一六.特急サバイブ
続々と徳島駅前に集まる隊員たち。特急組と高速バス組で、高知駅まで分散して向かう。
「私たち以外にも、結構乗車されるんですね。てっきり、貸し切りかと思ってました」
蜂須賀は、行きかう人を右から左へ見ている。
「確かに。ただでさえ大所帯なのに、すこぶる細かく行かなきゃだめになる」
「まあ、徳子が手配してくれたんだから、文句は言えないよ」
陽菜さんが、会話に入る。
「そこが不安なんですけどね」
陽菜さんの、ツヤのあるオレンジ色の髪は、見事に復活していた。マリーゴールドのシュシュでくくっている。朝、ユニットバス室から一向に出てこなかったが、ばっちりセットをしたのであろう。僕が陽菜さんを見ると、彼女はプイとそっぽを向いた。
「私たちの電車が来ましたよ!」
蜂須賀は、元気よく電車に手を振っている。僕たちを含めた一〇〇人ほどの隊員が、特急に乗り込んだ。
「では、発車いたします」
運転士のアナウンスと共に、ゆっくりと動き出した。
僕の席は、陽菜さんの隣だった。彼女は、座席を倒し、目をつむっている。僕はそれを確認し、窓の外を眺めていた。
「……何か話してよ」
隣から小さく話しかけられる。
「寝るんじゃないんですか?」
僕は彼女の方を向く。変わらず目をつむっている。
「寝ないよ。目を閉じているだけ。恥ずかしいから」
陽菜さんは、自分で言って、自分で赤面している。
「もう忘れましょうよ。そうやって掘り返すから恥ずかしくなるんですよ」
「だ、だって! 私の裸見たじゃんっ! 男にまじまじと見られるなんて、初めてだもんっ!」
車両中に響き渡る声に、隊員、一般客問わずざわざわとする。
「ちょっと! 大声は出さないでください!」
僕は、周りに気付かれないよう、頭を低くした。
「もう、瑞樹くんのこと見れないよ。私の体を凝視して、反応してたんだもん」
そんな生々しく説明するなよ!
「申し訳ありません。突然陽菜さんがお風呂に入ってきたり、突然陽菜さんが裸のまま押し倒してきたりしたので」
陽菜さんは、顔から火が出そうになっている。
「やめて。それ以上は言わないで」
もう全部言いましたけど。
「そういえば陽菜さん、最近長束さんと連絡取ってるんですか?」
これ以上昨日のことを話しても、お互い恥ずかしくなるだけなので、僕は話題を変えた。
「たまにね。愛知藩も大変みたいだよ。小さな暴動は度々起こっていて、その度に鎮圧してるみたい」
陽菜さんはようやく目を開き、背もたれを倒した。
「愛知藩主に戻りたいとか、そういった気持ちはないんですか?」
何となく、僕も同じ位置まで背もたれを倒す。
「少しはあるよ。今より愛知藩主時代のが、断然楽だし殿様気分を味わえるから。でも、私は負けた身だから。彩美の言うことは聞かないといけない。多分それは、償いの意も混ざってるんじゃないかな」
陽菜さんと初めて会った日と、今の印象は全く変わった。彼女は自分が主導した行いで日本に大きな混乱が起きたことを、嘘偽りなく反省している。じゃないと、危険極まりない平定部隊大将なんて、引き受けないだろう。
「そうですか。では、引き続き、共に大阪幕府を良くしていきましょう」
僕は就寝体勢に入るため、靴を脱いだ。その時。
ドガアアアンッ!!
前の車両から地鳴りのような爆発音が聞こえる。急いで靴を履きなおし、臨戦態勢と取る。隣を見ると、陽菜さんも銃を手に取っている。
カチッ。
足元から微かに嫌な音がした。
「陽菜さん、危ないっ!」
僕は陽菜さんを押して、飛び逃げる。
ドガアアアンッ!
「大将、副将、大丈夫ですか!?」
同じ車両の隊員が駆け寄ってくる。
「なんとか。何がどうなってる?」
「分かりません。が、全ての車両で爆発が起こっている模様。電車は止まっていません」
周りを見渡す。一般客の人々が、一切パニックになっていない。まさか。
「幕府の連中を捕らえろ! 生死は問わない!」
屈強な肉体をした男が高らかに声を張る。
はめられた。この電車に乗っているのは、徳島藩の従者だ!
ズバァッ!
従者は座席の下に隠し持っていた刀で、僕に切りかかってくる。僕は間一髪で避け、メリケンサックをはめた左拳で腹を殴打する。
ドォンッ!
