陽菜です」


 陽菜さんは軽く会釈をする。


「なんで僕たちに直接話してくれないんですか?」


 こしょこしょ。


「『初対面の人と面と向かって話すのは恥ずかしい。私はお姉ちゃんたちとしか仲良くしない』と言っている」

「はぁ」


 僕は頭を掻いた。


「お姉ちゃん! とりあえず席に座ろうよ」


 知奈さんはそう言って、僕たちにも視線を向けた。おそらく僕たちも座ってよさそうだ。

 愛さんと知奈さんは横並びで座り、知奈さんは愛さんの腕を組んでいる。


「仲、良いんですね」


 僕は予想外の光景に、恐る恐る話しかける。


「まあ、この間までは平和にやってきたわけだからな。あたいだって、高知は吸収しても、知奈に危害を加える気なんてない」

「もう! もうちょっとやり方を考えてよ! お城を囲まなくたっていいのに! すごくこわかったんだから!」


 知奈さんはギュウと目をつむって、体を震わせた。


「なら、話し合いで譲ったのか?」


 愛さんも愛さんで、動揺していないことから察するに、この密着具合に慣れているようだ。


「渡さないよ! いつだって、なんだってお姉ちゃんたちの残り物を使ってた私が、四国一番の面積の高知藩を手に入れたんだから、それはだめだよ!」

「ほらやっぱり。なら戦って勝って、明け渡してもらうしかないじゃないか」

「それもだめ!」


 知奈さんは、ブンブンと首を振っている。


「あの、いいですか?」


 陽菜さんが、少し声を張り上げて、注目を集めさせる。


「『いいですよ』と言っている」


「愛さん含め、私たちがここに来た目的は、高知藩と愛媛藩の和平を結ぶことです。私と瑞樹くんは、その立ち合いをします」


 知奈さんは、話を聞き、すぐに愛さんに確認を取る。


「ほんと? お姉ちゃん、仲良くしてくれるの?」

「こいつらに言われて仕方なくだ。一週間経ったらまた攻める」


 知奈さんの顔が一段と明るくなった。


「ありがとう!!」

「何のお礼だ」

「一週間だけでも、戦いがないと保証されるなんて、こんなに嬉しいことはない!」


 より強く愛さんの腕に抱きつく。


「お姉ちゃん大好き!」


 愛さんは頬を掻き、まんざらでもない顔をしている。


「陽菜さん、なんだか体がかゆくなってきます」

「分かるよ。私もどう見ていいやらって感じ」


 陽菜さんは、和平の内容が書かれた書面を取り出す。


「ここにお互いサインをしてください。本行為をもって、和平成立です」


 二人は、躊躇ちゅうちょすることなくサインし、無事に、二藩の間での一週間の停戦が決まった。

 知奈さんが、愛さんに耳打ちをしている。


「『陽菜さま、瑞樹さま、あなたがたのおかげで、高知藩を守ることができました。お礼と言ってはなんですが、是非とも今夜は泊まっていってください』と言っている」


 僕と陽菜さんは、顔を見合わせる。


「どうしましょうか?」

「いいんじゃない? 厚意に甘えて。キーとなるのは徳島藩だから、明日向かおう。今日は休むのが先決だと思う」

「そうですか。ならそうしましょう。知奈さん、今晩は高知城に泊めてください」


 こしょこしょ。


「『分かりました。晩御飯は豪勢に振舞います』と言っている」

「愛さんも泊まってくださいね」


 僕の提案に、愛さんは「は?」と顔をしかめる。


「なんであたいが」

「いや、ほら、愛さんがいないと、知奈さんとコミュニケーションが取れないので」


 もっともな理由に、愛さんはしぶしぶ了承した。




 高知城の大広間で行われた宴会で、振舞われた料理は、それはもう美味だった。

 かつおのたたきに、四万十しまんとポークの豚丼、高知特有の屋台餃子にウツボ、胃袋に無限に詰め込めるんじゃないかと思う程、箸が進む。

 ただ一つ、予想通りの嫌な予感が的中した。


「瑞樹くーん! 好き好き大好きだよっ!!」


 陽菜さんが僕にキスをせがんでくる。


「勘弁してくださいほんとに」


 僕は、陽菜さんの口をむにゅっと掴み、キスを阻止する。


「したい! したいしたい!!」


 僕の腕に対抗して、グググと押し込んでくる。力強っ!


