一五.酩酊H
「陽菜さん、もう行きますよ」
徳島城での宴会も、お開きの時間となった。僕は、陽菜さんを強引に立ち上がらせる。
「えー、いやだいやだいやだ」
机に置いてあるライムサワーのジョッキを持とうとして、手を滑らせこぼす。
「ああもう、勘弁してくださいよ」
「ああ、私が拭きますので」
徳島藩の従者が、雑巾を持ち、駆け寄ってくる。
「陽菜さん、あなた何のためにここに来たんですか?」
「四国をへ、仲裁するためです」
陽菜さんは頬をプクッと膨らませた。酔っ払っていても、決して四国の従者の前で、『平定』という単語は出さない。ギリギリで大将としての意識を保っている。
「そうでしょう? どんちゃん騒ぎで酔っぱらうために来たわけじゃないでしょう」
「うーん。でも、だってぇ」
陽菜さんは目をつむる。
「その後は!?」
「齋藤さま! 一応、ホテルは分散して確保することができました!」
蜂須賀が、小走りで僕に向かって走ってきて、足の小指を机の角にぶつけた。
「うあああんっ!」
それは僕のせいじゃないぞ。蜂須賀は小指を両手で包み、縮こまっている。
「齋藤さまは、陽菜さまと同室です」
蜂須賀が僕を見上げて報告する。
「へ?」
ぐったりと僕にもたれかかり、時折フフとにやける陽菜さんを見る。
「ええと、僕は個室でってお願いしたんだけど」
「そんなの無理ですよっ! どれだけ隊員がいると思ってるんですか! 部屋の確保大変だったんですからっ!」
蜂須賀は歯を食いしばって叫んでいる。小指をぶつけた苛立ちを、僕にぶつけてるだろ。
「そ、そっか。ありがとうね」
僕は陽菜さんを介抱しながら、ホテルに向かった。
蜂須賀が予約したホテルは、一室のほとんどの面積をダブルベッドが占めているビジネスホテルだった。まあ、当日急いで確保したわけだから、文句は言えない。
「陽菜さん、ホテルに着きましたよ」
僕は陽菜さんをベッドに横たわらせる。
「おかわりちょうだーい」
まだ宴会場にいると思っているらしい。
「もうお酒はだめです。僕はお風呂に入るので、陽菜さんは寝ててください」
靴を脱がせ、掛布団を掛ける。おそらく明日まではこの状態だろう。朝起きて、後悔すればいい。
僕はシャワーを浴び、一日の疲れを癒す。体力的にというよりは、精神的に疲れた日だった。下につく人数が多いからというだけでなく、今までとは違った責任感がある。そして四国に漂う不穏な空気。この地域は何かがおかしい。禍々しい気持ち悪さを感じる。
熱めに張った湯船に、「ふぅ」と声を出しながら浸かる。極楽極楽。
その時、三点ユニットバス室の扉がカチャンと開く。
「うえ!?」
シャワーカーテンを隔てて見えるシルエットは、丸みをおびた淫らなものだった。
「陽菜さん! 何してるんですか!?」
僕の声に反応し、彼女はシャワーカーテンをピシャッと開ける。
「ちょおおっと!!」
僕は慌てて手で目を覆う。
「お風呂いいなぁ。私も入りたいなぁ」
陽菜さんは僕の股の間に、ちょこんと腰を下ろし、浸かり始めた。
まずい! だめだ! こんなことは許されない! 陽菜さんは僕にもたれかかる。
「気持ちいい~」
「陽菜さん、だめですって。まずいですって」
僕は必死で平常心を保とうとするが、陽菜さんのお尻が擦れて、どうしても反応してしまう。
「瑞樹くん、もうちょっと奥に行ってよぉ」
陽菜さんはお尻と背中で僕の体をぐっと押す。
「やめてください! もう出ますからっ!」
僕は、陽菜さんをかわしながらグッと立ち上がる。
「うふふ」
陽菜さんは僕の方向へ振り返った。その目線は、僕の下半身と同じ高さだ。
「えっちな人なんだ」
「いい加減にしてください!」
僕はそそくさと体を拭き、外へ出た。
今日の陽菜さんは危ない。完全に
陽菜さんがユニットバス室から出てくる。僕が見ると、彼女は裸だった。
「ああもう!」
完全に見てしまった。豊臣御三家の裸を。僕は下を向いて貧乏ゆすりをする。陽菜さんは隣に座ってきた。
「瑞樹くーん?」
耐えろ。耐えるんだ。おばあちゃんのことを考えろ。夏休みにスイカを切ってくれたおばあちゃんのことをっ!