従者は吐血して倒れるものの、数秒でむくりと立ち上がる。
「陽菜さん! 僕の後ろにいてください!」
僕は陽菜さんをかばい体を大きく広げるが、背後に彼女はいなかった。
「逃げてるだけじゃ埒が明かないでしょ。攻撃こそ最大の防御っ!」
ダァンッ! ダァンッ!
女狙いで向かってくる姑息な従者を、次々と撃っていく。僕は陽菜さんの死角から刀が迫ってきているのを確認し、瞬時に銃口を向ける。
「危ないっ!」
グンッ。
「ぐへぇ」
彼女は見事なエルボーを決め、男はうずくまった。
「陽菜さん、動けるんですね」
僕は口をあんぐりさせる。
「そりゃね。豊臣家は護身術も学ぶんだよ」
陽菜さんは、両手にオートマチック式拳銃を持ち、次々と刺客を倒していく。かばう必要がないのであれば、僕も思う存分やれるぞ。
ダァンッ! ダァンッ! ボゴォッ!
「うがぁッ」
ここで僕はある違和感に気付いた。どれだけ撃っても、どれだけ殴っても、刺客たちは何度でも立ち上がる。致命傷を負っていて、到底立ち上がれないはずの者でも、激痛に叫びながらも再び反撃してくる。
徳島藩の従者の武器は、刀が主体らしい。銃が主体の僕たちが初めは優位だったが、刺客のそのタフさから、徐々に向こうの勢いが強まっていく。
「齋藤副将、押されています!」
同じ車両の隊員が大怪我をしながら叫ぶ。
「分かってる! 話すな! 傷が開く! 今は自分の身を第一に!」
「よそ見するなぁ!」
ズバァンッ!
僕の体の数センチ横に、刀が空ぶる。座席のシートがビリビリに裂けている。
「お前さっき撃っただろう!? なんなんだよ!」
「へへ、おれらは不死身だ!」
今度は横振りで僕に襲い掛かる。僕はメリケンサックで刃先を止める。
カキンッ。
「ぐぐく」
なんて力だ。勢いそのまま真横にぶっ飛ばされる。
ガンッ。
車両の扉に激突する。男は僕を仕留めにかかる。
「大阪幕府老中、討ち取ったり!」
大きく振りかぶり、僕の頭をめがけて刀を振り下ろす。拳銃は空だ。装填する時間はない。ここまでか。
ダァンダァンダァンダァン!!
男の血が、僕の顔に大量にかかる。心臓やこめかみを含めた四箇所を、ためらいもなく撃っている。
「ちょっと、何ピンチになってるのよ」
返り血で片目をつむっている陽菜さんが、僕を抱え立ち上がらせた。
「すみません。ありがとうございます」
まさか彼女に助けられるとは。
「この人たち、おかしいよね」
陽菜さんは男の服を脱がせる。
「ん? 何これ?」
陽菜さんは男の胸に入っているタトゥーを指さした。
「これ、さっきの人にもあったよ」
僕も確認すると、そこには蝶のマークのタトゥーが彫られていた。
「蝶のマーク……」
僕は記憶を辿る。
「何か知ってるの?」
陽菜さんは、考え込む僕の顔を覗き込む。
「僕が覚えている限り、長宗我部徳子が蝶の髪飾りをしていました」
「ええ? そうだっけ?」
酔いすぎだ。でも、それだけじゃない。まだ思い出せていないことがある気がする。考えろ。考えろ。
「あ!」
僕は思わず手を叩く。
「痴漢だ。ザ・ブーンでの痴漢の犯人が、蝶のタトゥーをしていました。これと同じものです」
幕府幹部と、ひらかたパークのプールに行った時、僕と初鹿野で痴漢魔を捕まえた。その男は蝶のタトゥーをしていて、言動が支離滅裂だった。
「何それ? 私知らないんだけど」
「陽菜さんはいませんでしたから」
陽菜さんは「いいな」とボソッと呟いた。
蝶のタトゥーを、徳島藩の従者の証だと括るのは簡単だ。でも、何度倒しても倒れない刺客に、支離滅裂な言動を繰り返す痴漢魔。何かもっと大きな、僕たちがまだ辿りついてない真相がある気がする。
「みんな、この人たち、こめかみを狙うと動かなくなる! そこを狙って!」
陽菜さんは、僕に向かってくる刺客を撃ちながら、周囲に伝達する。
「ボーッとしすぎ。とりあえず、この特急にいる従者を倒してから考えよ」
「そうですね」
僕は銃弾を再装填し、他の車両に援護に向かった。
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