一四.長宗我部徳子
高松駅から、約一時間半をかけて徳島駅に到着した。徳島駅は、多くの人で賑わっている。
「徳島といえば、阿波踊りですよねっ!」
蜂須賀が見様見真似で手足を動かした。僕は蜂須賀の蜂柄ベレー帽を奪う。
「何するんですか齋藤さま!」
僕が目一杯上に上げると、蜂須賀は、絶対に届かない距離をジャンプして取ろうとした。
「遊びじゃないんだよ。踊ってる暇があったら、そこらへんの人に聞き込みをしてきてくれ」
「承知いたしました!」
僕は蜂須賀に蜂柄ベレー帽を被せる。彼女はちょこちょこと走り、駅前を歩く人に声を掛けにいった。
「おお、お嬢ちゃん。そんなに短いスカート履いてぇ。誘ってるの?」
「え、いや、あの……」
黒いピアスを開けた男が、蜂須賀をおちょくり始めた。聞く人を選べよっ!
「すみません。うちの従者なんです。勘弁してあげてください」
僕は急いで二人の間に割り込む。
「お兄さん、誰? 随分と高そうな着物を着てるけど」
「大阪幕府老中・齋藤瑞樹です」
ピアス男は黙りこくった。目が泳いでいる。
「あ、ああ。そうなんだ。お偉いさんがなんで徳島なんかに来て……るんですか?」
分かりやすっ! 名前聞いた瞬間敬語になったよ!
「四国戦争の仲裁に来ました。でも、徳島藩は何やら平和そうですね。争いは起こってないんですか?」
「上同士で戦ってるみたいですけど、今は
ピアス男は小心者だ。僕に嘘はつかないだろう。
「徳島藩と香川藩が平和友好条約を結んだというのは本当ですか?」
僕は、徳島城へ行く前に、できるだけ現場の情報を集めたかった。
「ああ、それは聞きましたよ。これから始まる大きな戦のために、徳島と香川が手を取り合ったって」
香川藩内のありさまを見ると、とても『手を取り合っている』とは思えない。だが、徳島藩の民衆には、友好的な関係と公表しているらしい。
「老中さん、もういいですか? 僕、本当に何も知らないんですよ」
ピアス男は僕を巻こうとしている。ビビってるのか。
「はい。ありがとうございます。あまり女の子にちょっかいは出さないように」
「へへ。すみません」
ピアス男はそそくさと去った。
「齋藤さま! ありがとうございますっ! 私を守ってくれて!」
僕は蜂須賀の耳を引っ張る。
「痛い痛い! 痛いです!」
「頼むから世話の焼けることは控えてくれ。蜂須賀だけじゃなく、一〇万人が僕や陽菜さんの下にいるんだ」
蜂須賀は少し涙目になりながら、僕に吐露する。
「迷惑をかけたくてかけてるわけじゃないんです」
ああ、そうだった。彼女はいたって真剣なんだ。平定部隊副将という重圧を、蜂須賀にぶつけるのはお門違いだ。
「ごめん。僕についてきてくれればいいから。自分の身を第一にね」
僕は、蜂須賀の頭にポンと手の平を置く。
「はいっ!」
「齋藤副将、聞き込みをしたところ、第一陣で四国へ向かった初鹿野総大将の目撃談を入手しました」
小隊長が僕のもとへ来て、立てひざをついた。僕の目はカッと開く。
「ありがとう。何て言ってた!?」
「初鹿野総大将一行が、徳島城の中に入っていったということです。あくまでその人物の推測ですが、徳島城へ向かった目的は、徳島藩と愛媛藩の衝突を回避するためだとのことです」
愛媛藩。初めて出てきた。愛媛藩と徳島藩は、争いに積極的ということか?