「おーい」
陽菜さんは、僕の太ももに手のひらを乗せる。
「こっち見てよぉ」
「見れるわけないでしょ」
「なんでぇ?」
陽菜さんは僕の顔を覗き込む。
「見てほしいなぁ。私、自信あるんだ」
もう一瞬確認したから! 服の上からじゃ分からない、陽菜さんの女性らしい肉付きは、男なら誰でも興奮してしまう。だから凝視できないんだっ!
「好きな人がいるので」
僕は彩美を思い浮かべる。
「誰?」
陽菜さんは、強引に僕を押し倒してきた。
「あああ!」
僕は叫ぶことで理性を保とうとする。陽菜さんは、程よいサイズの胸を、パジャマを着た僕の上半身に押し当ててくる。
「恋愛と性欲は別物でしょぉ? 私、今変な気分だから。二人だけの秘密にしよ」
陽菜さんは僕の唇を見ながら、顔を近付ける。
ああ、彩美、ごめん。もうだめだ。限界だ。
その時、「ピンポーン」とチャイムが鳴り響いた。
「もう、せっかく良いところだったのにぃ」
陽菜さんは横に倒れ寝ころび、僕をじっと見る。
「ふ、服着てください。小隊長から何か報告があるのかもしれません」
あっっっぶなあああ!!! セーフ! ギリギリセーフ! だよな!? ん? セーフってなんだ!?
僕は充血してキマった目で扉を開ける。そこには蜂須賀がいた。
「齋藤さま! って、なんか顔がこわいですよ!?」
「ええ? 何が? 何のこと?」
僕は扉の外枠に腕をもたれさせ、立ちながら足を組んでいる。
「何ですかそのジョジョ立ちみたいな体勢?」
「いや、いつもこんな立ち方じゃない?」
僕は口を尖らせ、吹けない口笛をポーズする。
「まあいいです! 齋藤さま! 私もこの部屋で泊まることになりましたっ!」
蜂須賀の発言に、ピュッと奇跡的に口笛の音が出た。
「どういうこと?」
蜂須賀はモジモジしながら答える。
「全員の部屋を確保するのに必死で、自分の予約をしてなかったんです。スタッフの人に掛け合って、この部屋の人数を一人増やしてもらうことに成功しました!」
蜂須賀には、四国平定部隊副将を、できるだけ広い部屋で休ませてあげたいという気持ちはないのか。というか、まず、大将の陽菜さんは、キングサイズを一人で占有していいレベルだろう。
だが、僕は、その感情以上に強い気持ちがあった。
助かった!! このまま陽菜さんと二人だったら、えらいことになっていたかもしれない! 蜂須賀、ありがとう!
「分かった。蜂須賀は頑張ってくれたもんね。ゆっくり休んで」
「なんて優しいお言葉をっ! ありがとうございますっ!」
陽菜さんは、パジャマをはだけさせながら、ベッドの端で爆睡していた。枕に足を乗せていて、上下逆だ。
「陽菜さま、大分酔われていますね」
「そうかなぁ?」
先の出来事を隠したい気持ちが前面に出て、変な返答をしてしまう。
結局、真ん中に蜂須賀、両脇に陽菜さんと僕という並びで就寝した。ダブルベッドに三人川の字。それでもぐっすりと熟睡することができた。
次の日、僕が一番に起き、支度をしていると、陽菜さんがのそりと起き上がってきた。
「ああ、しんどい」
昨日、まともに髪を洗っていなかったのだろう。毛先はバサバサで、いつものオレンジ色のツヤのある髪質は見る影もない。顔もこれでもかとむくんでいる。
「おはようございます」
僕は恐る恐る挨拶をする。昨日のこと、忘れていてくれよ……。
「瑞樹くん」
僕と目が合った陽菜さんのむくんだ顔は、昨日の酩酊状態とは比較にならないほど赤くなった。
すこぶる記憶に残ってるじゃん!! そう気付いた僕も、同時に赤面している。
「ご、ごめんね。ちょっと酔っ払っちゃって……」
「いえいえ、こちらこそ、すみません」
お互いに、視線は明後日の方向だ。
「あの、いつも通り、いつも通り接しましょうね」
僕はあわあわと提案をする。
「そ、そうだよね。ヤッてはないもんね」
そんなど真ん中直球をっ!!
「ふわぁ。何話してるんですか?」
蜂須賀が目をこすりながら、赤面している僕たちを見る。
「息止めてるんですか?」
蜂須賀の突拍子もない発言に、僕と陽菜さんの間の、何とも言えない張り詰めた空気は、緩和された。
「蜂須賀、ありがとう」
「な、なんですかいきなり!?」
僕は蜂須賀の肩を持ち、心の底からの感謝を述べた。
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