一七.高知藩vs愛媛藩
僕が隣の車両へ移動すると、蜂須賀が、しゃがみこんで身を守っていた。
「かかれぇ!」
「うおおお!」
カキンッ。カンッ。
切りかかってくる刺客に、隊員が小刀で応戦する。
「蜂須賀さん! 逃げてください!」
「ありがとうございます!」
蜂須賀は僕を見つけ、駆け込んでくる。
「蜂須賀、自分で戦えるだろ」
僕は、彼女が体術に優れていることを知っている。
「いざ、こういうことが起こると、体が動きません」
蜂須賀はブルブルと体を震わせ、僕の後ろで小さくなった。
「……そっか。無理する必要はないから、僕の後ろから離れないで」
「はい!」
ダァン! ダァン!
僕は刺客のこめかみを狙い、テンポよく狙撃していく。
その時、後ろで倒れていたはずの刺客が立ち上がり、僕に向かってきた。
くそっ! 急所を外していたか!
「蜂須賀、危な」
僕が叫ぶと同時に、蜂須賀も叫ぶ。
「齋藤さま! 危ない!」
蜂須賀は、男の腕を掴み、勢いをそのまま受け流し、男をドテンと床に叩きつけた。僕はその隙に、今度はしっかりとこめかみを撃つ。
「蜂須賀、ありがとう」
僕は蜂須賀の見事な動きに、感服している。彼女は自分の手のひらを見つめ、ぼうっとしている。
「どうしたの?」
「齋藤さまの身に危険が迫っていると思ったら、体が勝手に動いたんです」
蜂須賀は、目線を手のひらから僕に移した。
「これが、愛の力ってやつですかね!?」
「いや、違うと思う。忠誠心だよ」
僕は即座に否定をし、蜂須賀に残りの刺客も倒すように指示を出す。
「はい! 承知いたしました! 頑張ります!」
こちらの被害を最小限に抑えながら、僕たちは高知駅に着くまで、交戦を続けた。
高知駅に到着する頃には、特急の床中に刺客が倒れていた。僕たちは
「齋藤さま! 見てください! 坂本龍馬公ですっ!」
蜂須賀が血の付いた指で、偉人像を指さした。
「高知に来たって感じがするね」
僕は肩で息をしている。
「齋藤さまは、坂本龍馬公、中岡慎太郎公、武市半平太公の中で、誰が推しですか?」
そんなアイドルみたいに言うなよ。
「中岡慎太郎かな。自由奔放な坂本龍馬を、しっかりと支える堅実さが僕は好きだよ」
「齋藤さまらしいですね! 私も中岡慎太郎公みたいに、齋藤さまをしっかりとお支えしますっ!」
「いや、あの二人は別に上下関係があったわけじゃないけどね」
偉人像の前でしばしの談笑をしていると、陽菜さんが歩いてきた。
「陽菜さん、大丈夫でしたか」
彼女は腰巻を脱ぎ、見えている超薄型の甲冑は、血痕ひとつない。
「洗ってきた。きったないから。腰巻はクリーニングに出したよ」
「それは見れば分かりますけど、お怪我はないですか?」
陽菜さんは僕の横に腰を下ろす。
「大丈夫だよ。私の銃さばき、見たでしょ?」
陽菜さんはジェスチャーでピストルをパンパンと撃った。
「そうですね。心配はいらないですね」
「それで、はづき、凄いじゃん」
陽菜さんは、僕を飛ばして、蜂須賀に話しかける。
「え!? な、何がですか!? 申し訳ございません!」
蜂須賀にとって、陽菜さんは、愛知藩時代の上司にあたる。直接は聞いていないが、当時は相当こきを使われていたらしい。地方の主従関係というのは、コンプライアンスが行き届いていない部分も多く、都よりも横暴になりやすい。
「そんなにこわがらないでよ。瑞樹くんが見てるじゃない」
蜂須賀は、僕の腕をガシッと組んできた。
「わ、私は、齋藤さまの部下です!」
高らかに宣言する。
「とりあえず、その手を離そうか」
陽菜さんは蜂須賀に、僕の腕から離れるよう指示する。蜂須賀は恐る恐る手をほどく。
「私は褒めてるんだよ。隣の車両から見えた、刺客を次々と倒していく姿を。立派に育ったじゃん」
「ひ、暇な時間が多かったので、特訓してました」
格闘動画見てただけだろ。僕は、陽菜さんと蜂須賀の間に挟まれ、何とも言えない居心地の悪さを感じている。
「瑞樹くん、はづきの働きぶりはどう?」
陽菜さんの矢印が僕に向く。
「ええ? まあ、蜂須賀なりにしっかり頑張ってくれてますよ」
漠然と、何か言い間違えたら、陽菜さんの機嫌を損ねる気がしている。
「私の下にいた時は、サボってばかりだったのにね」
ああ! もう間違えたっ!!