「蜂須賀! 助けてくれ!」


 近くにいる蜂須賀を見ると、とても人に向けるものとは思えない、蔑んだ目で僕を見つめている。


「齋藤さま、陽菜さまに何か盛りました?」

「なわけあるか!」

「えっちすぎます! 齋藤さま! えっちすぎますっ!」


 蜂須賀は僕におしぼりを投げてくる。


「違うんだよ……」


 体の力が抜け、陽菜さんに押し倒される。


「瑞樹くんの体、あったかいね」


 いやいや、陽菜さんの方が絶対に火照っている。僕の上に陽菜さんが乗っているところに、愛さんが現れた。


「あんたら、そういう関係だったのか」

「違います。愛さん。変な風に捉えないでください。ぐふっ」


 陽菜さんの全体重がのしかかってくるので、少し息苦しい。


「勝手にしなよ。あたいには関係ない。幕府内の色恋沙汰なんか、どうでもいい」


 愛さんは僕たちを一瞥いちべつし、スタスタと歩いていく。


「ちょ、助け、苦しい」

「むちゅうぅ」


 また陽菜さんのキス魔ゾーンが再発した。手でマスクをし、なんとかガードをする。


「いいじゃんキスくらい」

「明日起きて後悔するのは陽菜さんですよ」

「そんなの知らないよー」


 陽菜さんはゴロンと僕の横に転がった。今だ! 僕はさっと立ち上がり、宴会場の外に出る。

 彩美に今までの諸々を報告しなければならない。




「もしもし。齋藤です」

「瑞樹、全然報告がなかったじゃん。心配したよ」


 まだ大阪を出て数日なのに、彩美の柔和な声を聴いた瞬間、すぐに会いたくなった。


「ごめんごめん。ちょっとバタバタしてて」

「それで、現状はどうなってるの?」


 僕は端的に説明する。


「まず、四国戦争自体は、今は少し落ち着いている。高知藩と愛媛藩は、一週間だけだけど、停戦の和平を結んだ。でも、平定部隊の四分の一程が……」


 できるだけ感情を出さずに話そうと思ったが、いざ言葉で発そうとすると、目頭が熱くなる。


「陽菜は、犠牲を出さずに任務を遂行すると息巻いていたけど、私はそんなこと一言も言っていないよ。隊員は全員、派遣承諾書を記入している。希望して四国へ向かっている。だから、瑞樹はシャキッとしていてよ」


 彩美は、通話機越しに僕を慰める。


「部隊の副将が意気消沈していたら、成功するものも成功しないよ。和平を結べただけでも、一定の成果を上げていると思う。瑞樹はしっかり役目を果たしているよ」

「……ありがとう」


 彩美の言葉に、僕は心が軽くなり、少しだけ自信がつく。


「まおの行方は?」


 彩美の声が、少し引き締まった。


「それは、まだ分からない。各藩で初鹿野について聞いても、少し話が食い違っていたりする。信頼できる話を合わせると、おそらく、徳島藩と何かがあったと予想している」


 僕は正直に伝えると同時に、情報不足の不甲斐なさを感じている。


「そうなんだ……。大丈夫。まおは逃げ足と運は良いから。生きてるよ」


 彩美はあくまで気丈に振舞っている。


「和平を結んでいない二藩はどうなっているの?」

「そこが問題なんだ。徳島藩が、香川藩を強引に配下に置き、虎視眈々と四国統一を目論んでいる」

「徳子のところね。香川藩に対しても、平定部隊第一陣に対しても、そんなに攻撃的な方針を打ち出すような人とは思えないけど」


 彩美の意見は、愛さんの言っていたことと一致している。


「愛媛藩主の長宗我部愛が言うには、蝶の髪飾りをしだしてから、長宗我部徳子の態度が変わったらしい。それに、徳島藩の従者は、蝶のタトゥーをしていて、ものすごくタフな体で戦闘力も高い。僕は、徳島藩の裏で、何か大きな組織が動いてるんじゃないかという線も考えている」


 彩美は「うんうん」と頷いている。


「こっちでも調べてみる。そこの真相を掴まないと、四国戦争の終結も、四国の平定もできない気がするから」

「ありがとう。そっちは大丈夫?」


 僕は、多数の戦力が不在の枚方城に、危険が及んでいないかが気がかりだ。


「大丈夫。将軍と従者の仲介役である老中が不在で、みんな私に直接用件を伝えに来るんだけど、すこぶる怯えてるの。そんなに私、こわいかな?」

「すこぶるこわいでしょ。知らなかったの?」

「ええ!? そんなことないって言ってよっ!」


 通話機越しに彩美の怒り声が聞こえる。そうそう。これを聞けるとなんだか落ち着く。


「こわがっているというか、萎縮してるんじゃない? 将軍なんてそうそうお目にかかれないし」

「そんなもんなのかなぁ。私はこれまで将軍に萎縮することなんてなかったけどなぁ」


 それはずっと親族が将軍だからだろ。

 その時、宴会場から誰かが出てきて、僕に近付いてきた。


「瑞樹くーん、キスはぁ?」


 僕は即座に通話機を手で押さえる。


「ちょっと! 陽菜さん! 戻ってください!」

「ええ? 瑞樹くんがいないと寂しいよ?」


 僕は陽菜さんから全速力で逃げ、どこかも分からない廊下で通話機を耳に当てる。


「彩美、ごめん。ちょっと電波が悪かったみたい」

「……」


 彩美は何も話さない。ああ、まずい。


「おーい、彩美?」


 僕はあえて声を高くし、おちゃらけ声を出す。


「……キス? キスって言ってたよね? 今」

「なんのこと?」


 自分でも、はぐらかしても無駄ということは分かっている。だけども悪手を踏んでしまう。


「陽菜の声でっ! キスはまだって!! 言ってたよね!?」


 彩美の大声で、通話機が音割れしている。


「違うんだ! 陽菜さんは酔っていて」

「酔った陽菜を襲ったの!? ありえないっ!!」


 拡大解釈すぎるっ!


「四国まで行って、あなたたちは何をしてるの!? 許せない! もう知らないっ! 瑞樹も陽菜も、幕府の要職から解任する!」

「ちょっと待って! 話を聞いてくれ!」


 ツー。ツー。ツー。


 彩美は僕の話を聞くことなく、電話を切った。こうやって勘違いされるのは、何度目だろう。再び彩美にかけ直しても、彼女は出ない。今は四国。訂正に行くこともできない。ああ、陽菜さん、なんてことを……。


「瑞樹くーん! ポッキーゲームしよぉ」


 陽菜さんが僕を追いかけてきた。僕は彼女のこめかみを、グリグリと強く押す。


「痛い痛い痛いっ! なになに!!」

「本当はこの一〇倍強くしたいですよ」


 時間が解決してくれることを信じるしかない。時が経てば、彩美も話を聞いてくれる。まずは、四国平定部隊としての責務を果たそう。

 僕は陽菜さんの耳を引っ張りながら、宴会場へ戻った。

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