「ありがとう。とにもかくにも、徳島藩主に聞こう。陽菜さんも一度引っ叩いてやらないといけない」
大事な任務中に宴会で飲酒なんて、言語両断だ。
僕たちは、ほとんどの隊員を徳島城周りに待機させ、少数で城内に入ることにした。
徳島城の門番に、小袖に入った豊臣家の五三の桐紋を見せる。門番はそれを確認し、深々と頭を下げる。
「どういった御用でしょうか?」
「先ほど、豊臣陽菜一行がこの城に入ったと思うんですけど、少し遅れてしまいまして」
門番は城内に通話機で確認を取る。
「入城許可が下りました。どうぞ」
城から出てきた徳島藩の従者に連れられ、宴会場へ向かう。
「こちらです。お楽しみください」
ドンチャンドンチャン。
宴会場は、太鼓や笛の音が雑多に響き渡っていた。平定部隊の隊員と、徳島藩の従者が、分け隔てなく酒を飲み交わしている。
「あ! 瑞樹くん!」
顔を真っ赤にした陽菜さんが、僕にすり寄ってくる。動きやすいよう簡素な着物を着ているが、それがはだけて下着が丸見えだ。
「陽菜さん、酔いすぎですよ」
僕は陽菜さんを脇から抱える。
「いやいや、全然! ぜーんぜん酔ってない。もう一杯持ってきて!」
徳島藩の従者に酒を注がせる。いざ彼女を目の前にすると、引っ叩く意欲も湧かない。
「陽菜さん、藩主はどこですか?」
「徳子? 上座にいるよ。でももうちょっとここにいてよ。喋ろうよ。会いたかったよ瑞樹くん」
陽菜さんは、がっちりと僕をホールドし離さない。僕は彼女を強引に引きはがす。
「あ? 今私のおっぱい触ったでしょぉ?」
「蜂須賀、陽菜さんの介抱をお願い。僕は藩主に話を聞きにいくから」
陽菜さんのだる絡みを無視して、蜂須賀に彼女をゆだねる。
「は、はい!」
「蜂須賀、蜂須賀はまだ一五になったばかりだから、飲んじゃだめだよ。慣れてないとこうなるから」
僕は陽菜さんをごろんと寝ころばせ、
宴会場の上座には、腰あたりまでの綺麗な緑色の長髪で、蝶の髪飾りをした美しい女性が鎮座していた。
「徳子さん、お初にお目にかかります。大阪幕府老中・齋藤瑞樹です」
僕はあぐらをかき、頭を下げ挨拶をする。
「あら、齋藤老中。お会いしたかったです。わたしは長宗我部徳子。徳島藩主です。よろしくお願いいたします」
徳子さんは綺麗に指を揃え、これでもかと丁寧にお辞儀をした。上品さの塊だ。
「陽菜さんはじめ、大阪幕府の従者たちをもてなしてくれているようで」
聞きたいことは山のようにあるが、まずは下手下手に出た方がいい。
「それはそうです。こんな田舎に幕府の皆さまがお越しくださるなんて、とても光栄なことではありませんか」
徳子さんは細い目で、僕の全身を見渡している。小袖の下に、超薄型の甲冑を着ていることは、すぐにばれているだろう。
「でも、こんなにどんちゃん騒ぎをして、大丈夫なんですか?」
「大丈夫とは?」
僕は言葉を選んで話題を先導していく。
「四国四藩は、統一を目指して争っていると伺っています」
徳子さんは口角を上げた。下がり気味の細目なので、常に笑っているように見えるのが、僕の不安を
「確かにそれは事実です。でも今は膠着状態なんですよ。何事にも休憩は必要なんです」
そう言って扇子を開き、顔を扇いだ。
「ここに来る前、高松城に行ってきました。そこには、徳島藩と平和友好条約を結んだとの張り紙がしてありました。それは本当ですか?」
「ええ。わたしと
「香さんは今どこに?」
僕は、徳子さんの表情の変化を読み取ろうとするが、全くと言っていいほど、顔の筋肉が動かない。
「このお城で気ままに暮らしていますよ。高松城は古いですから。こちらにいた方が良いでしょう」
「会わせていただくことはできますか?」
徳子さんの目が、少しだけ大きくなった。
「なぜですか?」
僕は単刀直入に言う。
「僕たちが四国へ来た目的は、争いの仲裁です。ですがこの能天気な現状。聞いていた話と違います。一方だけの話を伺っても情報の真偽は確かめられない。香川藩主の香さんとも直接話したい」
徳子さんは、手元にあった湯飲みをすすり、トンと少し強めに置いた。
「齋藤老中、申し訳ありませんが、大阪幕府が私たち四姉妹のことに口出しするのは避けていただきたいんです。四国のことは四国で解決しますから、どうかお気になさらず、宴会を楽しんで、大阪へお帰りください」
「そうはいきません」
僕は、腕の力で滑るように前に出る。
「大阪幕府は、日本の太平を守る義務があります。四国全体を巻き込むレベルの争いが起きているとなれば、それは全国へ波及し、各地で戦争が起こる。その未来が見えているのに、見過ごすわけにはいきません。徳子さん、あなたは何かを隠していますね?」
徳子さんは扇子を口元にあてた。
「どうでしょうか」
「後、以前に大阪幕府から、初鹿野まおとその従者たちが来たはずですが、彼女らは今どこに?」
僕は最後に重要なことを尋ねる。
「ああ、彼女たちはわたしのもとへ訪れた後、高知藩へ向かわれましたよ。当時は銃撃戦も行われていましたから、無事に着いているといいんですけどね」
今度は高知藩か。今回の遠征は移動が多い。
徳子さんは、従者に指示を出す。
「齋藤老中にお酒をもてなしてあげて。
「いりません。今日は近くのホテルに泊まって、明日高知藩へ行こうと思います」
「あら、そうですか。ここに泊まっていけばいいじゃないですか」
腹のうちが見えない人の本拠地で寝るなんて、僕にはできない。
「結構です」
「なら、せめてホテル代と、高知までの移動費はわたしから出させてください」
……それは貰うことにした。
香川藩、徳島藩と見ても、いまいち全貌が掴めない。長宗我部徳子は何を隠しているのか。初鹿野は無事なのか。複数の問題が同時に走っていて、僕は頭が痛くなった。
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