蜂須賀は何かを決心したように、ピンと背筋を伸ばす。
「陽菜さま、私は変わりました」
蜂須賀は立ち上がり、陽菜さんの前に立つ。
「齋藤さまは、私の全てを優しく包み込んでくれる。齋藤さまの下でなら、私は失敗もこわくなくなってきています。私だって成長しているんです。今更、愛知藩での何もできなかった私を許してほしいとは思いません。だけど、見守っていてくれませんか? 私の変わっていく姿を」
そう堂々と言った後、すぐに体を小さくし頭を下げる。
「申し訳ございません! 陽菜さまにこのようなことを!」
陽菜さんは、蜂須賀の蜂柄ベレー帽をポンと撫でる。
「確かに目つきが変わったね。よかったね。瑞樹くんの下につけて」
陽菜さんは、片方の髪を耳にかけ、僕に伝える。
「はづき、瑞樹くんのこと好きなのかもね」
「は!?」
僕は突拍子もない発言に、目が点になる。
「そ、そうなんですか!?」
蜂須賀が僕よりも驚いている。自分の話なのにっ!
「違うの?」
陽菜さんは意地悪く蜂須賀に尋ねる。
「わ、分かりません! 自分の気持ちは、自分が一番分からないんです!」
名言っぽく言っているが、そう、なのか?
「齋藤さま! 分からないですけど! 好きか嫌いで言えばもちろん好きですよっ! これだけは覚えて帰ってください!」
どこにだよ!
「ありがとう」
僕はこの話題を短く切り上げ、高知城へ向かうよう周りに指示を出した。
高知城は、甲冑を着た武装兵によって、ぐるりと取り囲まれていた。その大群の内側には、知っている顔が見える。分散して向かった、平定部隊高知組の面々だ。
通話機を鳴らす。
「齋藤副将! お疲れ様です!」
「お疲れ様です。今、徳島組と香川組が高知城に到着した。何やら普通じゃない事態になっているようだけど、何が起こった?」
周りの武装兵たちは鼻息荒く、今にも高知城に突撃しそうだ。
「そうでしたか! ご連絡が遅くなり申し訳ございません。こちらも突然のことでバタバタしておりまして。今朝、愛媛藩の従者たちが、高知藩を攻めてきたんです。私たちは、今、二藩の間を割って入るような形で陣を取り、衝突を防いでいる状態です」
僕が元々予想していた四国の姿は、今目にしているような光景だ。だが、いざ目の当たりにすると、四国の従者たちの、その圧倒的な敵意と闘争心に、足がすくむ。
「愛媛組はどうした? 愛媛藩が進軍する時点で食い止められたのでは?」
通話機の向こう側の小隊長は、数秒黙り込む。
「愛媛組は、連絡が取れません。一部の隊員はこちらに逃げ込んできました。その隊員曰く、『愛媛に向かった平定部隊は、ほぼ壊滅した』とのことです」
僕は言葉を失う。隣で聞いていた陽菜さんが、僕の通話機をトンと奪う。
「それは確かなのね!?」
「豊臣大将! はい。愛媛藩が大量にこちらに攻め込んできていることと、逃げ込んできた隊員の大怪我を見るに、信憑性は高いかと」
陽菜さんは怒りからか、通話機を強く握った。通話機がミシミシと音を立てている。僕のなんだけどな。
「現在、高知藩は
「分かった。あなたたちは、そこで防衛線として、愛媛藩の進軍を食い止めて。こちらかも援軍を送る」
「承知いたしました」
陽菜さんは通話機を切り、思い切り地面に叩きつけた。だから、僕の通話機なんですけど!
「約束したのに……」
陽菜さんは下を向き、大粒の涙を流している。
「誰一人死なせないって……。もう何人犠牲になった? 耐えられないよ」
僕は陽菜さんに、胸を貸す。陽菜さんは僕の胸にもたれかかり、肩を震わせている。
「陽菜さんのせいじゃない。戦争ということは、こういうことなんです」
「本当に私が大将でいいのかな? 全部後手後手に回っている気がする」
僕は陽菜さんの背中をさする。
「そう思うなら、次からは先手を打てるよう一緒に考えましょう。副将の僕がいます。頼ってください」
「……ありがとう」
陽菜さんは、顔をぐちゃぐちゃにしながら、周りに指示を出す。
「徳島組、香川組のそれぞれ二四小隊は、堀外で守りを固めている愛媛組の援護に向かって」
「はい!」
隊員たちは勢いよく散らばっていく。
「僕たちはどうする?」
「私と瑞樹くんの部隊は、愛媛藩の本陣へ向かう。この戦を止めるよう、交渉する」
陽菜さんは、マリーゴールドのシュシュをつけなおし、気合を入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます